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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
5.夏休みの歌姫
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 やるしかない、と腹をくくって臨んだバイト初日。

 その忙しさは、一言で言うなら「殺人的」だった。

 彼方と奏介に任された仕事は3つ。客から注文を受けてキッチンに伝達すること。できた料理をテーブルに持っていくこと。それから、退席したテーブルを片づけること。いわゆる「ホール担当」である。

 仕事内容自体は実にシンプル。しかし、その数が尋常ではなかった。

 以前からの常連客はもちろん、そこに昼休みや非番でやってきた自衛官の一団も合流。あっという間に全ての席が埋まった。さらにそこから店の外に長蛇の列ができ上がり、その列を捌きつつ注文を受けて料理を出さなければなければならない。まさに終わりが見えない地獄のスパイラル。これを今まで親子3人で切り盛りしていたというんだから、本当に信じられない。

 怒濤の3時間が終わり、気づけば時計は午後の2時を過ぎていた。

「……疲れた」

 水分補給すらままならなかった奏介は、エプロンを外すのも忘れて更衣室で干からびた抜け殻になっていた。座ったパイプ椅子から動けない。もしかしたら大人がタバコを吸いたくなるのは、こういう時なのかもしれない。

「大丈夫っすか?」

 ぼろ雑巾のようになっていた奏介を見かねて、海渡が心配そうに声をかける。

「これ、どうやって3人で回してたの……?」

「そりゃもう回せないっすよ。常にパンク状態で、並んでる人達は30分くらい待ってもらうのはザラでした。だから今日から入ってくれたのは、かなりありがたかったっす! あ、この麦茶父ちゃんからっす。差し入れってことで」

「……ありがとう」

 ペットボトルの麦茶を受け取り、早速ぐいっと一口。きんきんとした冷たさと潤いが、五臓六腑に染み渡る。

「覚悟はしてたつもりだったけど、まさかこれほどとは……」

「やっぱビビりますよね? 実はうちの店、乙江にいる自衛隊の間で評判が広まったらしくて。それで駐留が始まった頃はせいぜい4、5人だったのが1週間ちょっとであの状態っす。ハンパないっすよね?」

「確かに、ハンパない」

 少しだけ体力や思考力が戻ってきて、改めて自分の仕事ぶりを思い返す。

「でも、あんな仕事で大丈夫だったのか……?」

 最初の仕事で忙しかったからとはいえ、思い出すのは反省点ばかり。例えば注文を忘れたり、料理を別のテーブルへ持って行ってしまったり、待機列を放置してしまったり。挙げ句の果てには、大皿を1枚盛大に割ってしまった。無愛想ながらも淡々とこなしていた彼方のほうがよっぽど有能だったと思う。

「何暗い顔してんだ? 料理をぶちまけなかっただけ、初日にしちゃ上等だよ」

 更衣室の入り口に現れた大きな人影。言うまでもなく、拓渡だった。

「あ、麦茶ありがとうございます」

「いいってことよ。ずっと休憩もできなかっただろうし、これぐらいはな。それよりも昼飯ができたから、エプロン取って出てきな」

 また少し、奏介の表情に生気が戻る。そういえば、朝に海鮮丼を食べたきり、何も口にしていなかった。

「それから、相棒も疲れと反省でぐったりしてたから、元気づけてやるといい。ここで上手いこと励ましてやれば、男が上がるぜ?」

「彼方が……?」

 しかし、考えてみれば当然かもしれない。彼方だってきっと、カフェの接客なんて初めてだったはずだ。だったら、自分がこんなところでへばっているわけにはいかない。

「すぐ行きます」

 さっきまで抜け殻になっていたことも忘れて、奏介はしっかりした足取りで更衣室を出た。

 奏介の目に入ったのは、長テーブルの席に出された人数分の賄い料理。それから早くも賄い料理を遠慮なくいただいている彼方の姿だった。

「春海、このカレーおいしい」

「あらほんとに? いつもより気合い入れて作った甲斐があったわー」

 ぐったりしていたという彼方はどこへやら。そこにいるのは完全に胃袋を掴まれて回復している彼方の姿だった。ちなみに言うと、仕事の山場を乗り越えた春海の笑顔も緊張感が抜けてほんわかしている。実に平和な絵面だった。

 一方、聞いていた話と違う奏介は困惑していた。

「あれ? 彼方がぐったりしてたって聞いたんだけど、大丈夫?」

「ん? 別に?」

 当の彼方はきょとんとした顔で首を傾げた。

「おっしゃ! カレーだ!」

「余った野菜で作った夏野菜カレーだ。ちょっと多めに作ったからおかわりもあるぞ」

 と、後から拓渡と海渡もやってくる。奏介はこっそり拓渡に事情を訊いてみた。

「あの、さっき彼方がぐったりしてるって……」

「ああすまん、あれは嘘だ」

「は?」

「ああ言えばどんなに疲れてても動くだろうと思ってな! まあ悪く思うな! ははははは!」

「ってかそもそも、2人ってぶっちゃけどういう関係なんすか? オレ、めっちゃ気になるっす!」

「いや、そこは気にならなくていいから……」

「まあまあ、そこはお昼食べながら根ほり葉ほりじっくり聞きましょー。では私もいただきます」

「ええー……」

 それから、2人は春海の言葉通り、根ほり葉ほりの質問責めにあった。

 たじたじになりながらも、激務の後にみんなで食べた夏野菜カレーの味は格別だった。

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