2部-3/3
祭典の開始は、昼過ぎ頃だと感じた。
昼夜の巡りはヒトの世と変わらないのか、やがて日が暮れ、森が陰る。地平線から突き刺さる夕日と対照となるこの刻が、最も影の濃い時間ではないだろうか。
少年はあたりの様子を入念に探って場所を決め、野宿の準備を始めた。
薪を集つめて火をおこすと、少年は血を一滴、たき火に落とした。青い煙が昇る。
煙はかさを張り、かさは伸びて地表に到達した。少女らはほぼ透明な、青い半球に閉じこめられた。
半球の外から見ると、内部は森の一部に見えるらしい。
少年は鳥。ならば、鳥目。夜はここに籠もるのか。
「やっぱり、鳥目なのかしら。」
疲労からくる無意味な呟きに、少年はにこやかに答える。
「ええ。
ですが、僕は、夜が好きですよ。」
たき火の揺らめきを目で追いながら、少女は想う。
とめどない願いと、それを負った人々。
己の願いを考えるほど、白濁たる靄に飲まれてしまう少女には、彼らが、血走った目と紡がれる欲望が、美しくさえ思えた。
「色がね、見えるんですよ。」
少年が、ふいに語り始めた。
「他者の欲望に触れたときだけ、目の裏に見える、光線があるんです。あれがきっと、普段、僕に見えていない[色]なのでしょう。
青を基準に、色相環の巡りを参考に、色の名を呼んでいますが、さて当たっていましょうか。」
問うように語る少年だが、興味はなさそうだ。不可視の光線を追うように、遠くを見ている。
「正誤など気にはしませんが。
なにせ、すべからく醜い。
僕は、奴らの[色]を見るたびに、青しか映さないこの目を、ありがたく思うのですよ。」
傾く日は、地平の彼方にうずくまる。漆黒と化す森の深淵。そのさらに奥をのぞくように、少年は、遠くを見ている。
少年の言葉を、少女はじっと聞いていた。
たき火の炎と対照となって、少年に落ちる影は深かった。
しだいにまどろむ少女は、頭が組んだ腕へと落ちていく。低くなる視界に自身の姿が見える。
少年に守られ来たが、ボロの服はより擦り切れ、小さな傷口がそこほこにできていた。
擦り傷からにじむ血を見て、ふと思う。
―――少年にこの世の全てが青く見えるのならば。私にかよう血も、青いのではないだろうか。
まどろむ思考とは、突拍子もないものだ。
―――私が、願いを叶えられないだろうか。
少年の目に青く映る、この血をもって。
だってほら。
引きこもりがちだった少女の肌は白く薄く、両腕に浮かぶ血脈は、はっきりと青かった。
少女が眠るならば、灯りは不必要だ。火を消した。
「僕は夜が好きですよ。」
少年はつぶやく。黒を深める森を見ながら。
「この刻の間は、全ての者が、僕と同じ色を見るから。」
眠りに落ちる寸前、少女は、少年が立ち上がる気配に瞼をあげた。少年は狼狽し、とても慌てているようだ。
説明もないまま、少女を急かし背に乗せて、飛び上がる。
夕日が、地平線に最後の光を放ち、対の方角に月が出ている。覚醒しきらない少女は、ぼうっと、今日まで見るはずもなかった天空の景色を楽しむ。
束の間。
空の彼方から飛んできた衝撃波を少年はかわす。
少女は歯を食いしばり、激しく飛び回り始めた少年に、必死でしがみついた。
ざぐりと、少年は自身の右手でその左手を刺した。溢れる血を投げつければ、無数の赤い雨に変わり、何かを返り討ちにした。
「鳥の五感をっ、なめないでほしいものですねぇっ!」
夜闇に鳥の目が使えなかろうと、他の知覚で対処しているらしい。少年は何かの攻撃を避け、いなし、受けながら、四方へ青い血をばら撒く。
じゅわぁっと、肉が崩れる音がした。偶然少女は、それを見た。橙色の血を浴びて、空から落ちていく者がいた。
ヒトの形をしていなかった。




