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1章 『春』『うらら』かな『銀』月の夜、君との出会いは死に始まる

1章 『春』『うらら』かな『銀』月の夜、君との出会いは死に始まる

人が灯で夜の世界を満たした時から、この世界はかつての静寂は失われた。

早朝、日も明けぬころでも、道は外灯が照らし、数こそ少ないが、車が明かりをつけて通り抜けていく。光とは人の営みの証。

まだ日も明けぬ静寂の時間でこそあれ、人の営みは眠ることなく続いている。

そしてそんな早朝に活動する青年が一人、自転車をこぎ、各家庭を回り、ポストに新聞を丁寧に入れていく。

道をすれ違う。犬の散歩をさせる老人に対しては、周りに迷惑にならない程度に大きな声で元気よくあいさつを交わす。この老人はもはや、犬の散歩よりも、毎朝の彼とのたった一言の交流を楽しみに散歩を続ける。

この10代後半の青年、銀はこの町ではちょっとした有名人だ。

好青年を絵にかいたような、彼には本当に曇りのない、今どき珍しいタイプの人間だ。

多く年長者が彼の姿にかつての自分の姿を重ねるが、想い出補正を除けば、彼ほど『好青年』ではなかったと断言できるほど、彼は『いい』人間だ。

本来であれば、まだ眠りについているはずの、彼の日常が早まって約半年。

普通の平穏な人生とは程遠いかもしれないが、彼の人生に曇りはない。

客観的に見れば彼の今も将来は明るいものではない、それでも彼の気持ちが明るく、迷いなく進んでいる。そう、進んでいる。

新聞配達を終える頃には太陽の姿こそ見えないが、辺りは明るくなり、朝特有のなんとも言えない風情のある情景を作り出している。

彼が営業所に自転車を帰し、営業所を出た頃には人の営みを活発になり、道行く人や家から聞こえるTVの音や台所の音があちらこちらから聞こえてくる。

「銀君、おはよう、今日も新聞配達?」

「おはようございます。二宮先輩。はい、もちろんです。」

彼のあいさつの相手は中学の先輩で半年前まで彼が通っていた高校の先輩だ。

高校をやめたのは半年も前の事で、高校に行っていたのもわずか半年。それも彼が二宮と知り合いになったのはやめる僅か1か月前の事だ。

それでも銀は二宮の事を先輩だと思っているし、二宮もまたこの不幸に満たされた銀を、高校をやめた今もまだ後輩だと思って心配している。

その後も銀は朝練に向かう同じ学校に通った旧友、知人とすれ違いながら、町工場区画にある自宅に向かう。

自宅といっても、彼が慣れ親しんだ家ではない。

彼の実家は両親が死んだ直後、ローンの担保として、失っている。

今の住居は命の恩人のヨウヘイが所有する元町工場だ。

ヨウヘイは銀たち家族が遭遇した事故で、銀と妹の春以外で唯一の生存者だ。

両親を失い、身寄りがなく、ばらばらに施設に引き取られそうになっていた二人を退院後に引き取った。

半年ほど一緒に暮らした後に、しばらく家を空けるといい残し、半年前にいなくなった。

その際当分の生活費として、通帳を残していったが、二人は命の恩人である人の置いていってくれたお金には手を付けずに、銀が高校をやめ働くことで生活を維持していた。

ヨウヘイは口数少なく、感情がないかと思える程、つかみどころのない男だったが、事故の直後からこの家を出行くまでの間、二人の支えになり、二人が自分たちで生きていけるだけの強い心と術を教えてくれた。

今思えば二人を引き取ったあの日から、いなくなることは決まっていて、そうなる前に、自分たちで生きていけるように効率よくものを教え、依存しないために、無感情に接していたのではないかと二人は考えている。

周りはヨウヘイの事を身寄りのない子供たちを気まぐれで引き取り、気まぐれで見捨てたというように噂するが、二人はそんな風には欠片も思っていない。

あの絶望的な事故の中で、自分の伸ばした腕をつかみあげ、両親から託された妹の命を力強く受け取り、泣き叫ぶ銀を無理やり両親の元から離し救ってくれたヨウヘイ。

二人を引き取るために、色々画策してくれた彼の行動は言葉にせずとも、気まぐれでも、偽りでもない事は理解できる。

だから二人にとって彼は特別であり、彼と暮らしたこの場所は実家を失った二人にとっては今もなお特別で大切な唯一の居場所なのだ。

この工場は通常の2階建ての一軒家よりも少し高めで、その中をぶち抜きで天井からはクレーンが下がり、工多くの錆びついた重機がかつてのそのままの状態で置かれている。何かの加工をしていた工場なのだろうが、それが何か、知る事は出来ない。

銀はこの工場の左側面に備え付けられた従業員用の入り口から入る。

建物内部の右端から延びる錆の目立つ鉄の階段をカツンカツンと良く響く音を立て1段飛ばしで上がり、その先にある元事務所の中二階の部屋へ向かう。

銀たちはこの場所をメインの居住スペースとして、暮らしている。

この工場、入り口のシャッターは締め切っているとはいえ、そのままこの中で暮らすにはいくら何でも寒すぎる。建物自体は広い反面、実際に居住空間として使えるのはこの元事務所と、一階にヨウヘイが作った元資材置き場のお風呂や洗濯機の水回りを固めた部屋くらいなものだ。

後は晴れの日に工場のシャッターを上げ、その近くに洗濯ものを干す程度で、その他のスペースは使おうと思っても使い道がない。

元々居住のためにつくられていない事務所には、何かと不都合も多いが、生活するには十分な広さがあり、居間も含め、狭いながらも全部で4つの部屋がある。

そのうちの一つはヨウヘイが使っていた部屋で、今もまだヨウヘイがいつでも戻ってこられるようにそのままにしているが銀たちが暮らすには残りの3部屋で十分だった。

銀の階段を上がる金属音に反応して、制服姿の春が銀を迎える。

「お帰り、兄ちゃん」

「ただいま、ごめん、少し遅くなった。」

彼女が銀の双子の妹の春。一見兄妹と分からないほど似ていないが、

心の強さと、明るさで兄弟だとわかる。

春は銀の通っていた高校より2つほどランクが高い、この学区で一番レベルの高い高校に通っている。

銀が学校をやめて働くと決めた時、春も一緒に働きたいと申しでた。

先を考えて行動するよりも、銀と同じ苦労をする事を望んだ。

だが、断固として銀がそれを拒絶した。

そして数日にわたる口論の末、二人で約束をした。

銀が働く代わりに、銀は春から勉強を教えてもらい大学検定に合格する。

それを貫く覚悟を二人で決めた。

そして銀が、春の為、自分の生活の為に無理をしてでも働く事を選んだように、

春もまた、一字一句もれなく学び取り、誰にも負けぬ知識を得るための努力惜しまないと

決めた。

春は学校に通い、お金で知識を買い、その知識を最大限有効活用する。

銀がお金を稼ぐこと同じように春は知識を得ることに貪欲だ。

いつか二人でいい暮らしをするために、両親の暮らした家を取り戻すために、

二人はその為に必要な覚悟をしている。その覚悟だけが遥かに同年代とは違う。

お金がすべて出ない事は言うまでもなく二人は分かっている。

お金がすべてなら、二人はこうして一緒にいるより、施設に引き取られた方が幸せだ。

でも生きるためにはお金が必要で、人はお金を稼ぐために、時間を費やし、体を使い、思考をめぐらす事を知っている

お金とは生きるための糧であり、人間とって重要な統一の価値基準だ。

事故に会い命の危機を経験し、両親を失い、頼る者も失った。

そして家も失い、明日の安息も失った。

お金が絶対ではないが、お金があればある程度の安心が手に入り、心の安息が手に入る。少なくともお金があれば二人は家を失うこともなかったし、銀も何事もなかったかのように、めんどくさいといいながら学校に行けた。

