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若い時、私はほんの一時期、東京で働いた事がある。
今思えば、本当に若気の至りなのだが、その当時、私はどうしても東京で就職したかった。
そう思って、就職情報誌から何社か見つけて履歴書を送ったら、いくつかの会社から返事が来た。
その一つに広告代理店があった。
どんな業種かもよく分からないまま、私はのこのこと東京まで出かけて面接試験に臨んだのだ。
15年くらい前の話である。
今となってはうろ覚えなのであるが、東京23区内にその会社はあった。
山手線のどこかの駅を降りたすぐのところだったと記憶している。
東京なんて、中学校の就学旅行の時に『鉄道博物館』みたいな場所に連れていかれたくらいで、それまで全く円も縁もない所だった。
自分の乗った山手線がどっちの方向に回っているのかも分からないので、停車する度に駅の名前を確認して、ようやく辿り着いたら、どこから出ていいのか分からず、人の多さにもビビッて、それだけでもう帰りたくなった。
東京の人はどうやってこの街で暮らしているんだろう・・・なんて、これからここで働こうという人間が人事みたいに考えていたんだから、我ながらやる気のなさはハンパない。
何とか辿り着いた会社は、思ったよりも規模が小さくて、貸し店舗みたいな事務所だった。
狭い事務所にひしめき合うようにデスクが並べられていて、そこで背中を丸めた姿勢で座ったまま、受話器を握っている社員が何人かいた。
その一人の前髪がものすごく薄くなっていて、かなりの範囲に後退しているのが目について、私は一抹の不安を覚えた。
小さな応接間に通された私は、その会社の社長と面接してもらえた。
稲川淳二さんみたいな、口髭の似合う小柄な50代くらいの男性だった。
その人が、会社の理念やら、営業の姿勢についてなんかを語るのだが、それが何とも早口で聞き取れないのだ。
典型的な江戸っ子というのか、立川談志師匠みたいな、と言えば分かって頂けるだろうか。
そう言えば、稲川淳二さんの怪談も、怖いと思う前に「早口だな、オイ」って思ってしまう。
東京の人って、皆こんな感じなんだろうか?
「この人なら、今でも、べらんめえって言ってるだろうな」と、社長が営業のウンチクを語っている時に、私はボンヤリと考えていた。
社長自らの面接さえもボーっとしていて、「早口だな」以外に何も感じた事さえなかった私だった。
本当にやる気あったかと言えば、ある筈がない。
もはや人生ナメてたと後悔するばかりである。
それにも拘わらず、私は何故かそこで採用されてしまい、結果的に念願の東京で生活する事になったのだ。




