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ワールズエンドの歌姫  作者: 染島ユースケ
5.夏休みの歌姫
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 路上ライブをやろう。

 そう言ってみるのは簡単だ。

「彼方、1つ言っておきたいことがある」

「どうしたの?」

「実は俺、路上ライブやるの初めてなんだ」

「大丈夫、私も初めて」

「……そうだよな」

 その言葉は彼方なりの励ましだったのかもしれない。しかし、効果はいまひとつだ。むしろ不安のほうがかさ増しされる奏介。考え直したはずの意思が、早くも弱ってきた。

 海鮮丼の店を出て、函館の駅前。 

 いざ歌おうとギターを抱え路上で立ってみると、ライブハウスとは違う緊張感があった。

 ライブハウスという空間は有限だ。その分、聴く側の人数にも限りがある。だから、その聴き手に集中して音を届ければいい。

 一方、路上ライブは無限だ。エリアの仕切りがどこにもない。つまり、自分達の音楽は不特定多数の人間に対してどこまでも届いてしまうということ。しかも、自分達の音楽を聴きに足を運んでくれている人は、当然誰もいない。

 同じライブでも、スタンスが全然違う。今更になって、思い知らされる。

「奏介。最初、何歌う?」

「どうしようか……」

 アウェーの空気で萎れそうになっている奏介とは対照的に、彼方は特に物怖じしていない様子。ライブ経験が少ないとはいえ、やはりMiXとして世界的に活動していた歌姫。踏んでいる場数が違うのだろうか。

 やはり、自分とは格が違うのかもしれない。

 と、ネガティブな思考に囚われかけたところで、慌てて奏介は頭を振って我に返る。仮に釣り合わなかったとしても、今ここで彼方の相棒ができるのは、自分だけだ。それが弱気になってどうする。

「そうだな……だったら、今朝できた新曲やろうか」

 すると、彼方の口元がわずかにほころんで。

「『ぼくら、あすなろ』? それ、私も歌いたかった」

 1曲目が決まると、その後に何を歌うかは、割とすんなり決めることができた。同時に、路上で演奏するイメージが徐々に形作られていく。それと反比例して、路上で歌う不安は薄くなってきた。むしろ、ミュージシャンの血が騒ぎ始めた。

 心の準備ができたときには、函館駅前はもう奏介にとってのライブハウスだった。ステージがやたら小さくて、観客のスペースがやたらと広いだけのライブハウス。

 奏介のギターに合わせて彼方が歌い出す『ぼくら、あすなろ』の旋律。音程も、歌詞も完璧。今日初めて聴いたとは思えない完成度。

 彼方の歌声は、からっとして涼しい函館の空気に程良くマッチした。軽やかな風に乗って、北の大地にどこまでも広がっていきそうな。彼方がMiXとして歌えなかった、歌いたかった音楽が今ここにある。

 演奏を終えた時には、2人は晴れやかな気持ちだった。演奏前、不安に駆られていた自分がばかみたいだ。

 しかし、肝心の結果はというと。

「誰も止まらない」

「最初だし、そんなもんだろう」

 とんとん拍子で上手くいくとは初めから思っていない。そもそも、通行人の数が柏の駅前ほど多くないわけだから仕方ない。そこは不安が消えるのとはまた別の話。

「まあ俺達はのんびりやろう。次の曲を……」

 と、言いかけたところで視線を感じた。彼方も気づいたらしく、同時に横を向く。

 向かって右側。慌てて誰かが物陰に隠れた。

「誰かいる」

 彼方が指を差すと、観念したのか隠れていた1人の少年が顔を出した。

 ジーパンにTシャツ姿。ダークブラウンの髪は短くてつんつんしている。奏介達と比べ一回り程小柄な背丈からして、学年は小学生から中学生くらいだろうか。いかにもやんちゃそうな少年だが。

 その背中には、黒い大きなケースを背負っていた。

 その小柄さゆえに背負わされている感が強かったが、それでも彼の背中にあるのはギターケースで間違いなかった。

「えーっと……」

 奏介は何から訊こうか迷っている。すると、彼は気合いの空回りした声で言った。

「オレ、好きっす!」

「…………はい?」

「好き?」

 それがギタリストを目指す少年、喜多見海渡きたみ かいととの出会いだった。

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