でもそうはならなかった。彼らはこの国の平均ではなくなった。

でもだからこそ彼らは普通の価値を知り、今が不幸だとは思わないが、今より幸せになるために、普通になりたいと願っている。

「にいちゃん。お疲れ様でした。」

春はご飯をよそい、感謝をこめて銀に差し出す。

「ありがとう、ところで、ビンちゃんは?」

「あれ、そういえば今日はまだ見かけてない、、、、ビンちゃんどこ?」

「私はここだ、銀」

そういって天井から髪の毛をたらし女の子がゆっくりと落ちてくる。

銀はテーブルから少し離れ、正座を崩し、胡坐をかいて、ビンが座れるスペースを作る。

そこにゆっくりと縦に半回転し、ビンが座る。

「おはよう、ビンちゃん。」

「うむ、あいも変わらず、銀は朝から元気じゃのう」

ビンと呼ばれる彼女は天井をすり抜けてきた時点で分かるように人間ではない。

彼女は貧乏神のビン。本当はとても長くて偉そうな名前がついているのだが、本人も忘れてしまっている。 

「はいはい、時間ないんだから、ビンちゃんはこっち、」

そういって春はビンを銀の膝の上から持ち上げ、春の横に並べられた朝食の前に座らせる。


銀と春は両親を失った事故で不思議な力を手に入れた。

銀は霊が見えるようになり、春は生きた人間の魂が見えるようになった。

死者と生者、それぞれ普通の人には見えないものが見えてしまっている、そこの事で、日常が変わったのは事実だが、それほど深刻な影響はなかった。

むしろ春は魂を見る事でその揺らぎで嘘を見抜くことが出来るし、その淀みである程度の善悪を判断できた。

銀もまた霊は見る事は出来ても声を聞くこともできなければ触れることもできず、日常に大きな支障はなく、死者の警告を見定める事で、危険な場所、良くない空気を感じ取る程度には利用するコツを覚えた。

そんな二人が共通で見ることが出来るのがビンだった。

ヨウヘイがいなくなってしばらくして、二人は建設が中止されたマンション予定地で一人座り込むビンを見つけた。

初めこそ二人は迷子の女の子だと思い込んでいたが、ビンの姿は二人にしか見えず、また彼女自身。自分が貧乏神だというに値する力を見せつけた。

人と同じ世界に生きる事に疲れ切ったビンは久方ぶりの来訪者の二人に取り付くことなどせず、むしろ追い払おうとしたが、二人は無理やりビンを連れて帰った。

なんでそんな事をしたのか尋ねたビンに対し、二人は当たり前のように、貧乏神であれ何であれ、小さな女の子が一人でいたら、見逃せないでしょと言った。

自分たちなら貧乏には慣れているし、せっかくこうして見えて話せるのも何かの縁、

一人で寂しいよりも、こうして一緒に話せる人間といた方がいいでしょと、

誰かを不幸にするより、一緒に幸せになろう。

少しも嫌がることなく、恐れることなく、ビンを受け入れた。

ビンがいる事で偶然の幸運はなくなり、周りの不運も引き寄せるが、銀は、元々運は悪い方だと、努力で何とかするから問題ないと笑い飛ばした。

「さ、ちゃちゃっと食べちゃいましょう。」

食卓に出されたのは大根の味噌汁と白ごはんに大根の葉の炒め物、それに大根おろしと2パックを3つに分けた納豆だ。

会話もせず箸を進める銀と春に比べ、ビンはほとんど箸が進まない。

そして、そのビンの様子に、顔に、痕跡に、違和感を感じ何かを悟った春はあまり噛まずに早々に食事を終え、無言のプレッシャーをビンにかける。

ビンはそのプレッシャーを感じ、絶対に春に目を合わせようとしない。

春は食事を終えると、ゆっくりと立ちあがり、台所の戸棚を開ける

その隙を見て、ビンは、銀に小声で話しかける。

「銀、何とかするのじゃ、頼む。」

「頬に食べかす、ついているよ。」

銀が布巾で嫌がるビンの顔をふく。

「昨日、屋根裏で僕が寝る前から、今日僕が出て行くまで、ずっとTV見ていたでしょ、もう、どうしてもビンちゃんが見たいっていうから、わざわざ紅葉さんにDVDプレイヤーごと借りてきたのに、寝る間も惜しんで見てたら駄目でしょうが、、その時つまみ食いしたでしょまぁ、、、悪気はなさそうだし、できる限りはやってみるよ」

銀はビンにはかなり甘い。いつだってビンの肩を持ってあげる。

春は戸棚を全てあけ終えると、冷蔵庫を開けて、しばしの沈黙。普段であれば冷気が逃げると3秒以上あけることはないのに、3,4,5。いつもよりも2秒も長い。その異常事態に流石に銀もただならぬ雰囲気を感じ取る。

「ごめん、ビンちゃん何となくだけど無理。」

「み、見捨てるつもりか、」

ビンの後ろから、足音は聞こえないが、一歩一歩近づいてくるのがプレッシャーでわかる。

そして、ビンの横にゆっくり座った時、ビンのプレッシャーは最大限になり、震えだす。

「さて、ビンちゃん、、」

「ご、ごめんなさい。」

普段のだらだらからは想像もできない程敏捷な動きで、春に土下座する。」

「そうよね、あれだけ言ったわよね、お菓子は一日一袋。お菓子なんか買う余裕あんまりないけど、約束守れるって言ったわよね。」

平謝りを繰り返すビン。ビンが約束を破ってお菓子を食べることはいつもの事だ。守ったことの方が少ない。それでも、なんだかんだで、許してきたが今日は違う。

普段は笑ってなだめる銀も今日は黙っている。

ビンが最後の救いを求めるように、銀の方を見てくる。

「あの、春、あまり長引くと遅刻、、、」

「大丈夫5分で終わらせるから、その為に急いで食べたの。」

「ごめん、ビンちゃん。今日は無理」

銀は白旗を上げる、そしてこの感じでその理由を理解した。

「お菓子は一日一袋、でもビンちゃんほとんど守ってくれたことないわよね。さっき戸棚見たら、昨日あった5日分のお菓子が全部なくなっていたわ。」

銀はご飯を食べ終わると無言で黙々と食器を片づけ、ビンの分を冷蔵庫にしまう。

そして冷蔵庫の中を見て春の怒りの原因が推察から確信へと変わる

「そこまではビンちゃんの可愛さに免じて許しましょう。そういつもの事よ、ビンちゃんの事を甘やかした私たちにも責任があります。で、す、が、、、」

冷静に考えてみればすごい光景だ、自分たちよりはるかに長い時間を生きている、神様相手に一人の未成年の女の子が完全に上手に出てプレッシャーをかけている。

「私が楽しみにしていたの、知っているわよね?」

「はい、でも、、」

「でも?私が今日の試験を終えた時のご褒美に買っていた1日10個限定の特製ジャンボいちごプリン」

「あ、あの昨日夜更かしして。お菓子食べてて、気が付いたら全部食べちゃってて、それでお茶の飲もうって冷蔵庫開けたら、あまりにおいしそうで、つい、、どうせ怒られるならって、」

「へぇ、そんな軽い気持ちで食べたんだ。」

「ちがう、そんな軽い気持ちじゃない。もうしません、」

「違うわ、もうできないの」

「あの、私買ってくるから」

「どうやって?」

「えっとそれは、、、銀に頼んで」

自分かよ、思わず心でそうつぶやく。

「それは無理ね、いい、なんで試験が終わる前に、あのプリンを買ったか、それはあれが昨日までの限定品だから、よ。」

「ごめんなさい、ごめんなさい。」

「泣いても無駄よ。だってあなたが泣いても、私のプリンは戻らないもの」

「あの、春、自分仕事に」

「えぇ、行ってらっしゃい。お仕事がんばってね」

春は何事もなかったかのように笑顔で銀を送り出そうとする。

自分の妹ながら怒ると怖すぎる。

その後何が起こったのか銀は知らない。

でも、夜戻ってきた時、うつろな目で、敬語で話して進んで家事を手伝うビンを見て、いかに怒りが深刻だったか、想像に難しくない。

だから銀の選択は正解だった。

そして銀はこう言う時に同じ商店街で働いていた事をよかったと思ったことはない。

「あの、春、昨日までの限定だったけど、、、杉山さんにお願いしたら、コレ作ってくれたから」

そういって銀はプリンを差し出す。

銀は高校の元同級生の紅葉の両親がやっている商店街のから揚げメインのお弁当屋さんで週5日午後6時まで働き、平均週3日午後6時から午後9時まで同じ商店街の酒屋さんで配達のバイトをしている。その酒屋さんのつながりで春がプリンを買った洋菓子店の店長の杉山さんとのコネがあった。

普段は無理を言わない銀であったが。この日ばかりは春の怒りが本物であると思い、そのコネを使い作ってもらった、しかも、一個だけ通常より大きいいちごが2つのった特別製。

