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東京見聞録  作者: 南 晶
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 横浜から東京に着いた時には、もう8時くらいだっただろうか。

 駅をノコノコ歩いていたら、占いをしている50代くらいの女性がいた。

 小さなテーブルに座って、私の方をじっと見詰めている。

 テレビで見た「新宿の母」にしては閑古鳥が鳴いていたが、きっと同じ駅でも同業者が沢山いるのだろう。

 横浜でセンチメンタルな気分になって、人恋しくなってしまった私は、フラフラとその人のテーブルに向かっていった。

 

「何を知りたいの?」


 一見優しい口調で、女性は私にそう聞いた。


「私、ここにいる意味あるんでしょうか?」


 夢を見ているような気分だった私は、我ながら奇妙な質問をした。

 今思えば、めっちゃ答え難い質問だっただろう。

 だが、女性はウンウンと頷き、優しそうな笑みを浮かべて「分かるよ」と言った。


「そう思うんなら、すぐに帰りなさい。東京は甘くないよ。あんたみたいな女の子が夜の仕事始めて堕ちてくのを私は何度も見てるんだよ。帰りたいなら、すぐに帰った方がいい。あんたを心配している人は、別の場所にいるよ」


 今思えば、女性のサービストークだったのかもしれない。

 だけど、その時の私にはそれが神の啓示に思えて、その女性が弥勒菩薩に見えてきた。

 思わず泣き出してしまった私の手を取ると、女性はもう一度優しく言った。


「帰りたいなら、帰りなさい。それがあんたの為だよ。じゃ、鑑定料は二千円ね」




 埼京線で埼玉県に着いてから、私は携帯から江戸女の先輩に電話をした。

 まだ、仕事らしい仕事もしていないルーキーの私が辞めた所で会社的に困る事は何もないだろうけど、お世話になった先輩だけは直接挨拶しておきたかったのだ。


「もしもし? あ、南さん? ごめん、あたし、今、パチンコなんだわ」


 携帯から騒音に混じって先輩の早口な声が聞こえた。


「先輩、すみません。私、やっぱり辞めます。迷惑お掛けして申し訳ありません。今までありがとうございました!」


 私がそう言うと、先輩は「そうかあ・・・頑張って欲しかったけど、しょうがないね」とあっさり言ってくれた。


「で、地元に帰るの?」

「はい。やっぱり、故郷で人生を考えなおしたいと思います」


 先輩は責めたりしなかった。

「そっか、頑張れ!」と言ってくれた。

 今思えば、それだけ私は当てにならない後輩だったんだろう。

 お世話になった先輩の為にも、もう少し頑張っても良かったかもしれない。

 だが、その時の私には、ひとりで埼玉県にいる意味が既に分からなくなっていた。

 地元に帰って何かをする予定もなかったけど、それ以上に東京で何かをしようとはもう思えなくなっていたのだ。


 それからは、あっと言う間だった。

 元から大した荷物もなかったので、粗方、ダンボールに詰めて実家に宅急便で送ることができた。

 退出時のチェックをしに来た不動産屋に鍵を渡してから、私は手荷物だけ持って埼京線に乗った。

 通勤ラッシュが終わった埼京線は、びっくりするほど人が少なかった。

 

・・・多分、この電車に乗ることはもうないだろう。

 

 予想通り、それが私の最後の乗車になった。



 ◇◇



『水が合わない』という言葉があるが、私にとって東京はそんな感じだった。

 結果的に半年くらいしかいなかったのだけど、都会を知るには充分過ぎる長さであった。

 今でも私にとって東京は憧れであり、トラウマであり(笑)、あの地下鉄構内で彷徨った日々は悪夢のようである。

 人身事故で何度も止まってしまう山手線もめっちゃ怖かったし(人身事故=飛び込み自殺だと信じていた)、通勤ラッシュの埼京線もできればもう乗りたくない。

 こう思うのは、私が田舎で生まれ育ってしまった事が大きな理由ではあるのだけど、若き日の一番の過ちは、東京で何をするかという明確な目的がなかった事だと、今さらがらに思う。

『住めば都』というのは、どこにいるかではなく、そこで何をしているかに拠る諫言ではないだろうか。

・・・なんて、年を重ねてしまった今になって、そう思うのだ。



 40歳を超えた今、名実共に田舎暮らしの私だが、ここには家族がいて守るべき子供達がいる。

 いつか、海の近くのこの小さな街から子供達が旅立っていく時、私は東京の思い出を語ってやりたいと思う。



fin.


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