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それから、数時間後。
気づいたら、2人と海渡はハイエースの後部座席に乗り込んでいた。すでに函館の市街地は遙か遠く。今は潮の香り漂う海沿いの道をひた走っている。
「いやー助かったよ」
海渡とは対照的に、大柄でまるで熊のようなハイエースの運転手が言う。
「海渡がいきなり見慣れない2人を連れてくるもんだから、何かと思ったらうちの店でバイト希望だなんて、いやーとんだ嬉しい誤算だ! でかしたぞ海渡!」
運転手の名前は、喜多見拓渡。つまり、海渡の父だった。
あれから、海渡と出会った駅前で何があったのか。
まず、海渡が北海道でのファン第1号になってくれた。
「今の音楽、めっちゃよかったっす! もっと聴きたいっす!」
前のめりな海渡の褒め言葉に、気をよくした奏介と彼方。投げ銭の話なんて忘れ、出し惜しみすることなく2人の曲(正確にはジェロムズの曲)を披露した。海渡は2人の音楽に完全に一目惚れ。
「すげー! 今日函館に来れてよかったー! オレ、2人のこと全力で応援したいっす! CDやグッズあるなら全部買います!」
「うん、気持ちは嬉しいんだけど……俺らそういうのはまだ全然なくて」
「えーそうなんすかもったいない!? じゃあ何か別の方法で応援できないっすか!?」
「あ、それなら」
投げ銭で、と言おうとしたところで。
「家に泊めて」
彼方がぶっちゃけた。
「私達、千葉から来た。だけど宿を決めてない。できれば家の手伝いしながらでも1ヶ月くらい滞在できるところがいい」
唐突な彼方の要求に焦る奏介。いやいや初対面でいきなりそんな要望言ったところでOK出してくれるところなんてあるわけ――
「あ、それならたぶんうちOKっすよ!」
「OKか、そうだよな……っていいのかよ!?」
「はい! オレの家カフェやってて、今ちょうど人手が足りない状態だったんすよ! それで今日は親父と食材の買い付けに来てて、ついでにオレはここで路上ライブしようと思ってたんすけど……あ、あれうちの車だ! ちょっと訊いてくるっす!」
「え、あ、ちょっと!?」
奏介が狼狽えている間に、話はとんとん拍子で決まった。そして、海渡の父・拓渡からも快く歓迎され、現在に至る。
車のステレオから、聞き慣れないラジオ番組が流れている。どうやら地元のローカルFM局らしい。
「海渡、お前の路上ライブはどうだったんだ?」
「いや、結局やらなかった! ずっと2人のライブ聴いてた! 最高だった!」
「ほぉー、それなら仕事の合間にでも君らの曲を聞かせてくれよ!」
「まあ……そうですね、機会があれば」
まだどこかよそよそしい奏介が無難な返答に終始していたところで、彼方が踏み込んだ質問をぶつけていく。
「そういえば、私達まだ仕事の内容を聞いていないのだけれど」
「ああ、それなら聞くより慣れるほうが早いだろ。いざとなったら海渡がフォローできるし……って話してたらもうすぐ到着だ!」
海と陸地を隔てるように続いていた国道の先。
港と離れ小島、そこを起点にして広がる市街地が見えてきた。
「ようこそ乙江町へ! 歓迎するっす!」
こうして、2人の乙江町で過ごす夏休みが始まった。