「流石はお兄様。持つべきものは頼りになるお兄様ですわ」

怒りは収まった。お兄さまと言われることはすさまじい違和感があるが、

まぁ、尊敬されるのは素直に嬉しい、だが、銀には気になる事がある。

それは全然銀の事など見ていない、見ているのはプリンだけという事実

「うん、心配しなくても、大きいの、春のだから、お願いだから普通に戻ろ。」

先ほどまで一見平穏だが、殺伐とした雰囲気から一変、テストを終えた解放感とプリンを取り戻した喜びで、一気にいつもの春に戻る。そして感情を失ったビンにいつものように話しかける

「ビンちゃん、一緒に食べよ」

一瞬名前を呼ばれただけでびくっとするが、しばらくしていつもの春のオーラに徐々に心を取り戻し瞳に生気が戻ってくる

「いいの?」

「当たり前じゃない、3つあるし。みんなで食べたほうがおいしいでしょ?」

「春~~~~~!」

いつもの春に戻って、ビンは嬉しさのあまり、春に抱き着く。

「え?自分へは?」

「〝あ?」

「それ買ってきたの、一応自分なんだけど、」

「あー、そのなんだ。良くやったぞ、裏切り者、、春~やっぱり持つべきものはお主のような海より広い心を持ったできた女子じゃのう」

別に抱きついてほしかったわけではないが、助けなかったことを裏切り者扱いされ、こう邪険にされるとなんかむかつく

「はいはい、兄ちゃんにはビンちゃんの分も私が感謝していますから、さ、プリンも食べるけど、その前に夜ご飯にしましょうか今日は午前中までで時間があったから豆腐ハンバーグよ。」

3人で食事を終えると、春から風呂に入り次に銀が入る。春が先に入るのは銀より汚れていないのもあるが、髪を乾かすのに時間がかかるためだ。そして風呂上りに1時間程度、春が銀に勉強を教え、12時前にはこの家の電気は消える。

そして、午前3時20分目覚ましが鳴る5分前に銀は目をさまし、鳴る前の目覚ましを止め、新聞配達に向かう。銀は日ごとにバイトの有無により多少の時間の変動はあるものの、毎日この周期を繰り替えてしている。

だが、この日は違った。

草木が眠る、丑三つ時、この家に望まぬ来訪者がやってこようとしていた。


さかのぼる事約3日。

ここではない世界。あの世とこの世をつなぐ境界線。天界、魂安定所ハローソウル

「という事は私が下界に行くんですか?」

「そうだ。」

相談役を解任されたうららに与えられた仕事は、債務不履行状態の魂を回収する事。

この世での生を全うした命はトラブルや悪影響を避ける為、速やかに天界に向かう義務がある。だが死後もなお、下界にとどまる特異な場合がある。

うららに命じられたのは全ての命の全てを記した閻魔帳ですでに死を迎えてなお、下界にとどまり続けた魂を展開へ導いたり、説得したりして回収する事。

そして未練やしがらみのせいで、その場所から離れなくなった魂に対しては、死神の鎌の力を借り、楔の因果を刈り取る事で魂を開放させる。

うららに命じされたのはそういう、うらら達の価値観から言わせると末端な仕事。

誰にでもできる簡単な仕事という訳でもないが、魂を管理するものとして、現地に出向く、死神の仕事は新人や経歴のないものが下積みにやる仕事だ。

「嫌ですよ。下界は空気が悪いし、何よりそういう未練がましい人って、口うるさいし、周りの迷惑を考えない下品な人ばかりでしょ。私嫌ですよ、そんなの」

うららは最大限の抵抗をしたが、彼女に選択の余地はなかった。

最終的に彼女は、『100人の地上の滞留魂の回収』

という課題を与えられた。

かつて戦国時代であればそれは容易なことであっただろう、だが、現在は彼女たちの管轄地域ではほとんどの人間が寿命というものを全うする上、現在の魂回収システムの発展により、死後の魂が迷う事もなくなり、本人によほど強固な恨みや意志がなければとどまる事はない。

そんな現代で、100人分の魂の回収というものはかつてのそれほど容易ではない。

事実、長年、死神の職についているものでさえ、現世で実体化し、地道に心霊写真の写った雑誌を買い、現場に向かい真偽を確かめたり、自殺の名所と呼ばれる場所に向かうという地道な努力がほとんどで、閻魔帳の写しに記載された氏名と死亡原因のみで対象の魂までたどり着く事は半分以下、年間12件の事案を担当すれば優秀な死神という事になる。

むしろ、そんな事をしている内に、多くの罪を犯した黒く濁った魂を見つけ報告し、予定よりも早期の回収を行う事案の方が多いくらいだ。

つまり、100人の魂の回収はそれなりに過酷な長期の課題であり、

今までその手の経験のないうららからしてみれば、実質、決して戻れない島流し先で受けた、心が折れて投げ出すまで島流し課題だ。

心を折るための自分から退職を申し出るための嫌がらせでしかなかった。

事実、何の経験もなく方法も分からなければ勘も働かないうららでは、普通にやれば他の人の数倍はかかってしまう。そう、普通やれば、、だ。


現在、、、、、

「だいたい魂の説得だとかそんなのどうでもいいのよ、サッサと死神の鎌で回収しちゃえばいいだけじゃない。説得しようが、強制的に刈り取ろうが、魂の評価が上がるわけでもないし、グチ効いて説得してたら私のストレスがたまるだけですよ、さて次のターゲットは、、、と」

うららはビルの屋上の給水塔の上に着地すると、

外界用長期出張ボックスのペンダントから、本を取り出す。

その本は天界の至宝の一つ閻魔帳。うららは効率よく魂を回収するために閻魔大王の書斎から閻魔帳を拝借していた。

本来、下界に出向く者が渡されるリストは氏名と死亡原因程度しか記載されていないが、

閻魔帳はその人間が死んだ場所、今の魂の所在さえも記載されている。

前に下積み時代が長かったジンから閻魔帳の存在と使い方とその凄さを聞いていたうららは与えられていた特権を使い、滅多に使用されることがない事をいい事に、黙って持ち出している。

本来天界の至宝であるが、その警備は緩い。なぜなら閻魔大王の書斎に入れるものは少ない上に、それを拝借しようなどという罰当たりな不届きものは完全に想定外だ。

しかし、これを使えば100人分の回収など数日で終わってしまう。

回収を終え、何食わぬ顔で閻魔帳を元に戻せば何の問題もない。

うららはそう考え、躊躇いなく、罪悪感もなく、埃被った閻魔帳を持ち出していた。

事実、うららはこれを使用する事で既に98人分の回収を済ませ、残るは今回の必須のターゲットのみとなっている。

「あった、この桜野兄妹、ラッキー一気に二人じゃん。えっと死亡したのが1年ほど前で原因はまぁ、どうでもいいか、、、、、、え、何この二人、閻魔帳では死んだことにはなっているのに、今も生きているの。」

場所も戻り、草木が眠る、丑三つ時の銀の家、

「という訳でやってきました天の国へと導くうららちゃんですよ~

おじゃましまーすって言ってみたり、、、夜中は変にテンションが上がってますね。

生きている魂の回収しちゃうと、死んでしまいますからね。うららちゃん、ちゃんと頭回して自然死に見せかけるために寝てる時間を狙いましたー

うららちゃん頭いい~

って言っても身寄りのない二人な訳ですから、、、家にいる時ならいつでもいいじゃんって話ですけど。」

壁をすり抜け現れ、忍び足であえて歩き、独り言を小さな声で言っている。

普通の人間には彼女の声は聞こえない。彼女に触れることもできなければ、足音なんかもしないが、なんとなく雰囲気が彼女にそうさせる。

「でもどうしよっかな。二人同時に死んでたら怪しまれるかな。かといって火事とか事故に見せかけると周りに被害が出てしまいますし、まぁ、そこまでは面倒だからいいか。

あ、早速いました、一人目、こっちは大きいから男の子の銀君の方かな?まぁ、面倒なんで早速いっちゃいますよ、大丈夫ですよ、痛くありませんからね。生きてる人間はどこで斬ればいいのかな、まぁ、適当にざっくりいけばいいか」

