3部-1/3
blue blood〈ブルー ブラッド〉:
・直訳―青い血。
・慣用句―「お嬢様」「箱入り娘」。
日に当たらない生活をするお嬢様は、肌が白くて、透けて見える静脈がはっきりと青いことから。
挿し絵に描かれた、小鬼のような。
そんな者が、少年のように空にいて、橙色の迎撃を受けて落ちていく。
その姿が森に消えるより早く、少女の視界は激しく回り、少年とともに飛んでいく。
ぼたぼたと青い血が垂れてくる。少年の後ろ髪がひどく伸びてきて、くすぐったい。
何か達の攻撃を一時的にまいた所で、少年は早口に言った。
「此方の世界の者が参戦したようです。」
少女は目を見開く。そんなことがあるのか、声にならない疑問をくんで、少年は答える。
「あまり前例にないことですが。」
前例は少ないが、あることはある。
おとぎの世の奥に行くほど、ヒト以外の者が、祭典に介入してくるのだと。
「ですが、ここまであからさまに手を出してきた事例はなかったはずです。
当局が、異例の許可を出したのでしょう。
一つに、僕は青い血を持つ鳥の中でも、その力が強い。ヒト相手では、歯が立たない、祭典が長引くと判断された。
一つに、あなたの存在、イレギュラーな存在を僕自身が作り出したから、ならばこちらも、という、当局の詭弁。
そしてっ、何より、欲望なんて、ヒトだけのものじゃあないって、ことですよっ!!!」
言いながら、少年は急激に旋回を切り、背面から落ちるように高度を下げる。もはや治癒の追いつかなくなった傷から溢れる血で、空に線を幾つも描けば、黄色に光り、何か達を切り刻んで焼いた。
再び高度をあげようとした少年が、何か達の攻撃を受けた。そのまま、姿勢を整えられずに、森のはずれに着地した。
同時に、少年が叫ぶ。
「っ目をつぶって!!」
回ってぼやける少女の目に、夜とは思えない、淡い光がそそいできた。少年の叫びは聞こえたが、少女は思わず、辺りを見回してしまった。
そこは、無数の鏡に囲われた場所だった。月と星の光を幾重にも反射して、ほのかに輝いている。
いよいよ不可解な光景に、少女は見入った。
少年がもう一度、目を閉じて、と叫ぶが、その声はいっきに遠ざかっていった。
少女の姿が、少年の元から消え失せた。
「鏡の国に入ったかッッ!!」
くやしさに歯がみしながら、少年が毒づく。
ヒトは視力から得る情報が知覚の大半を占める。おとぎの者であってもまどわせる鏡の国。
ヒトが入り込み、鏡を見てしまえば、引き込まれ取り込まれ、乱反射の濁流にのまれてしまう。
早く少女を見つけださないと!!!
少年は、様々な種類の鏡が散乱する森を駆け抜ける。
――――僕の願い。僕が唯一見い出した、希望を叶えるために。
「貴女が、僕の幸福なんだ。」
ぎいぎい。頭の中で音がする。
少女はふらふらと立ち上がった。
早瀬に飲まれたような感覚から覚醒すれば、少年はいなくて。
慌てて辺りを見回して、また鏡と目を合わせてしまって、また飲まれて流されて。すっかり頭はやつれたが、鏡を見ると危険だということはよくわかった。
少女がようやく解放されたのは、鏡がまばらな場所だった。密度が低ければ、反射の流れもそぞろらしい。
そろそろと進んでいくと、鏡から音が聞こえてきた。
目の端で確認すると、その鏡に写っている景色は、この場にある木々ではなかった。別の場所にある鏡から幾重にも反射を受けて、どこか離れた場所の風景を写している。
ヒトの世の鏡ならば、こんな克明に映像を伝えないだろうに。しかも、なぜか音声付きだ。
さすがはおとぎの鏡だと、少女は反射に飲まれぬように注意しながら、その映像を見た。
ヒトもいるし、おとぎの者もいる。皆、殺し合い、逃げまどい、しかし、一様に、青い鳥を追っている。
少年の身が危ない。当然のことを今更実感して、他の鏡も見てみる。
ぽつんと立った、大きな鏡から、少女を呼ぶ声がした。
少年は追っ手を倒し、進む。
少女を捜しているというのに、出てくるのは他の奴らばかりだ。
傷は増え、青い血は流れ、少年の姿は負傷の度に、ヒトから遠ざかっていく。
脚は骨格を変え、皮膚はウロコ状になってきた。
腕のガラス質の隙間からは羽毛が生える。
白目が少なくなった目は大きく左右に開き、口端はさらに裂けた。
少年は捜す。少女を、少女を。
ぎいぎい、と、頭の中で、鳴りやまないのだ。
風に揺られる、鳥かごのきしむ音。
「!!!!」
少年は見つけた。他の鏡の群とは離れた場所にある。大きな鏡。
その中に、へたりこんでうなだれる、少女の姿があった。
追っ手をまいて、鏡へ駆け寄る。少年の姿を見た少女は、悲痛に顔をゆがめた。
「待っていて下さい!今、そちらに参ります。」
鏡の反射を追っていけば、少女の元までたどり着くはずだ。
それまでその場を動かないで。
どうか誰も、少女を奪わないで。
僕の願いを、奪わないで。
とてもとても高い高い塔に吊された、球状の鉄のオリ。
とてもとても高い所にいるのだから、日の光に近いはずなのに、かごの中はどうにも暗い。
塔の影、かごの影、かごを吊す鎖の影、うつむく自分の影。かごの中は黒かった。
そんな鳥かごが、幾つか吊るされている。中に誰かいようがいまいが、暗く、黒い。
幼い者も老いた者も、真っ黒だ。
高い高い鳥かごから見下ろす下界の方が、なぜだろう、とても明るい。
ここはとても黒いのに。
世界は、青い。
世界ばかりが、青い。
「待って。」
少女は、駆けだそうとする少年を呼び止めた。




