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Blue Blood Battle  作者: ヤヅ
9/9

3部-3/3

ヒトが、おとぎが、少年を追う。

これが最後の追撃だろう。激しい総攻撃のさなか、舞うように地と天を駆けながら、少年は思う。

他者の欲望に触れたときにだけ見える、青以外の色。その全てが、醜くて仕方がなかった。

少年は欲望を嫌う。それは自身の命を食らうものだから。

真っ黒い絶望の中で、少年は、その全てを恨み続けた。

だから、追っ手を殺すことに、何の躊躇(ちゅうちょ)もなかった。

だというのに、今は。

少女の生命賛歌にあてられたのだろうか。

欲望の奥にある、[想い]が見える。

弔いの紫、慈悲の緑、老練の黄、躍動の橙、熱情の赤。

追っ手を倒す度に見える色に、心の蔵がきしんだ。

絶望の中、閉ざしていた眼には見えなかった色彩は、美しかった。

「でもね、」

少年は、高く高く、飛び上がった。

「僕には、僕の、想いがある。」

願いがある。欲望がある。生きたいと。

もう、知ってしまったのだから、あがらえない。他者の想いを絶ってでも。

「それにね、」

少年は、血を流す。今出せるだけの、ありったけの血で、夜空に一枚の四角を描いた。

「過ぎたる欲望は、醜悪となり、身を滅ぼす。

 どれほど想いが美しくとも。

 あんたらはもう、欲望の権化だ」

青い四角が夜に染まり、真っ黒い壁が、ずるりと産まれた。

「受け止めてもらいましょう。

 僕の中に積もり積もった。あんたらが僕に背負わせたものだ。」


――絶望の、黒。

漆黒の壁が落下する。

地面ぶつかるや壁は液状化して、飛び散る黒は圧死をまぬがれた者達を巻き込んでいく。

空にいたもの、地にいたもの、全てを巻き込み染めあげて、黒い血は地中の奥底へ消えていった。


少女は走り、茂みに身を潜めながら、逃げ続ける。

鏡の前で少年と分かれてから、手に手に武器を持った者達にずっと追われていた。

少年の側に比べれば、追っ手の数は全く少ないが、少女が相手取るには、あまりにも恐ろしい。

まずもって追っ手達は、すでに正気でなかった。無理もない。祭典はすでに、狂気の沙汰となっていた。

徒党を組んで少女を追っているかと思えば、急にお互いに殺し合いを始め、また思い出したかのように少女を追う。または、何もないところに、銃を撃ったり火炎瓶を投げこんだり。

息を殺しながら追っ手達の凶行を見張り、少女は思う。

少年と約束したことに後悔はなかったが、しかし、粗暴で気の狂った追っ手達を見ていると、ふと、彼を思い出した。

異形の牧師の彼。

彼の元へは、もう帰れないのか。

ずっとその笑顔を気味悪く思っていた。常人からすれば、笑顔とも呼べない顔面のひきつりだ。しかしそれが、どれほど温かなものであったか。今になってわかった。

彼の眼差しには、偽りのない温かさがあった。生みの親、育ての教会、出会う者全てから蔑視(べっし)され生きてきた彼が、どうして、他人への愛情を失わずにいられるのか。

少女には、理解できない。

だが確かに、廃屋寸前の教会で、できる限りの愛情を少女は受けていたのだった。

こんな状況だというのに、少女は空腹を感じた。

―――彼の料理が、食べたい。


ぼんやりと、彼の手料理を一品ずつ思い浮かべていると、すぐ近くで、茂みをかき分ける音がして我に返った。

少女は必死に走った。向こうの木立の奥が、他の場所より明るく見えて、考える間もなく、少女はその明かりを目指して走った。

明かりに近づいてくると、そこはたくさんの鏡の密集地だった。また乱反射に飲まれてしまったらどうしようかと、逡巡(しゅんじゅん)した少女の脚を、銃撃がかすめた。とどまっている猶予はない。