そう言ってペンダントの収納ボックスから死神の鎌を出す。

おおよそイメージとは異なる小さな草刈り鎌程度の大きさのデコられた鎌を取り出す。

デコレーションは、こちらに来て見かけた学生の携帯電話のデコレーションを見て、同じようにわざわざ肉体を具現化し、ネイルショップでやってもらった。

「それじゃー♪いきまっすよ」

勢いよく、鎌を振りおろそうとした瞬間、窓が小さく、薄暗く色の見えない視界が、真っ暗になった。体にあたる感触で、自分に布団がかぶされた他と気づいた次の瞬間、体が回転したという事実の後から、意識がついていくほどのものすごいスピードで回転させられ床にたたきつけられた。

あまりに唐突で、まさしく刹那の出来事で、叩きつけられた事による痛みと高速回転による酔いも意識も遅れてくる。

そして何より、彼女が感覚を得て、頭が何が起こったの分からないと考える時には、彼女は身動き一つ取れない様に押さえつけられ、視界は布団で覆われ、何も見えない状況にされていた。

まさしく無駄のない動きとはこのことを言うのだろう。

「ちょっと、何事?」

うららが地面にたたきつけられた衝撃でこの部屋自体が揺れ、春が慌てて起きてくる

「春電気、何かわかんないけど敵襲!刃物で襲いかかってきた。」

声が聞こえる。うららは、何故自分が押さえつけられているかも毛布でくるまれているかも理解できない。一瞬の事で理解できない事もそうだが、それ以上に

何故触れられる、

何故毛布が自分にかかっている、

その事がかが理解できない。

「敵襲って、強盗?こんな家に、前みたいに空き家だと思ってホームレスさんとかじゃないの?あ、でも鍵かけているし、、、、ちょっと待って電気るけるから、、や、まぶし」

目を細めながら銀の方を見ると、顔こそ分からないが、明らかに女性だと分かるシルエット。おそらく、感触でそうであると銀も分かっていたはずだ。

だが、銀は何のためらいもなく、まるで暴漢を鎮圧するかのように、まったく隙なく、手加減なく、全く動けないように骨格を拘束するように押さえつけている。

「兄ちゃんその人女の人!ダメだってそういう風に手荒なことしちゃ、てかどこ足で押さえてるの、それにスカートめくれちゃってるじゃない!」

「違う、こうしておけば動けないだけだ、変な意図はない。」

「兄ちゃん、女の子に暴力振るうなんて最低、、、紅葉ちゃんに言うわよ。嫌がる女の子を力づくで押さえつけたって。」

紅葉とは銀がお世話になっているお弁当屋さんの一人娘で、銀の元クラスメイトだ。

わずか半年のクラスメイトだったが、紅葉には銀は恩義があり、その紅葉と春は仲がいい。

「OK、分かった。」

銀は瞬時に答え、体をずらし、拘束を少し緩める。

「君、いいか今から君の拘束を解こうと思うが、まずはその武器を離してくれないか、しゃべれないと思うから行動で示してくれ、、、、、よし、次に、今から君を自由にするが、暴れたり、騒ぐのはよしてくれ、もう夜も遅い。

そして最後に、なんで僕を襲ったのかわからないが事情を話してくれないか君を警察に引き渡す気はないが、また狙われるのはごめんだ。分かったら足で、床を叩いてくれ。」

うららは全力で足をバタバタさせる。

銀の拘束は体の自由を奪うどころか呼吸の自由すら奪っている。もうすでに限界が近かった。

うららは呼吸を整えながら銀から距離を取り壁際により、警戒しながら銀を睨みつける。

銀もまたそれに警戒で応じる。

「、、、、兄ちゃん、美人さんだったかもう少し触っときゃよかったとか思っているでしょ」

「思ってないよ、この状況でどういう思考回路だよ。誰であれ、牙を向けた時点で僕の敵、それに僕は好きでもない人には触っても嬉しくとも何ともないよ。」

「まじめに返さないでよ、でも年頃の男の子なんだから、そういうの少しは考えてよ」

「今はそういう話している時じゃないでしょ、それに僕は妹と色恋沙汰について語り合う趣味はないよあぁ、それと君、一つ言い忘れた。君には今から事情を話してもらうけど、君が襲ったのが、春じゃなくて僕でよかった。春だったら今頃僕、君の事殺してるから。」

銀は笑顔で殺気を込めている。

「シスコン、、、引いてるじゃない。、、、それも今する話じゃないでしょ。、、、あれ、あの人、、、、兄ちゃん、たぶんあの人、人間じゃないよ。」

「、、、、、本当だ、ビンちゃんと同じだ、肉体がない。それじゃ、何、命を狙ってきたってことは死神?もしくはビンちゃんの知り合いか」

「死神?」

死神と言われたことが気に入らないうららは立ち上がり口を開く

「どこの世界に、こんなにキュートで可愛らしい死神がいますか。」

「なぁ、キュートとカワイイで同じだよな」

「ダメだよ、突っ込んだら」

銀は小声で春に尋ねる

「まぁ確かに職務上仕方なく、そのような鎌を持っていますが、言うに事欠いて死神なんて、、、、あなたたちの言う死神は、黒のぼろきれを着て、骸骨で根暗な印象でしょう。では改めて、聞きます私は何に見えますか?」

「、、、、なにかな?はぁ、私、あまり、そっち系の知識はないんだけど」

「このうっとうしい感じはあれかな、あの疫病神」

二人は小声で話し合うが、今度は疫病神と言われたことが気に入らないようだ。地獄耳でそれを拾う

「や、疫病神ですって!」

「あ、あのごめんなさい。私たち、あまりそういう知識なくて、教えてもらっていいですか?」

「いいですか、私は天界から、特命を受けて使わされました、そうですね。私たちを指し示す言葉はいくつもありますが、、、私にぴったりのものは、、、、そうですねぇ、、、」

本人も正解が分からないのに聞かれていたのかと思わず突っ込みたくなる

「、、、、そう、あれ、あれです。羽の生えた、」

「あぁ、悪魔か」

「違います!天使です!天使!、、、、、何ですかその顔は」

銀が呆れた目でうららを見つめる。敵対心は既にこのノリで緩んでしまっている

「その回答は納得いかない。どこの世界にキラキラに加工された鎌を持ち歩いて、そんなチャラチャラした格好をした天使がいるか。」

「うんそうだね。我儘そうな感じが出てる感じとか、可愛い感じを目指してるコーデの中に胸元とかなんかエロい感じがするのは、むしろ小悪魔系だよ」

「な、わ、私を言うに事欠いて、悪魔、それも下級悪魔と、いいですか、そこに座りなさい!」

気迫に押されて、二人は正座させられる。

そして続くうららの無駄話、思わず、あくびが出そうになるほど感情的で中身のない自慢話のような話が続く。

「ねぇねぇ、兄ちゃん。」

「今あの人が話してるんだ。あとで聞くよ。」

つまらない話で眠気が増しながら、あと1時間を切った新聞配達の時間の事ばかり考えて、心ここにあらずな銀が小声で答える

「あの人本当に天使かな、天使って、こう綺麗で、純粋なイメージがあるけど、あの人の魂がね。」

「黒いのか?」

「うーん黒いっているか、一応白なんだけどね、濁っているっていうか、その、白い絵の具を使って水で溶いたそんな色、なんていうか、そうだな、いうなら俗っぽいっていうか。」「あぁ、やっぱり外見だけじゃなくて中身もか、、何かそんな感じするもんな。内から出てくる俗っぽさっていうか」

「ちょっと、人な話を、、、」

また勝手に話している二人に説教しようと詰め寄ろうとした瞬間。うららの真上から足が出てきて、そのまま、頭を床にたたきつけられる

「ビンちゃん!何してるの?」

「やかましいわい!今何時だと思っておる。何じゃこの小娘は、さっきから聞いていればぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ、金切り声をあげて、偉そうに、少しは周りの迷惑を考えんか

、だいたい何じゃこの小娘、、、、」

ビンは足元のうららを確認するやいなや、即座に頭を踏みつけたまま、首元からペンダントを取り上げる。

その瞬間鎌が吸い込まれるようにペンダントの中に消えていく。

「銀、これをもっておれ、いいかこやつに返すでないぞ、それは天界のものが下界に来るときに使う道具セットじゃ。任務に合わせて色んなものが入っとるが、いずれも人の英知を超えた物、それを使われると厄介じゃ。しかしなんじゃ、、うむ、、、、、そうか、お主らの魂をわざわざ回収しにきおったか。天界の奴らめ、余程暇と見える。」

