1部-2/3
少女はおぼつかぬまま、朝餉を口へ運んでいく。
食卓の窓べりにも、褐色の鳥がいる。餌を撒く牧師の存在に、警戒心など失くしたようだ。
朝餉を食べ終える間際、鳥達がいっせいに飛び立ち、逃げた。誰かが訪ねて来たのだ。
食卓の窓から人影が見え、蹄鉄のノックが鳴らされる。
少女が出向き、戸を開けると、扉から数歩下がった所に少年がいた。身なりを正し、帽子をかぶり、きれいな笑顔で微笑んでいる。
少女が用件を聞こうと外へ出ると、少年は少女の名を呼び、本人であるかと確認をした。
語りかけながらゆっくりと歩み寄る少年に対し、少女は、湧きあがる疑問の山に怯えて立ち止まる。なんとか、本人であると、返事はした。
少年は身なりが上等である上に、毛色も目も骨も違う。この辺りの人間ではない。どころか、国籍はどこだ? だが、少年の服には自国の国章がついていた。
帽子を胸に当てて、少年が語る。
「青い鳥を追う、祭典が、三年ぶりに開催する次第となりまして。貴女様は、その、参加資格を認められてございます。
僕は、貴女様の担当をさせていただく官吏であります。参加の御意志がございますれば、貴女様を祭典へお連れ致します。」
微笑みをたたえたまま、真っ直ぐな目で、そう告げて、少年はうやうやしく一礼をした。その頭が上がりきらぬ内に、少女の後ろから、悲鳴じみた声が迫ってきた。
「ダメ、だ!ダメだ・・・ダメだ・・だ、め、だ!!!!」
牧師の彼が、悲痛な顔で、玄関から叫んでいる。
「誘いに乗って、祭典から、帰ってきた者は、誰もいないと、さえ、聞く…。
危険、すぎる、行って、は、ダメだ!!!」
必死に少女を止めようとする彼であったが、その歪んだ顔が、その存在が、少女に現実を思い出させた。
混乱に沸き上がっていた少女の思考が、垂直に下降し、冴えた。
―――幸せに、なりたい。
「わかりました、ゆきましょう。」
牧師は一瞬凍りつき、さらにわめきだしたが、その声は木立の葉擦れよりも聞こえなくなっていた。
最低限の荷をまとめ、冷めた朝げもそのままに、少年の後についていく。
諦めきれぬ悲愴を抱いた牧師の掠れ声を、耳に届かずも背中で感じる。
―――醜い男と、看取るまで共に生き、その後は、自分があのあばら屋を継ぐ。信仰心など無いに等しいままに。
少女のみる未来予想は、外れることはないだろう。
淡々と、淡々と、変わらぬ作業的な日常が、死ぬまで続くだけだろう。
―――祭典自体が危険な上、この話がそもそも嘘で、待っているのは女衒か何かかもしれない。
しかし少女は迷いなく、少年の背を追った。未だ朝靄の中にいるような思考の白濁に、[幸福]の文字だけが浮かんで消えた。
半日程歩けば、馬車に乗せられた。乗り合いでない、座席のついた馬車。幌の端を開きながら、手を差し伸べて、少年は言う。
「お連れ致します。青き血の祭典――[Blue Blood Battle]へ。」
おとぎの世が現実のものとして発見されて幾十年。
それにともなって、青い鳥の実在が確認された。
青い鳥は、願いを叶える。強力にヒトの欲望を満たす物として、幸福の青を求めて、乱獲が起きた。
青い鳥達は、ヒトの世に、提案をした。おとぎの世の青い鳥全てに、願いを叶える能力はない。その事実は、既に乱獲の中でわかっていたことだ。
稀に、青い血を持つ個体が生まれる。その個体にのみ、願いを叶える力がある。青い血の鳥を、手ずから捕らえ、ヒトへと引き渡す、だから無闇な侵攻はやめてくれ。そういう話だった。
おとぎへの侵攻はヒトにもリスクが重く、提案は受諾された。
では、引き渡された青い鳥は、誰の物になるのか。願い事の所有者を決める祭典が、開かれることとなった。
祭典は、英名にして[Blue Blood Battle]。鳥を追い、捕獲した者にそれは与えられる。
その青き血をもって願いの代償とするため、当の鳥は絶命する。
馬車に揺られながら、少女が知りうる限りのBlue Blood Battleについての知識が、頭の中で回り続けていた。
馬車に乗る際、少年から改めて受けたいざないは、隔絶を意味していると、少女はわかった。もう戻れない、と。
一晩が過ぎて日が巡り、昼下がり、今度は列車に乗った。
