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東京見聞録  作者: 南 晶
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 広告代理店の新入社員になった私の最初の仕事は、電話で飛び込み営業を掛ける事だった。

 先輩から渡された求人広告の雑誌に掲載されている企業に電話を掛けまくって、「こっちはもっとお安くしますよ」と価格交渉に持ち込むのだ。

 その断られ方がハンパない。


「うるせえな!今、忙しいんだよ!」

 

 と、剣もほろろに怒鳴られて、ガチャン!と切られてしまうのは、まあ、普通。

 今思えば、そもそもが同業代理店と契約している会社に横取りを狙って電話してるんだから、すぐに広告を出したい会社はその中にはないのだ。

 電話した内の九割方は「結構です!」と速攻で断られて、非常に少ない確立で一応話は聞いてくれる会社がちらほら。

 

 ここで一番辛いのが、電話した会社から「話を聞きますから営業に来て下さい」と言われるまで、営業社員はデスクに座って電話を一日中掛け続けなければならない事だった。

 つまり、一日中事務所にいる社員は、客が掴めないダメ人間だとレッテルを貼られる事になる。

 私が見た前髪が大分イッちゃってる社員も、恐らくは、その重圧から頭に来たものと思われた。

 そりゃ、満員電車で一時間以上も揺られてから、こんな狭い事務所で一日中電話して、見たこともない人に理不尽に怒鳴られてたら、髪も薄くなるだろう。

 生物として、彼の髪については至極当然の結果に思われた。

 彼の薄い頭の天辺は「非常に近い未来予想図」を象徴しているかのようで、私は背筋が寒くなった。


 やる気全くナシ新入社員の私だったが、予想に反して僅か二日目に「一度お話聞かせて下さい」と言ってくれた会社に巡り合った。

 私の営業口調が良かったのか、単なるラッキーだったのかと言えば、間違いなく後者なのだが。

 そこで問題である。

 僅か入社2日目の私が、クライアントに「詳しい話」が出来る筈がない。

 広告の価格とか、契約手続きなんかの具体的な仕事内容を何も聞かされないまま、いきなり電話で営業させるんだから、どんだけ期待されてないのかは推して知るべしである。

 しかし、会社的にもせっかく掴んだチャンスを無にする訳にはいかない。

 すかさず江戸女風の先輩が出て来て「早速、一緒に行こう!」という事になった。


 その日、私は初めて東京の街に出た。

 東京の会社が、よほどの事でなければ営業車は使わず、基本は地下鉄で移動だという事に、まず私はビビった。

 先輩と私はノコノコ歩いて、地下鉄を乗り換えながら、営業を許してくれた奇特な企業に辿り着いた。

 最寄り駅の名前を聞いただけで、駅の構内の路面地図も見ることなく、先輩はスイスイと人混みをすり抜けて歩いていく。

 東京で働く彼女の頭の中には、あの複雑極まりない路線地図が完璧にインプットされているのだろう。

 きっと、この人は生粋の江戸っ子に違いない。

 そして、彼女の家族は東京大震災より前からここで生きていて、家ではお父さんが「てやんでえ」とか言ってるに違いない。


 駅構内でバタバタと人にぶつかりながら先輩の後を追いかける私は、再びどうでもいい事を考えていた。


 

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