「ビンちゃん、その人と知り合いなの?」

「こやつ自体は知らぬ。知らぬが、こやつが何者で何をしに来たのかはおおよそ推察が付くわい。銀、とりあえずこいつを縛り上げろ。どういう状況か説明してやるが、力を取り上げているとはいえ、暴れられては面倒じゃ、お主の新聞配達の時間もあるそんな事で無駄な時間を費やすわけにもいか何からのう、、、、、何じゃその目は」

「ビンちゃんがいつものビンちゃんじゃない。」

寂しそうな目で春が見つめる中、銀は手早く、床に沈むうららを縛る。

「たわけ、こっちが本当の私じゃ、それにこれは本来、人には本来関係のない事じゃ。」


「で、何ですかこの状況。縛り上げられ、一人増えて3人に取り囲まれている状況で、座らされている。」

「あの、、兄ちゃんもビンちゃんも穏便に、たぶん悪い人じゃないと思うから」

「小娘、暴れても無駄じゃぞ、ここにある物は私の影響で神仏にも触れらるようになっておる【自称】天使(笑)も例外ではないようだな。」

「なんなんですか、あなたはというよりあなたたちは?」

「僕と妹はただの人間ですよ。ただ、一度死にかけて、僕は死人が、妹は生きた人間の魂が、そしてあなた達みたいな普通じゃない人が見えるようになっただけです。そして彼女は貧乏神のビンちゃんです。」

「貧乏神?貧乏神と一緒に住んでいるんですか?馬鹿じゃないですか」

「でもビンちゃんと一緒にいると楽しいですよ。それに、私たち元々貧乏だから、ビンちゃんがいる事で増えたのってお菓子代くらい?」

「それに、こうしてビンちゃんがいてくれたおかげであなたに殺されずに済んでいるわけだし。」

「殺されずに?あなたたちは本来とっくの前に死んでいるんです。

生きている方がおかしいですよ!あなたたちの運命は事故で終わっているんです。

いいですか、運命を失った命が生き続けることは色々な不都合を起こします。

運命を失うという事は人が人であるための楔を失いという事。

あなたたちの私たちを見えるようになったのは明らかに、その影響ですし。

貧乏神なんかを引き寄せるのも、その影響です。あなたたちなんか生きてちゃ、、」

ビンが足の指で器用にうららの口を塞ぐ

「そこまでが小娘、、、それ以上、こやつらに何か言ってみろ、今すぐこの場で、、、、」

ビンの目が赤く光、電灯が点滅し、部屋中が揺れ始める。

「ビンちゃんストップ。気持ちはありがたいけど、気持ちだけで十分だから、ありがとう。」

銀は家のものを壊れても困ると本気でビンが怒る前に止める。

「えっとうららさんでしたっけ、あなたの言いたいことも分かります。

貴方にも貴方の都合があるのでしょう。

ですが今、僕は生きていています。死ぬ気はありません。

運命なんかなくとも、生きています。

たくさんの人に支えられて、たくさん返さないといけない恩があります。

それに運命を失った事で、訪れるのは厄災ばかりじゃありませんよ。

ビンちゃんにも出会えましたし、この力のおかげでそれなりに人の役にはたてています

普通でなくても、力も出来事も付き合い方一つで、どうとでもなります。人より人生に波があるそれだけの事です。」

「だから見逃せっていうですか?駄目ですよ。あなたたちの命を狩らないと私、天界に戻れない。」

「よいではないか、過去にそういう人間がいなかったわけでもなし、昔は悟りを開くなり、神仏の干渉で運命を外れ、異能を持った者は良くあったことじゃ、二人とて何百年も生きるわけでもなし、運命を失ったとはいえ、寿命が延びるわけでもなし、あと百年未満じゃ、小娘の時間では大したことあるまい。」

「それに、運命通りにならなかったのはそちらの落ち度ですよね。そちらではどうなっているかは知りませんが、こちらの世界の法律では、人には法律の根幹でも自然権として、生きることは認められています。ここは、僕たちの生きる国です。僕はこちらの国の法に従わせてもらいます。」

「あの、、、私も死ぬのは嫌です。うららさんの事情にも同情させていただきますが、うららさんにも事情があるように私たちにも事情があります。

もし、私たちが死んでいるはずなのに生きているのだとしたら、ヨウヘイさんや命がけで助けてくれた両親のおかげです。私の両親が運命を変えてくれた。そう思います。だから今は、死ぬわけにはいきません。兄ちゃん。これほどくね。」

そういって春はうららの拘束を解いた。

「私たちにも、うららさんにも事情があるかと思います。ですから、話し合いたいと思います。

私はうららさんに分かってもらおうと思います。もしうららさんでどうしようもないのでしたら、うららさんをそういう状況に追い込んだ方とお話しさせてください。」

「それって閻魔大王さまを説得するってことですか?」

「閻魔大王様がそうだというならそうなりますね。」

「閻魔大王様すっごく怖いですよ。」

「はい、ですがうららさんがそうであるように幸い日本語が通じるようです。

であれば、きっとわかっていただけます。」

「そんなの無理に決まっているわ。」

「無理でもやらせていただきます。話し合いが私のできる事です。」

春の目には強い意志が宿っている。春はどんな相手でも言葉で分かり合えると信じて行動してきた。そして春にはそれをなしえるだけの根気と、思いやり、そして自分を、相手を信じることが出来る強い心があった

そんな春の意思感じ取ってか、うららも少し、冷静になる。

「、、、とりあえずは、解いてくれた事にはお礼を言います。分かりました。とりあえず、もう夜も遅いですし、今日は一端引かせて明日またあらためてお邪魔させていただきます。」

「兄ちゃん。時間」

そうこうしているうちに新聞配達の時間が迫っている。

銀たちは明日の夜、うららと再会する約束をしこの場は一端お開きとなった。せっかく起きたので春とビンは2人で銀を見送る。

残された二人は朝まで、もう一眠り、朝ごはんを作る時間も考えればそれほど眠る時間はないだろう。

「、、、、、ビンちゃんありがとうね。」

「気にするな、あれは本来お主には関係のない相手じゃ。知識くらい貸すくらいやぶさかではない。」

「それもだけど、私たちの事生きてちゃいけないって、うららさんが言おうとしたとき怒ってくれて、私うれしかったから」

「あたりまえじゃ!何を言うか!あのようなものの言うことなど聞く必要はないぞ、天界の者どもはいつだって人間を見下すのじゃ!

自分が生きていてはいけないと考えたのなら喝じゃぞ。

よいか春。命は生きてこそじゃ、死してなお続く永遠などに期待するな、今この瞬間を大事にせよ。今が全力だからこそ命は輝くのじゃ。

だから、今ある命を大切にせい、絶対にその価値、見誤るでないぞ。」

「今を大事に、、、うん分かっているよ。大丈夫。ねぇビンちゃん。今日だけ一緒に寝てくれない?」

そう言って春は部屋の天井に消えようとするビンの手を握る

「、、、、貧乏神と添い寝とは、、、、不幸になっても知らんぞ。」

「ならないよ。だってビンちゃんと一緒の布団で寝られるなら、それだけで幸せだもん」

全く、これだから、、この子にはかなわんのじゃ。


翌日からうららは約束通りこの家を訪ねてくる。

交渉はお互いの利害が真反対の為、妥協点のない話が続くが、銀もビンもただ黙って春の話し合いを見守っている。

これは春が決めた事だ。幸い、うららの力は銀が没収しているため、うららも交渉に応じるしか、彼らの魂を回収する術はない。

話し合いは今日も平行線、いつまで続くか分からない戦い、、、のはずだった。

「あーーもういい、もう面倒です。もう飽きた。」

わずか2日で、うららが交渉を放棄した。

突然の事に全員があっけにとられる。

「もう、飽きたって諦めてくれるんですか?」

「諦めはしませんよ。だって私、あなたたちの魂回収するまで帰れないんですよ。ただもうこうやって話し合うのが飽きたって言ったんです。

ちゃんと説明しても納得しない、死んでも優遇してあげるって言ってもダメ、両親と同じ場所に連れて行ってあげるって言ってもダメ。もう馬鹿みたいじゃないですか飴も鞭も通用しません。そもそも何が話し合いですか、私はあなたたちの魂を回収する事が絶対条件で、欠片も譲歩する気がないじゃないですか。」

