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同窓会の後

短めです。

 スマートな『若手実業家』に、相応しい装いを選んだつもりだ。うん、あいつの誠実そうな温かい雰囲気を壊さず、それでいて上質な事が見て取れる適切なスーツを選べた筈。更に今もっとも勢いのあるやり手実業家らしく、侮る余地のない隙の無さも表現できていると思うんだが。


 後藤は「僕、松山みたいにスタイルも良くないしなぁ」なんて言ってはいるが、『シロクマ社長』と言う通り名が示す通り、艶やかな白い肌、ふっくらとした柔らかそうな体躯には元来人を安心させる包容力や、自然と信頼を寄せたくなるような親しみやすさが備わっていると思う。―――と好意的に受けとめるのは、俺だけの欲目ではないと思う。


 あの日一夜の相手と割り切った女の部屋で、その華奢な肩を抱き寄せた時……ベッドサイドでジッと俺を見ていたシロクマのぬいぐるみ。思わず彼女を一旦引き離し、そのぬいぐるみの顔を壁側に向けずにはいられなかった。

 「どうしたの?」と怪訝そうに伺う彼女に、咄嗟に「目の毒だからさ」とニヤリと嗤って誤魔化したが、本心など言える訳がない。ただ単に自分の爛れた情事を、あのつぶらな瞳で見守られるのに耐えられなかっただけだ。まるでアイツの目に晒されているような錯覚を抱いたから。


 そんな俺の気も知らずに……と、高校の同窓会へ洒落たスーツを身に纏い、イソイソと出掛けて行ったであろう後藤を頭に思い浮かべて、虚しくなる。

 こんな日は一人で居たくない。ナンパでもするか、それとも割り切った相手に連絡しようかとアドレス帳を物色して―――溜息を吐き、結局上着の内ポケットにスマホを戻す。


 たぶんアイツの事だ。初恋の相手と再会したからと言って、すぐさまホテルに連れ込むなんて強引な真似をする筈がない。もし相手と良い感じになったとして、きっと連絡先を交換してそれから……昼間、明るい内にランチにでも誘うだろう。その時はきっと俺に救援を求める筈だ。「松山、女の子を連れて行きたいんだけど、良いお店教えてくれない?」なんてな。衣装のコーディネイトを頼んだ時みたいに、頬を染めて恥ずかしそうに告げるんだろうな。


 辛い。だけど俺は「はあ?それくらい自分で何とかしろよ」と言いつつ適当な、女子が好きそうな、それでいてアイツの舌を満足させる美味しい食事を提供する店を教えるんだろう。更には予約まで引き受けてしまうかもしれない。


 ……そうだよな、そうだ。どうせなら最初からガッツリ関わった方が良い。


 高校の頃の初恋の相手だとしたら、今付き合っていないって事はその頃その女は後藤に見向きもしなかった筈だ。なのにもし今日、その気になったとしたら……メディアに露出するようになり、有名人となりつつある後藤の地位や金に興味が湧いたって可能性もある。そう言う狡い女であれば、いつも通り俺が排除してやれば良い。


 だけどもし。もしもその女がすっげーイイ女で。高校生の時はそこまで踏み込めなかったけど、大人になって漸くお互い自然と惹かれ合った結果距離が縮まったのだとしたら、俺は―――。


 いや、今は其処まで考えなくて良い。

 そうなってしまったら、その時はその時。どうしようもない事だ。


 だけど何かあったなら、いや、結局何もなくてもアイツは職場に戻って其処で一息つくかもしれない。いてもたってもいられない俺は、気を紛らわす事を諦め結局職場に出張る事を選択した。

 真っすぐ独り暮らしのマンションに戻る可能性の方が大きいような気もする。が―――どうせ仕事も溜まっているしな。うん、俺は仕事を片付けに行くんだ。それでもし……後藤が其処に偶々立ち寄ったなら、顔を見る事も出来て一石二鳥だ。来なかったら来なかったで、頃合いを見てスマホに連絡を入れても良い。例えばそう『首尾良く進んだか?初恋の相手には会えたのか?』なんてな。


 そうしてジリジリとした焦りを抱えつつ、効率悪くPC作業を進めていると、不意に俺が居座っている社長室の前室の扉が開いた。ゆっくりと顔を上げると―――少し頬を火照らせた後藤が立っていた。


「いたんだ」


 随分気の抜けた声だ。俺は首を傾けて挑戦的に後藤を睨む。


「……いたら悪いか?俺がいるのは分かってただろ」


 入室状況はスマホや入口で把握できる。名前をわざわざ確認する必要もない、この前室の鍵を持っているのは俺と後藤だけなのだから。


「うん。だけどせっかくのお休みだし、俺も出掛けているからデートでもしているかと思ってたんだ」


 ふんわりと笑う屈託のない表情が小憎らしい。


「人を『遊び人』みたいに言うなよ。お前だって今日は初恋の相手とどうにかなる展開もあったんだろ?」

「ふふっ」


 皮肉を言うと、何故か楽しそうに笑われてしまった。一丁前に躱されたようで面白く無い。


「余裕だな」


 不機嫌そうに俺が呟いたのをどう受け取ったのか分からない。だけどアイツは、少し酔っているのか気を悪くすることもなく、明るく笑ってこう言ったのだった。




「飲み足りないから付き合ってよ」




 コイツの方から飲みに誘うなんて、珍しい。仕事場から引き剥がすのは、最近は俺の専売特許となりつつあるのに。


 余程良い事があったのだろうか?


「しゃーねーな」


 如何にも仕方ない、と言ったように同意の頷きを返してみる。

 ニヤリと笑って見せたものの……昏く沈む気持ちを浮き上がらせる事はどうにも難しかった。

次話、最終話となります。

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