大きく、重たく、圧倒されるような列車は、少女にとって見るのも初めてだ。乗り込んでからは始終、内装を見渡し、窓からの景色を追いかけ、周りの人間を観察した。
身綺麗な人達は、数名で談笑していて、わりとすぐに降りる。
少女と同等か、それ以下の身なりの人達は、独りが多く、荷物は時に本人の座高を超え、節約しながら飲み食いし、眠りながら長距離を行く。大きな荷を抱えた彼らは、何処へ、何を求めて行くのだろうか。
列車も景色もヒトも見慣れた頃、少女は、Blue Blood Battleについて、真摯に考え始めた。
少年が現れてからこの時まできて、やっと少女の思考が、現状に追いついたのだった。
「あの・・・・」
少女が少年に問いかける。少年は微笑んだまま目をしかと開いて、やや前傾になり、姿勢で少女に応えた。
「私は、なぜ…私が、参加資格を?」
「貴女様は、過去に、おとぎの世に触れたことがございます。」
全く身に覚えがない。少女は視線を揺らすが、少年はさらさらと続ける。
「おとぎの世は、誰でも行ける所ではなく、それを認識できる人と、できない人がいるのです。
おとぎとヒトの世をつなぐ門は限られ、現代は警備も厳しくございますが、たまに、世の界面にほころびができるのですよ。
おとぎの世を認識できない人は、Bule Blood Battleに参加すること自体が叶わないのですから。
界面のほころびと接触した記録を有すること、それを第一の資格としているのです。」
あとの基準は犯罪歴が主だと、少年は言い、まあ富裕層は地位と金で経歴すら、と、みなまで言わずに、視線をそらした。
「・・・だから、多少、困った方々も、いらっしゃいますねぇ。」
やはり危険で?、と訪ねる少女を遮って、帽子を胸に当てた少年がにこやかに宣言する。
「僕が、貴女様を御案内致します。開催地までお連れし、その後、祭典においても貴女様を守護致しますのが、僕の職務にございます。」
少女は怪訝な顔をして、さらに尋ねる。
「貴方は、子どもよね?私と、さして変わらない・・・。
どうして、この役に?」
子が仕事を手伝うことは、かつて当然だった。だが、労働の様式も社会構造も変わった。子の使役が家庭の域を出て、奉公先は劣化した。
幼い労働者を守れ、と、声が上がり始めた世相において、政府がこのような子どもを、役人として遣っていいのか。
「僕の役目にも、資格基準がございまして。
僕の姿は、どう映っておられますか?」
脈絡を感じない質問に戸惑う。おとぎへいざなう者は、眉目秀麗であれ、と。そんなことではないだろう?
「そう、ね・・・・・・・・・・・・北方の国の方、よね?本で読んだ、特徴にあっているもの。
銀灰の髪に、イーグルアイ(黄色瞳)が映えて、綺麗ね。挿し絵のない本だったから、初めて見たわ。」
ぎこちなく笑いながら、讃えてみる。
しかし少年は他人事のようで、そうでございますかそう見えますか、と、窓からの景色を見やる。
「僕は、生まれついて、青以外の色を認識できません。」
ちょうど駅に止まっていた列車は動きだし、駆動音にまぎれながら少年は言った。
列車は休耕期の農村に入る。畑には赤紫の花が咲き、その背景に、緑と黄と茶のモザイクでできた野山が連なる。空は、確かに青い。
「この体質がどうも・・・・・・僕の、資格らしいのです。」
喋るときだけ少女を見て、また視線を景色に移す。
少女も窓の外を見る。少年の体質を、理解しかねる。
「即ち、この世界の色が、全て青の濃淡に見えているということです。
あぁ、そう、濃淡は認識できるのですから、極端な黒と白は、わかります。
あとは、純粋な灰色。あまり見ませんけどね。それは。」
身の上話をしているせいか、少年の口調が、少しくだけた。それを感じて少女は息をつく。―――この流れで、貴女様呼びも、やめさせられないか。
「どうか、御安心を。」
まだ表情の固い少女をどう思ったのか、少年がそう告げた。おおよそ、年も背も変わらぬ者だけれども、自分の力量を信じて欲しい。そのような意味なのだろう。
訊くこともなくなり、少女は会話を閉ざした。少年の用意する食糧を少しずつ食べながら、他の乗客同様、眠り過ごした。
日保ちするパンは、馬車から食べ続けているが口に合わず、牧師の彼の食事は美味しかったのかもしれないと思った。