「、、、、、」

「だったらこれは話し合いなんかじゃありません。私に対する一方的な要求です。だからそれをわざわざ毎日危機に来るのが飽きたっていうんです。」

「だったらどうする?力ずくで回収するか?」

「力はあなたにとられているでしょ?死神の鎌以外で、例えばこの包丁であなたたちを殺しても私は魂を回収できません。それどころか、私は上司に怒られてしまいます。無意味ですよ。だからと言ってあなたは欠片も私に、それを返す気がないし、あなたは私の誘惑も通じない男色家」

「兄ちゃんそうだったの?」

「そうだったのか、知らなかったぞ。」

「話の腰を折るな、僕は君のような下品な女性が嫌いなだけだ。俺は春や紅葉さんのような、まじめで他人を思いやれる子が好きなんだ。」

「兄ちゃん、私を入れるのは危ない発言だよ。」

「タイプの問題の話だ。実の妹を恋愛対象として見れるほど、僕はイカれていない。」

「今まで、黙っておったが、実は二人は、血がつながっておらんのじゃ。」

「ビンちゃん無駄に嘘つかないの、」

「銀よ。お主、今日は特にのりが悪いの。ご機嫌斜めか」

「まじめなだけだよ、それに機嫌が悪いのは、僕がうららさんの事を嫌いだからですよ。」

銀は躊躇いなく本人を目の前にし、言い切った。

「主張の如何はともかく、その人を馬鹿にしたような態度、自分の事ばかりしか考えないくせに、努力もしようとしないで、自分の不遇ばかり嘆く。僕の大っ嫌いなタイプの人間だからです。」

「私は人間じゃありません~。」

うららは銀が話している最中、勝手に戸棚をあさり、お菓子を食べながら、馬鹿にしたように返答する。

「、、、、ふぅ」

ビンと春の位置からは顔は分からないがたぶん今銀の中の沸点を超えた。

「ビンちゃん、たぶん今、、」

「うむ久しぶりじゃのう、春の前で銀がキレてるのは、、、お主らは兄妹はキレると、怖いからのう。だがわしも銀も今回は良く我慢した方じゃ、やれ、銀」

ビンは親指を立て下向きにし、首元で横に首を切るような動作をする。

銀は普段はおとなしそうに見えるが、その本質はかなりキレやすいタイプの人間だ。

普段から沸点が低く、超がつく程真面目な性格で、非常識や他人の迷惑を顧みない行為を見ると知らない人、年上、目上の人相手でもすぐに苛烈に、絶え間なく、抑揚をつけ言葉を駆使して怒り出す。

そして不真面目な人間や、努力をしない人間が嫌いで、そしてそれ以上に、相手に対する敬意がない人間が死ぬほど嫌いだ。

冗談には乗れない事がほとんどだが、通じないわけではない。

が、他人を貶めて笑いにするような事は許さない。

だから小学校の頃は良くそれで問題を起こしていた。

銀がいる事で同じ学年でいじめはなかったが、銀のせいで、良く喧嘩は起こっていた。

しかし、先生も銀が誰かを守ろうとして怒っているため、方法は諌めることが出来ても、その意志を注意する事は出来ないし、銀の母親も、そんな銀の事をほめて、相手の両親に怪我をさせた事を謝りに行けど、同時に相手の子供にも他人を傷つけるようなことを言ってはいけないと説教するような親だった。

そうやって作られた銀の『正義』にもとづく価値観では、うららのような存在はまさしく怨敵、大っ嫌いだ。

それでも、春の為にとじっと我慢してきたが、うららは春が真面目に話している事を少しも聞きもせず、めんどくさいからもういいと言い出した。

だからとうとう我慢できなくなったのだ。

「うららさん。そこに座ってください。今からこの俺があなたに言葉を賜ってあげます。」

俺、、友達といる時は銀は一人称はそうだが、家や、仕事先では僕だ。

あぁ、やっぱりキレている。

流石の春もこうなると銀を放っておくしかない。

そんな時だ。うららが何かを感じ取ったように突然立ち上がり部屋を出る。

「なに?」

「私が知るわけなかろう」

「、、、、、、、、、」

無視された銀を先頭に3人は階段の踊り場で壁に向かって何かをしているうららの後を追った。

うららが、壁に向かって指で四角を描くとその内側がまるでアナログTVの放送がないときに出る砂嵐のようなものが写し出される。

「、、、通信が悪いな、こんなことなかったし、どうしたらいいか分かんないわよこんな、、」

銀たちを無視し、うららは一人の世界に入り込み困り果てている

「うらら無事なの!閻魔様!つながりました」

銀は一度つまずいた説教を再びはじめようと息を吸い込み言葉を発した瞬間、突然のモニタ越しの大声に打ち消された。

突然の声にうららは驚き一瞬怯むが、相手がフジミヤだと分かると、不快感抜群の声で答える

「フジミヤ先輩、、何なんですか?わざわざ連絡してきてくれるなんて、嫌味でもいいに来たんですか、」

嫌味を込めてうららがたずねる。

「でも残念ですね。きっと私が困っている様子でも見たかったんでしょうけど、ご期待にそえず申し訳ありませんね、優秀な私はすでに魂は98個は拐取済みです。私が少し本気を出せばこれくらい楽勝ですよ。あぁ確かフジミヤ先輩が最速記録お持ちでしたよね。申し訳ありませんね。私がそれを塗り替えてしまいそうで、」

「そんな事は今はどうでもいいの」

そんな事?うららの中でまた勝手にフジミヤに対する恨みが積もる

「昨日から、うららのいる区画が何らかの理由でゲートが閉じて行き来が出来なくなっているの。それに通信も安定しない、うららに何かあったんじゃないかって心配してたのよ」

「心配しるふりをして、あぁ、そうか私の身が危険にさらされれば、私をこっちに派遣した先輩たちの立場が危なくなりますものね」

「な、何を、、言っているの。」

「何を言っているかですって、私をこんな目に合わせて、、、、」

今までたまっていたものを吐き出そうとするうららの口を銀が塞ぐ。

「うららさん、そういう口のきき方は良くないですよ。後ろの様子、見ればわかるでしょ、あなたに連絡するために彼女たちがどれだけ必死になっていたか、

彼女の顔を見れば心配が嘘じゃないってわかるでしょう。

うららさん、もう少し大人になりましょ、上司に対する愚痴は僕たちが聞きます。

だから感情のままに、義務的に嫌味を言って話すのはやめてください。」

「あなたは?」

「今回あなた方にターゲットにされた物です。銀と言います。」

「そう、、、というか、なぜあなたは私の声が聞こえているし見えてもいるようね。それにうららにも触れているのに、肉体をもっているように見えるけど」

「うららさんとビンちゃんから大体の事はお伺いしています。

僕と妹は運命ではすでに死亡している人だそうです。見えたり触れたり出来るのはその影響だと。」

「そう、分かったわ。」

「分かったって、それでいいんですか?」

「よくはないけど、昔は珍しい事じゃなかったわ。とりあえず、こちらに敵意はないようだし、今はあなたたちの処遇について話す暇はないのごめんなさい。いい、うらら、あなたのすべきことがゲートが復旧するまで、身の安全を第一に考える事。

こっちでは至急原因の究明とゲートの復旧を試みているけど、まだ時間がかかりそうなの、とりあえずは別ルートで、あなたと接触を試みるわ。」

「別に心配していただかなくて結構です。私、こちらの家でしばらくお世話になってますから、いちいちシステムトラブルを仰々しく話していただかなくて構いません。」

「うらら、真面目に聞きなさい。ゲートが理由なく閉じるなんて、初めての事よ。

もちろんただのシステムトラブルの可能性が高いけど、通信も安定しない、この不明瞭な状況です。緊張感を持ちなさい。」

「分かりました。はいはい、それじゃ、切りますね。」

通信を一方的に閉じようとする、うららを銀がとめる。

「あの、、すみません。これしばらく開いたままにできますか?」

「できるけどなんで、」

「自分がうららさんの上司に話したいことがあります。通信が不安定という事は一度切ってしまえば次につながる保証はないってことですよね。お願いします。」

「、、、、勝手にすれば、行こう春、しばらくこの家でお世話になる事になったから。」

「え、あ、はい、え?」

混乱する春を引き連れ、うららは部屋に戻っていく。

すっかり熱の冷めた銀は意味なく手を振り二人を見送る。

「さてと、、、えっとこっちの声届いていますか?」

「心配しなくても、大丈夫よ。今のところは安定しているわ。で、話したいことってなんなの?人間のあなたと話すほど暇じゃないけど、当分の間、うららがお世話になるようだし、特別に聞いてあげるわ」

