19
彼方は、部屋に閉じこもっているようだった。
「……彼方」
閉じた彼方の部屋。その前で奏介は問いかける。返事はないが、かすかに気配と物音を感じる。
「……さっきの、辛いよな。俺だってまだ理解できないし、理解したくない」
まだ返事はない。
「夕飯、どうしようか? 腹減ってないか?」
思い切って話題を切り替えたが、やはり返事はない。
「俺がここにいるのと、1人になるの、どっちがいい?」
それでも返事はない。彼方のショックを肩代わりしてやれない、歯がゆい思いだけが募る。
何もできない自分は、ここにいない方がいいんじゃないか。奏介にそんな思いがよぎって足が階段に向かいかけた時。
「全部、私のせい」
ドア越しから唐突に、彼方の声が聞こえた。
「私がわがままを言わないでMiXを続けていたら、こんなことにはならなかった。少なくとも、オリンピックのテロは回避できた」
「そんなこと、言い切れないだろ」
「言い切れなくても、私には義務があった。MiXを続ける義務が」
そして、不意にドアが開いた。帰り仕度のような荷物を持って、彼方が立っていた。
「私、音構に戻る」
「何言ってんだ、落ち着けよ彼方。今さら戻ったところでどうにもならない! ただ自分が余計に傷つくだけだ!」
「それでもいい」
「よくないだろ!」
強引に階段を降りようとする彼方の腕を、奏介は強く掴んだ。それから、すでにまともな判断力を失っていた奏介は。
勢いをそのままに、彼方を抱きしめた。
彼方の身体は思っていたよりも、か細かった。こんな痩せっぽちな身体で、たった1人で、広すぎる世界を守ろうとしていたのか。
だったらなおさらだ。
スーツを着た河合の姿を思い出す。まるで刃物のような威圧感を纏う佇まいに、奏介は怖れを抱いていた。しかし、今は恐怖より怒りが強い。いまだに彼方をここまで思い詰めさせている、河合の存在を絶対に許すことはできない。
「俺は、絶対にこのままじゃ戻らない。戻れない。……彼方のことも、戻すつもりはない」
徐々に、力の入っていた彼方の身体が弛緩していくのがわかった。そして身体の重心を奏介に預けて、胸に顔を埋めて、彼方は静かに泣いた。
彼方の体温と鼓動を感じながら、奏介は思う。
自分は、彼方にとっての何者になれるんだろう。