20
奏介は思う。
今さらながら、とんでもないことをしてしまったような気がする。
なりゆきとはいえ、彼方を思いっきりハグしてしまった。本当にあれでよかったのか。自分にあんなことをする資格があったのか。彼方にドン引きされてはいないか。そもそも、彼方は自分のことをどう思っているのか。
今になって無限に湧き上がる自問自答。奏介は悶々としながら階段に腰を下ろし、彼方を待っていた。落ち着いた彼方は、一旦荷物を置いてくると言い残して部屋に戻っている。
まさかこの隙に窓から出て帰る気じゃないかと途中で少し不安にもなったが、その心配は杞憂だった。すぐに彼方がドアを開けて戻ってくる。
「ごめんなさい、取り乱した」
ぺこり、と彼方が頭を下げた。泣いた分少し目が赤いが、それ以外はいつもの淡々とした表情を取り戻している。一方の奏介は、そんな彼方を直視できなかった。
「ああ、大丈夫だから……とりあえず、戻ろうか」
「うん」
なんとなくぎこちない言葉を交わし、みんなの待つ1階へと戻る。ぎしっ、ぎしっ、と1段降りるたびに階段が軋む。奏介が前、彼方が後ろを歩く。
「ありがとう」
突然、彼方が言った。思わず奏介の足がぎしっ、と強い軋みを踏んで立ち止まる。振り返る。
「えっ、あの……どういたしまして」
視線が泳ぎ、しどもどしながら奏介が答える。さっきまでの思い切りのよさはどこへやら。
すると、彼方はわずかに微笑んだ。まだ少し、泣き腫らしたままの瞳で。
彼方が大事なことを言う時は、いつだって突然だ。でも、それも彼女なりの素直さなのかもしれない。奏介は彼女のそういうところが——
『そういうところが、どうなんすか?』
想像上の海渡が、ニヤニヤしながら奏介に訊いた。
「……なんでもないよ」
「何か言った?」
奏介の思考が、思わず口に出てしまった。
「いや、大丈夫。こっちの話だから気にしないで」
「そう」
彼方には、言えるはずがない。
1階店舗のフロアに近づく。彼方がひとまず落ち着いた今、フロアに残った3人の様子も心配だった。あのショッキングな映像を見せられて、みんなはどうしているのだろう。自分達はどうすればいいのだろう。
店舗に繋がる通用口を開ける。
テレビは止めたまま、店内のスピーカーからBGMが流れていた。ゆったりとした、ケルト風のインストゥルメンタル。
3人とも、フロアに残っていた。存外に穏やかな雰囲気で、2人を待っていた。
「よし、飯にしよう! こういう時は腹を満たすのが一番よ! 早く食わないと冷めるしな!」
戻ってきた2人をテーブルに誘う拓渡。
「2人とも、家族には電話した? うちにいてくれるのは助かるけど、こういう時だし連絡取ってあげるのよ?」
実に母親らしい心配をしてくれる春海。
「大丈夫っすか、姐さん? 暗い姐さんなんて、らしくないっすよ!」
そして、いつもの調子で彼方を案じる海渡。
「たまにはみんなで、いただきますの挨拶しましょうかー」
春海の提案により、2人が席に着いたところでみんなが同時に手を合わせる。
いただきます。
いつもより豪勢に振舞ってくれた、まかないの手料理。オニオンスープをすする。少し冷めてしまった。だけど、いつもの何倍も温かい。だから、どんどん食が進む。その温かさを噛みしめるように食べる。目頭が熱くなる。きっとそれは、温かすぎるからだ。
「今日はご飯のおかわりもあるから、じゃんじゃん食べてねー」
「若者はどんどん食えよ! 今日は大判振る舞いだ!」
三者三様の気遣いに触れて、奏介は感じた。
自分達の居場所が、ここにある。
例え世界中の至る所で戦争になっても、その結果世界が滅んでも、ここだけは。この5人が揃う空間だけは失ってはいけない。ジェロムズの、二の舞にはさせない。
「オレ、おかわり!」
「私も。あとコーラがあれば飲みたい」
「みんな早いな! 奏介はどうだ?」
奏介も残りのご飯をかき込んで、言った。
「おかわり、もらいます!」