「そちらの人ってみんな、そんな感じなんですか?」

「そんな感じというのは?」

「そんなに偉そうなのかってことです。まぁ、管理するものとされるもの、立場の差は明確ですし、構いませんが、そこまで邪険にされる覚えも、そんなに嫌われるようなこと言ってないと思いますけど。」

「、、、、そうね。ごめんなさい。ちょっとトラブルで気が立っていたわ、それに運命を終えた魂がそちらに居続ける事は、私たちにとっては職務に支障が出るし、無法者ってイメージが強いの、あなたの事もそう見てしまいがちね。」

「まぁ、自分の年下ですし、そちらにはそちらの価値観があるのでしょう、そうであるなら問題ありません、そのままで結構です。

さて、あなた方にもいろいろ言いたいことはありますが、うららさんの上司として一つご忠告させていただきます。

人が真面目な話をしている時に断りもなく、電話に席を立つのはどうかと思います。

あと、彼女の教育はもう少ししっかりすべきだと思います。」

年下の人間から本気でダメ出しをされている。

うららはどこに行っても似たような問題を起こすのかと呆れてしまう。

「さて本題ですが、お話ししたい内容は確認事項と、交渉です。」

「交渉?」

「えぇ、もちろん、特例の状況とは言え、ただの人間と神様の類。交渉を行うには対等の立場が前提です。それが成り立たない事は知っています。通常であればですが、」

「、、、、こちらの足元を見ようというの?」

「足元が見れるかどうか、まずは確認したい、というところから始めたいのですが。」

「不遜な子ね。意外に私の思い込みは間違いじゃなかったかしら」

「僕は春の幸せと僕たちに日常を守るためならなんだってしますよ。少なくとも、僕は神様であれ、なんであれ怖がる必要はありませんから。」

「死後の世界がないとしても、死んだあなたの魂が必ず私たちの所に来ることを知ってのものいいかしら」

「えぇ、もちろん。ですが、僕は死んだあとの永遠のために生きているんじゃありません。今ある日常の為に生きているんです。そんな先の未来の為に気を使って、遠慮がちに今聞くべきことが聞けないよりはマシです。僕は10年後の百万円より、今の一万円が欲しい方です。」

「あなたは、、」

「フジミヤ君、いい。ここは彼のいうとおりにしよう、彼の言動に感情的になるのは時間の無駄だ。」

「あなたは?」

「君たちの地域を担当する閻魔大王だ。」

「思ったよりもお若いんですね。それに非常にオーラがある。」

「わしを評すとはその気概は評価しておこう。さぁ話すがよい、」

「ありがとうございます。流石閻魔大王、話が分かる。では、遠慮なく、この状況、何が原因か分からないとのことでしたが、原因はともかく復旧の見込みは?」

「完全復旧に関しては未定だ、おそらく原因が分かってから初めて見通しが立つだろう。」

「完全復旧でなくとも、そちらから、こちらの世界へ何らかの干渉。暫定対応で、うららさんが戻れるもしくは、何らかの形で救援が可能になるのには?」

「先ほどフジミヤ君がそちらとこちらをつなぐゲートが閉じたといったが、

実は天界とそちらの世界をつなぐゲートは一つではない。私たちは君たちの暮らすその世界を、それぞれ管轄を以て管理している、今回障害が起きたのは私の管轄する区画のみ、その為、他区画の管轄している別の閻魔大王に救援を要請し、われわれの管轄外の外部から君たちの区画に侵入しようとしたが、それすらもできない状況だ。

本来であれば、このような事態にはならないのだが、事実君たちの居る世界は完全に閉じてしまっている状況だ。

もちろん、君たち人間には何の影響もないだろうが、我々からすれば、君たちのいる区画が不可侵の隔離状態、一切の干渉を拒絶している。」

「なるほど、でも、いつまでもつかは分からないにしても、あなたたちの技術の回線で僕は今会話し、先ほど、そちらの女性がうららに語りかける内容から推察するに、現状田詰まりに見えますが、おおよそ、何とかなるめどが立っているのでは?」

「、、、君は若い割に頭が回るな。その通り、我らに手がない訳ではない。

今あるシステムが構築される前、人間でいえば江戸時代、いや春秋戦国時代ごろか、その頃に使用していた霊道を使う事でそちらとこちらの行き来が可能になるのではないかと考えている。」

「霊道?死人が通る、道ってことですが?」

「うむ、今はシステムが変わり、死者は速やかにこちらに転送させるが、かつては霊道を通り、こちらにやってきて来ていた。それならば、ほぼ間違いなくそちらへの行き来が可能じゃ、とは言え霊道は長い間使っておらなんだし、こちらから霊道を通りそちらに向かうにしてもそれなりの日数がかかる。それに霊道はこちらからしか開くことが出来んから、そちらからうららに戻ってこさせることもできん。」

「それで、見込みは?」

「準備が出来次第すぐに向かわせるが、そちらに救援がつき、霊道を開くことが出来るのはちょうど1週間後じゃ」

「誤差はどれくらいを見ておけば?」

「ない、霊道はちょうど7日間、それは絶対じゃ」

「なるほど、、、分かりました。では本題の交渉に入りましょうか。交渉というのは、そちらの救援が到着するまでのその間に、彼女の安全はこちらで保証します。」

「身の安全の保障?うららの身に危険が迫っているとでもいうの?」

「さぁそれは、ですが、そちらの慌て様、むしろそちらに心当たりがあるのではないかと」

「残念ながらそんなものはない、わしらは不測の事態になれておらんのでの、このような事が起きた故、万全を期しておるだけじゃ、」

「じゃが、事象を見る限り、これは偶然ではなく故意、そしておそらく、この街にその首謀者はいるぞ、」

そう言って下からビンが出てくる。

「なぜそのようなことが分かる?」

「なぜじゃと、お主らの、システムが壊れたのは知らんが、こちら側の世界でお主らの仲間が私たちの暮らすこの場所に来れぬのもシステム障害か?それは結界の類じゃろうて、お主らの力を拒絶するほどの結界が自然に発生するとでも?それに気の流れがおかしい、、お主らの言うよう偶発的であるのなら、事前にその予兆があってしかるべき、それに、、、、私が、感じるのだ。私とあの小娘以外に、大きな力を持ったこの街になじめぬ。人ならざる者が一つ、二つ、三つ、確かにおる、大きな波をたてぬが、静かに、確実によってきて来ておる。」

「な、下から地面をすり抜けて、それにその目、、か、彼女は」

「私は貧乏神だ。おぬしらとは似たようなものよ、しかし、あの娘と言いおぬしと言い、天界の者も、閻魔大王をしばらく見ぬうちにずいぶんとまぁ、様変わりしたものじゃ。右目に傷のあるじじいはどうした?年を取っていったか」

「先生を知っているのか?先生は300年ほど前に引退され今は隠居生活をされておる。」

「そうか、それでお主が今の閻魔大王か、なるほど若いが、じじいよりは真面目そうじゃな。」

「何故貧乏神が」

うらら同様信じられないという表情でフジミヤが口にする

「ビンちゃんは家族です。ビンちゃんの言う事を信じれば、彼女の身の危険は絵空事ではないと考えるべきではないですか?」

銀はビンの言葉に後押しされ、自信を以て閻魔大王に交渉の可能性の返答を求める。

「よかろう、お主に何かが出来るとも思えんが、先生の知り合いともなればかなりの力を持った貧乏神なのだろう。彼女が協力するというのなら、条件次第で考えなくもないぞ。」