あの追っ手達だけ、鏡の反射に流されてしまえばいい。少女は、鏡の裏手に回りこんだ。

その時。


少年は、黒い血の跡に降り立った。

呼吸は荒く、肺が苦しい。

破れた衣服から伸びる肢体は、おおよそ鳥の脚と翼になっていた。伸びきった後ろ髪は背を伝い、尾てい骨から尾羽のように長く伸びている。

裂けた口と硬質化した唇。平らになった鼻と耳。流線型の輪郭。まぶたが逆さについた、左右に離れた眼。

もう精一杯だ。これから先、どう逃げろと言うのだろう。

しかし、それでも。共に生きて、生き抜いて、死のうと。黒に閉じ込められ、白に閉じこもっていた世界に色をつけようと。(ちぎ)った。

――――二人で、一時でも、光の中に見い出せる物があるなら。

      僕は


どうぅんっ


遠くから、爆発音がして、ついで、がしゃがしゃと、無機質ながれきが崩れる音がした。

少年は、その音の方角へ向かった。


一面の青だった。

少年の眼にとって、それは常の風景なのだけれど。

一様に青と言っても、物によって濃淡や質感が違う。

産まれてから今までの経験上、少年にはわかった。

この一面の青は、赤なのだと。

事故なのか、周囲を道連れにした自害なのか、状況が把握できない程正体を無くしていたのか。鏡の密集地で、何者かが、大きな爆発を起こしたらしい。

爆発物の威力と、飛び散った鏡の破片が、この血溜まりと(しじ)(むら)を成したのだろう。近づくほどに、鉄と内蔵物の臭いがひどい。

一面の青を見渡して、少年は少女を見つけた。

がれきの上を渡り、胸元までがれきに埋まった少女の元にかしづくと、その手首を握った。

とくん、と。まだ絶えていない拍動を感じて、少年はほほえんだ。

少女の口の上に、少年は己の血を垂らす。

「…………………ん…………」

少女が、小さく息をした。

少年は、ささやきかけた。

「貴女の願いは、なんですか。」

「………………………………………………………………………………ぃ。」

少女は答えた。


「……………………………………………………………………生き、たい……………。」



真っ青な光が、辺り一面に沸き上がった。青い光と、青い血が、天空へ向かって駆け昇っていく。

「ぁ……………………………………あ……?……………あっ……………………………………

 ぁぁぁぁぁあああぁぁぁ……………………………ッ」

徐々に覚醒する意識の中で、少女は事態を把握し、嗚咽をあげた。

ロウソクが溶けるように、少年の体が頭から崩壊していく。

動けぬ体で嗚咽を続ける少女の耳に、少年の声が響く。

ーーーーだいじょうぶ。

      だいじょうぶですよ。

      ぼくは貴女と、ともに生きる。その約束は、たがわない。

青い光は逆流する滝のようであり、渦のようでもあり、どんどんと、周囲の景色と少年の体を巻き込んでいく。

ーーーー貴女はヒトの日常にかえります。おとぎであった出来事は、すべてわすれてしまいますが。

      ヒトの営みにしたがって、ぼくを消費していただきます。

      そうして、ねがいは完了するのです。

もはや少年の体は無くなり、目をくらませる光の奔流の中、少年の声だけが、少女に伝わる。

ーーーーさいごになりましたが、ひとつ。

      ぼくを消費することで、副作用がおきます。

      でも、あんしんして。なんてことないですよ。ぼくが保証します。

少女も光に包まれ、消えた。

ーーーーあぁ―――――

光と一体となった少年の、穏やかな声がこだまする。


ーーーーせかいは―――――――







少女は目覚めた。

カーテン代わりの薄布の下から、餌をついばむ褐色の小鳥が見える。

身支度を整えて、朝餉(あさげ)の席につけば、食卓の横の窓べりにも、やはり、小鳥が餌付けされていた。

「お、おは、よう。」

「おはようございます。」

少女の返答に、彼は少し驚いた。少女自身も、何か違和感を感じるが、気にはしなかった。

「今日、はね。猟師の方が、間違ってしとめてしまって、市にも出せないような、獲物だからって、くれた、んだ。」

そう説明しながら、今朝のメインディッシュを少女の前に置く。小鳥のソテーだ。

「小さくて、幼い、小鳥、だから、骨まで食べられるよ。

 羽が、とても、きれいだったから、とってある。あとで、飾りを、作って、みるよ。」

「――いただきます。」

少女は小鳥を切り分け、咀嚼し、飲み込む。

「おい、しい―――」

少女が小鳥を食べ進めるにつれ、景色が異変を起こしていった。

じわりじわりと、絵の具を落としていくように、見慣れた風景が、染まっていく。

しかしなぜだか少女は、恐怖やあせりを感じなかった。

ふと、窓べりに目をやれば。

――幸福の、青。

青い鳥が、飛んでいく。


「世界は、青い。」

誰かの言葉を、少女はささやく。




世界は青で満ちている。

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