1部-3/3
かぁん、と、音が響いた。閉じた瞼の下からも分かるほどの光が、瞬間、列車を覆って満たした。
うたた寝からの急な覚醒に呆然とする少女に、少年が笑いかけた。
「もうすぐ、終点でございます。」
はっとして、外を見る。景色が違う。まどろむ前は日が沈んだ程の時刻だったのに、もう昼間になっている。
森の中を列車は走り、用途不明の、幾何学な石の建造物が、近くにも遠くにも点々と見える。
さしてヒトの世と変わりがないが、おとぎの世に入ったようだ。気づけば乗客は他にいない。
駅に着いた。列車から降りて、駅の段差も下ると、駅と列車が消えた。
少年が案内するように、左手を行く先の森へと差し伸べれば、そこにいた木々達がザッと左右に退いて、道を作った。
「参りましょう。」
ただ一つ、少女を安心させたものは、地面は地面だった、ということだけだった。
森を行けば、やがて、闘技場のような施設が見えてきた。
まだ木々の向こうではあるが、あれが、会場だろう。
ぐっと緊張に軋んだ少女の胸に追い打ちをかけるように、行く先の茂みからヒトが出てきた。
左右から一人ずつ、互いに武器を持っている。男だ。
「ど、どなた、ですの?」
気が動転したまま、少女は問いかけていた。
「子供が、二人、か。」
男達は答えず、笑ったような表情のまま、こちらへにじり寄ってくる。少女は後ずさるが、少年は平然として立ち位置を変えない。
先刻のように、少年は、男達の後ろの森に手を差し伸べた。
ザァッと一気に森が左右にひらいて、闘技場の入り口まで繋がる、広い道ができた。
そうして見えた地面、男達が出てきた辺りを中心に、死体が転がっていた。
「いっときだけの徒党を組んで、競争相手を先んじて潰していって、それで、どうするんです?
最後は二方で、殺し合いですかね。」
微笑みを変えずに、少年が言う。
―――殺し合い、殺し合い?
少女は天地がわからなくなり始めた。
「うるせぇよ餓鬼共。お前らだって、そうじゃねぇか。弱い者同士で組んでも、なんの意味もねぇよ。」
―――武器なんて持っていない。こんなにもあからさまに、人が死んでいるなんて。困った方々もいらっしゃる、程度の話ではない。
「こ、の。こ、の方は、わた、くしの、案内役っの方で。
祭典の、祭典の執行部の方よっ。」
震える舌で、少女は必死に言葉をつづる。祭典に携わる役人と知れば、この暴漢共も、退くのではないか、と。
すると、男達は揃って眉をひそめ、不満げだ。確認しあうように、互いに目配せしながら、少年と少女を睨みつける。
「どういうことだ?なんだ、それ。案内役なんて、居なかったぞ、俺は。」
「俺もだ。そんな者、聞いたこともない。
招待の旨が告げられ、書面が届いて、それから一人で、死にかけながらここまでたどり着いた。」
少女はもはや、二の句もつげない。
完全に木偶と化した少女を背にかばいながら、少年は、答えない。
「この森を抜けるのも、一つの試練だったはずなのに、さっき木を動かしたよな、こいつ。」
「なんだよ、お前は。[魔女]*か?」
向かって右の男がナイフを抜いて、少年へ向けるが、警戒しているのか、距離は保っている。
左の男は、銃を構える。
ナイフには反応もせず、銃にのみ目を向けた少年は、
「すごいですねぇ、最新の銃器でしょう。それ。
ヒトの世の進歩は、本当に、目覚ましい。」
苦笑気味に、くすくすと笑った。
左の男が銃を撃った。
少年は両腕を広げて少女を背に隠す。
左の男は弾そうの弾が尽きるまで撃ち続け、射撃を止めた。右の男はナイフを構え続ける。
弾は少年に命中したが、奇妙だった。当たった部位は全て、広げられた両腕のどこかであった。
銃弾に肉が裂かれ、穿たれ。血が溢れ、滴る。
少年は、歯を見せて、口角を吊り上げて、深く深く笑った。
パキ、パキと、音がする。
男達は驚愕して、右の男が何かつぶやいた。左の男は弾を込め直して、射撃を重ねた。
少年の帽子がはじかれる。銃弾がこめかみをかすり、にじみ出る血は、少年の眼と髪に染みこんでいった。
右の男が、ナイフを下段から振り上げ、切りかかる。
笑んだまま、少年が血塗れの腕を振るった。
男達が、突風のようなものを腹に受けた、と感じたときには、男達の身は裂けていた。
「掴まって、下さい。」
傷んだ上着を国章ごと破り捨てながら、ようやく振り返って、少年が言う。動かなかったはずの少女の体は、ふらふらと催眠のように動き、少年の肩と腰にすがりついた。
パキ、パキと、少年の両腕から、音がする。
「寸の間、力を込めていて下さいっ。」
すうぅと、安寧たる地面からすらも、少女の足は、離れてしまった。
闘技場へ至る道に、元から居たのか、騒ぎを聞きつけたのか、武装した者達が現れた。怯えているが、それ以上に、期待をはらんだ、獲物を見る目をしている。
少年はそこへ、突っ込んでいく。
少女の三半規管と動体視力が、本人に代わって悲鳴を上げる。視界の端々に、血しぶきの赤をかろうじて捉えた。
数秒もせずに、闘技場の入り口に着いた。大きく開いた石造りの門前に、少女はふわり、と降ろされた。
中に入るように。少年は少女に、目でうながす。
パキリ、パキリと、音がする。音を立てているのは、少年の両腕から流れる血であった。ガラス質のような板を、いくつも形成している。
『さぁあっ、お集まりの皆さん!!!!』
闘技場の中央で、のど自慢が、パイプを使った拡声器で前口上をうたいだした。それは闘技場の最上部席まで聞こえるよう、配慮した声量だから、のど自慢と同じ地面にいる少女にはびりびりと響くほどだ。
『はじまりますっ、はじまりますっ、前回の開催より、長らくの時をいただきましてっ、』
少年が両腕を振るう。風を起こしながらその体は、垂直に空へと昇っていった。
少年の出血は、ガラス質の形成とともに止まりつつあるが、いまだ滴る血が、少女に降った。
青かった。
『此の地までたどり着きました皆様、乗り越えた苦難は数知れず・・・・誠に殊勝でございますっ!!!!
さあいよいよ、主品がっ!!!!主品が到着!!!!!
致します!!!!!!!!』
闘技場の座席の一角、少女がじりじりと歩を進める入り口の正面に、玉座がごとき、椅子があった。
高級な黒石で造られ、花と果物で囲われたそこは、玉座ではなく、贄の据え場だった。
その上空まで移動した少年は、急降下して、椅子の手前でくるりと身をひるがえらせ、すたん、と座した。
ほおづえをつき、にっこり笑って、
「捕まえて、ごらんなさぁ~い」
空色のガラス板と化した指先をひらひらと振るい、少年はお道化て言った。
[Blue Blood Battle]を開会致します、と。のど自慢が今日一番の声を奮い、会場も怒号のごとく沸き上がったが。
全てが遠くに聞こえ、少女は胸元を握り、立ちすくんだ。
*男性も含めた、不可思議・背教的な者の総称。




