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ただそれだけの恋。

作者: のえみん

例えばだけど、片想いに終わった先生との恋が成就していたとするじゃない?

そうすると、私は先生の奥さんと子どもを傷付けたヒドイ女ということになるよね。



でも恋って、いつでもどんな恋でもキチンと理性が働くかなんて分からない。

あの頃の私は、奥さんだとか子どもだとか、そんなのは、眼中にあるどころか、作り話の登場人物のようにいつでも消ゴムで消してしまえそうな存在だった。


あの頃の私。


時計の針を、巻き戻し…巻き戻し…巻き戻し


…………………………



朝、学校に着くと、とにもかくにも先生のバイクが指定位置に停まっているかを横目で確認する。

何故横目で…かというと、内緒の恋だからだ。

一緒に登校してる友達に悟られないように。


一度だけ、

「もしかして、A子はF島先生の事が好きなんじゃないの?」

と図星られた事がある。

もちろん、否定した。わかりやすく口数多めにアタフタを隠して、実は隠せていないというアノ手法で。



次は、1日数回の校則違反をやってみる。

小さい小さい違反。

内申書に差し障りのない程度に。その辺りは結構冷静。


例えば、髪ゴムの色をカーキにする。

当時は、黒・紺・茶しかダメだったから。


例えば、学校指定じゃないカバンに体操服を入れて机の横のフックにかけておく。


例えば、小テスト

本当は満点とれるんだけど、再テストにならない程度の点数を取る。


そうするとね。

先生は、私を少しだけ注目してくれる。

決して目立たない私を、

決して器量のよくない私を、

少しだけ、ほんの少しだけ。


でも、それは決して駆け引きとかではなくて、私はそれしか出来なかった。

そうすることでしか、先生と話す事どころか、機会さえ得ることができなかった。




隣のクラスにね、O沢さんっていう女子がいた。

彼女は、始めから宣言してた。


「私、F島先生の事が好きだよ~!」


って。


私は嫌いだった。大っ嫌いだった。O沢さんのこと。


テニス部に入ってて、顔も可愛くて、明るい彼女。


私は帰宅部だったし、顔もそんなにだし、人見知りだし…だし…だし…だし…。


既婚の先生を好きになるってタブーを犯してることは同じなのに、私だけが汚く醜く、卑怯な女子に思えた。


F島先生は、体育の先生で、背は小さくてね、決して男前だとは言えないの。


当時、一部の女子が熱中してた、某男子アイドルグループ に比べたら…なんて、比べることすら出来ない部類。


でも、人気はあった。

男子からも女子からも。

恋していたのは、私とO沢さんだけじゃなかったかもしれない。

そんな不思議な引力をもつ先生だったな。



そうそう。

F島先生を初めて認識したのは、高校2年生の春。

分かりやすく、担任になったからだった。


4月、始業式の日。

朝、登校するとピロティにクラス替えの紙が貼り出されている。

そこでクラスメイトの顔ぶれが分かるけど、担任はまだ分からない。


次に、始業式。

そこで担任発表。


2年5組の担任は、F島先生です。


ってね。


後ろに立ってる新クラスメイトの一人が

「うわ、最悪…」

って言ったのを聞いた。だから、私も最悪―!って、隣のクラスの列に並ぶ友達に言った。

友達は

「そんなことないよ、結構いい先生だよ。それより、ウチの担任なんてさぁ~…」

って言って、自分の担任が嫌味で有名なN田先生だと嘆いた。私の去年の担任だった。



高校生という、咲き誇る花のような日々を私は不毛な恋に捧げた。

あんなに嫌いだった体育の時間が待ち遠しくて仕方なかった。

夏休みなんていらない。

あぁ、今日は先生のバイクが停まってない…また出張?

もしかして、来年異動するのかな…

どうしよう、どうしよう、嫌だ、いやだ、イヤだ!!


3年生になる春休み。私は毎日祈った。

願いでない、祈り。強く強く。


…今年度も、F島先生が担任でありますように…


泣きながら祈った。苦しい祈りだった。

新学期が来るのが怖かった。

もう一度巻きもどれ!!ずっとずっとループしろ!!


怖いくらいの祈りが通じたと分かったとき、私は震えた。

もしかしたら私は、この幸せと引き換えに、何か大切なものを売ってしまったかもしれない。悪魔と契約してしまったかも知れないって。


それでも良かった。先生より大切な何かなんてあの頃の私にあるとは思えなかったから。


笑えるよね。10年たった今、私もやっと少しだけ笑えるようになったよ。


トータル2年の付き合いだった。

うん、分かってる。付き合いって言っても、単なる先生と生徒の付き合い。


でも、知ってる。

先生は分かってた。私の恋心。

きっと、ウンザリ…ううん、そんな感情すらも無かったかもしれない。


卒業後に出した手紙の返事はなかった。




時計の針よ、元に戻れ、元に戻れ…


そして現在、私は三児の母になった。

人生で初めて付き合った人と結婚した。

もちろん、大好きな人と。



それなのに、もう10年たったのに、時々苦しい思いをしながらも、思い出の時計の針をジリジリ戻してしまう私がいる。


でも、ちゃんと現実に戻って来れてるよ。

大丈夫、ちゃんと今を生きている。

私はちゃんと幸せだ。



……………………

今日、友達からメールが来た。

「F島先生に久しぶりに出会ったよ。A子のこと話したら、『立派なお母さんになったんだなぁ~』って、懐かしそうに目を細めてたよ。」



私は、携帯電話を涙で水没させた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 切なくて、甘酸っぱくて、いい作品だと思います。
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