⑨だって勃たなかったし
「おいっ、嘘だろうっ!ここのセキュリティはどうなってんだよっ!」
何故か厳重なオートロックで管理されているはずの部屋鍵が外側から何の苦も無く外された。
(という事は、ホテル側のやつもグルか!?)最悪だった。
そして、
「邪魔すんぞ」
野太い声。複数人の人の気配。どかどかと土足でカーペットを叩く重い体重を持つ者の靴音。部屋と玄関とを仕切る磨りガラスドアが開けられて。
先ず先頭を切って入って来たのは片手に警棒を持ち、仕立ての良いブラックスーツで身を固めた歳の頃30代程のやたらがたいの良い男だった。
手はグローブみたいに大きくて硬そうで傷だらけ、喧嘩なら負け知らずの素手で人が殴り殺せそうな熊みたいな凶悪そうな男。そして何より恐ろしいのがその男の持つ雰囲気だ。
(絶対にこいつ人、何人か殺ってる!)
それがマジでシャレにならないほどに嵌っていた。それに、懐を探したら普通に拳銃とか持っていそうだ。
そんな奴に敵う訳がない。しかも男は一人じゃなくて、その後からも続々と、どう見ても堅気には見えない怖面集団が部屋の中に入ってくる。
(俺、詰んだ…)
「こいつかあ?」
「お、結構いい男じゃん!」
「需要はあるな」
何の需要か知らないが、需要があるとか無いとかそんな事もうどうでも良いから頼むから家に帰してくれ。いや、帰してください、お願いします!頭下げるから。
だけど、そんな俺の都合の良い言い分が通る訳もなく、俺は退路を断たれ男たちに取り囲まれる。だというのに俺の体は恐怖で竦み、微動だにせず。背中からは蛇に睨まれたカエルの如くじっとりとした脂汗が大量に滲み出してくる。
(やべえ…)
最初に入って来た武闘派の男と真っ黒なサングラス越しに目が合った、気がした。
その隣にはいつの間に出て来たのか、トイレに立て籠もっていたはずのあの女が立っていて、その手にはしっかりと女のスマホが握られている。
あれさえ無けりゃあ…。あと少し、タッチの差だったのに…と、後悔は尽きない。
だけど今さらそんな事を考えても始まらない。
それに考えようによっちゃあ今この場面で此処―――俺の前で一番の隣―――にいるって事は、この集団の中で女は自分の意見を言える程度には自分の立場を確立させてるって事だ。
だから女に媚びるのは癪だけど、この女の同情票を買えば―――何とかならないか……?
と言うか、この中でまともな話し合いが出来そうなのはこの女くらいしかいなかった。
俺は女に縋るような視線を向ける。
頼む。何度でも謝るから、お願いだから俺を見逃してくれっ!
だけど、そんな俺の願いを僅か数十分ほど前の俺自身が吐いた悪態が裏切った。
「なあ、随分好き放題言ってくれたな?悪かったなっ!ブスでさあっ!」
あ、馬鹿。
「ほう?」
「ぐぅっ」
武闘派の男の手が俺のぺらぺらのバスローブの両襟ぐりを掴み、締め上げる。
「うちの妹はそんなにブスか?なあ?」
妹?
「まじで教えてくれよ」
顔面凶器の男の顔が迫る。
至近距離で見ると真黒なサングラスの向こう側の景色が透けて見えた。
そこには…。ぎらりと剣呑に光る、剃刀よりも鋭い怜悧な眼差しが俺の顔をじっと射貫いていた。
ひぃっ!と俺は息を吞み込む。
やばい、やばい、やばい。てか、やばい。やばいって!
マジ死ぬ。視線だけで殺られる!
「あ、や、それは、売り言葉に買い言葉っていうか、ですね…言葉のあやっていうか、あ、言いますか…」
しどろもどろな声が震える。呼吸もし辛いし、足もガクブルだ。
「アア、てめえ舐めた口きいてんじゃねえよっ!」
「ひぃっ!」
女がいきり立つ。と、元々腰が引けていた俺はその勢いに負け、呆気なく尻餅をついた。そんな俺を見て武闘派の男、女の兄貴が呆れたような表情をする。
「つうか、お前威勢が良いのは女の前だけか?本当にタマ付いてんのかよ?」
「一応付いてたけど?ま、機能がまともに働くかどうかは知んないけど。だって勃たなかったし」
それに女が返した。
ぶはっと誰かが思いっきり吹き出して、それに他の奴が全然そんな事思っていないような声で「可哀そうに」と合わせる。にやにやとする声、表情、憐みの視線が俺に集中する。
ぐさり、と胸が痛んだ。
(俺だって、別に好きでそうなった訳じゃ……)
けど、感傷に浸る間もなく、後方から声が上がった。
「あー、それについて自分から一ついいですか?」
微妙な空気に割って入ってきたのは後ろの下の方、おそらくベッドに腰かけて先ほどから俺のバックを探ったり、モバイルPCをかちゃかちゃやっていたインテリ眼鏡、一見大学生風の若い男の声だった。
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