ビンは頷き、階段の手すりに座り、後ろから銀を見守る。

銀は一度だけ深呼吸をし、気を引き締め交渉に臨む

「彼女を守り抜く条件は2つ。」

「1つ、今後、僕と春の命を狙う事はやめていただきたい。」

「あなたたちがいる事で世の中の運命がゆがむ可能性があります。それを見逃すわけにはいきません。」

「それは起こらないようにできる限り善処します。」

「たとえば銀君、君には好きな人はいるかね?」

「恋愛対象としてですか?」

「そうじゃ。」

「いませんが、なぜそのような事を?」

「君がこれから生きていくうちに誰も愛さない自信はあるかね。いつかは君も誰かを好きになり、相手も君の事を好きだったらどうなるかね」

「それは、、、お互いが相手が自分に好意があるってわかれば、恋人になるってことですか。」

「そうだな、そしていずれは伴侶となり、子供が生まれたりするじゃろう、じゃが、本来君らはこの世にはおらぬ存在じゃ。君の愛した相手にはほかの誰かと結婚する運命があったかもしれん。それは何も結婚だけの話ではない。あらゆることで、君がいなければ成り立つことが成り立たなくなる。最初は小さなひずみで、運命自体も戻ろうと働きかける、じゃが、それは積み重ねれば、大きな修復できないものとなる。」

「それはそうかもしれませんが、だからと言って、死ぬ気はありません。もしこれが飲めないのなら、僕は、何者か分かりませんが相手側につくことにします。」

「脅しても無駄だ。それを我らが譲歩するわけにはいかん。」

「ならば簡単じゃ、私が少し手を貸してやろう。なに二人ばかし私が憑りついて、運命の訪れる前に殺してやろう。そうしてその運命をこやつらにくれてやる。それで世界の矛盾はなく、万事順調、世も事はなしじゃ。」

「な、そんな、何を馬鹿な事を、」

「馬鹿な事?なぜじゃ、私の力をもってすれば私が直接奪わずとも、死に希望を持たせることなど簡単じゃ、」

ビンは凶々しく笑う。

「ビンちゃん、冗談でもそう言うこと言っちゃだめだよ。僕たちの事を思ってでも、そういうこと言うビンちゃんは嫌いだよ。」

「お主はなんでそんな性格なのかのう、、、まじめすぎるのは考えものじゃぞ。」

「、、、、、確かにそれは、交渉として成立するな」

「閻魔様?」

思わぬ言葉にフジミヤは自分の耳を疑う。

「いや、彼女の提案、、他の運命を乗り換える。それはあり得る、何も殺す必要はない。

非常に稀にだが、彼らとは逆に運命を全うする前に死んでしまう命がある。

その数は運命を終えてもなお、生きる彼らに比べれば圧倒的に多い。ならば彼らに適合する運命がある可能性は高い。どうかね、」

「確かに、それは、、うん。なるほど、可能性としては十分に、多少、例外的な方法ですが、それなら私たちの権限でも確かに可能です。」

「よかろう、可否を含め、結論を出すのは時期少々だが、君らの魂を回収する事は一時的にだが延期しよう、で二つ目は?」

「二つ目は、僕の両親を生き返らせてもらいます」

「、、、、」

一同沈黙する。それがすなわち回答だった。

「閻魔大王様です、それくらいできるでしょう?」

「無理だ。わしらがやっているのは魂の管理だ。一度死んだ命は決して戻る事はない。残念だが、君の交渉に応じることはできない」

銀は何かを言いかけ、言葉を止め一考した後、言葉をつなぐ。

「そうですか、それじゃ、条件を変えます。」

「いいのか」

「はい、元よりできるとは思っていませんでした。だた言ってみるだけ言ってみただけです。では本命の条件です。生き返らせるのは無理でも、こういう風にして、僕の両親と少しでも会話する事は可能ですか?」

「両親と話したいのか」

「僕は正直、そうでもありません。自分でもどうかと思うくらい冷めていまして、僕はあの時、あの瞬間、両親の死をみとりました納得し、受け入れています。未練はありません。それに正直、何を話せばいいか分かりません。

でも春は違います。春は自分のせいで両親が助からなかったと思っています。

口には出しませんが、今でもそう思い。いつも苦しんでいます。あの子が夢で何度両親に謝ったか

だから、その重みを取ってあげたいんです。僕の言葉じゃ、その背負わなくていい重荷を下ろさせてあげられないから。」

「、、、、正直それも難しいというのが実情だ。わしらの管轄はあくまで死後直後の水先案内。三途の川を渡って向かった魂は管轄外だ。だが、善処はしてみよう、君たちの両親は確かにわしの所に一度来たのは事実じゃ、過去の資料を当たって行き先を確認して、何とか交渉してみよう。だが、あまり過度な期待はせんでくれ、」

「こう言う時は嘘でも、任せろっていうべきですよ。」

「わしは閻魔じゃ、嘘はつけん。」

「なるほど、それはそうだ。分かりました。うららさんの事、任せてください。」

閻魔大王は要望を聞き入れると、対策会議に戻っていく。

「ふうーーーーーーーーーーー」

閻魔大王との交渉を終え、閻魔大王が去った後、一気に緊張感が抜け、崩れ落ちるようにその場に座り込む。

「あなた、変わってるけど根はいい子ね。必死で一生懸命で、手の震えとめられない?」

「はは、そうみたいですね。流石は閻魔大王様ですね。」

「強気でよく頑張ったわね。お姉さん思いのいい弟さん」

「そうでもないですよ、春だけが、僕の、、、ん、今なんて?」

違和感のある言葉、、今聞きなれない言葉が、、、

「何って、その度胸を褒めただけよ」

「いや、そうじゃなくて、僕が弟だとか。」

「えぇ、お姉さん思いのいい弟さんって、もしかして、シスコンって言われるの嫌なの?」

「え、あの、そうじゃなくて、あの僕の方が兄なんじゃないんですか?」

「いいえ、ちょっと待ってね。、、、、えぇ間違いないわ。こっちの資料では生まれたのも、魂が宿ったのも、母体の中で命が成立したのも、あなたの方が後よ。どっからどう見てもあなたが弟よ」

衝撃の事実、今までずっと自分の方が兄だと思っていた。双子なので大した問題ではないと思われそうだが。銀はいつだって、兄だからという理由で頑張れた。

それが弟、、弟、銀のアイデンティティが、、、

「くくく、今までさんざん兄貴面しておいて、弟だったとはこれは愉快、早速春に報告じゃな。やはり私が感じていた感覚、正しかったな、春の方が怖いのは当然、姉じゃもんな。」

ビンは急に目を輝かせ、悪い顔をして笑い、部屋に戻ろうとする。

「まて、待ってビンちゃん。本気で待って!それなし、マジでなし」

飛べばいいのに歩いて階段を上がるビンは足を止め、小さな声でつぶやく

「1か月分じゃ、」

「え?」

「いつものお菓子に加え、毎日+1個しかも150円のじゃ」

「150円を一個って、税込158円を30日換算で」

「馬鹿者、31日じゃ」

「えっと、、、、、、4898円か!僕の小遣い1か月半分じゃないか!」

「嫌ならいいんじゃぞ、別に」

ビンはまた悪い笑顔を浮かべる。これは交渉ではない一方的な要求だ。

「なんなのこのレベルの低い交渉、、、こんなのが閻魔大王の交渉成功するなんて」

ビンとの屈辱的な不平等条約を受け入れ、通信が切れると銀は気を引き締める。

「心配するな、そんなに気負う必要はないぞ、」

「でも、実際、神様クラスの人がいるんでしょ」

「あぁ、あれは嘘じゃ、何かがおるかなんて知らんわ、まぁ、自然発生しても、人為的にしてもわしらには関係のない事じゃ、考えてもみい、あんな小娘に何の価値がある。」

「嘘?」

「そうじゃ、ああいっておけばお主の取引が成立しやすいじゃろ。

前の閻魔の事を言ったのも、信憑性を上げるために行っただけじゃ。ワシは直接会ったことないし、ようしらん奴じゃ。

それに考えてもみぃ、わしはこの町の守り神じゃのうて家につく貧乏神じゃ、この家に来たことのあるものなら探知できるが、それ以外は分からん。」

全部ビンの掌の上で、、、、銀はその事が頼もしく、そして楽しいと感じる。

「流石はビンちゃん。ありがとう。」

「ふん、わしとておぬしらがいなくなればまた宿無しになる。お主には食扶持としてしっかり働いてもらわないとな。」

「はいはい、しっかり働かせていただきますよ。」


一方天界では

「ふう、」

「どうかしましたか?」

通信を終え、フジミヤも一息つこうと椅子に掛けると、後輩のスミレが話しかける。

「いえ、うららと一緒にいた男の子、変わった子だなと思って、」

「変わった子ですか?」

「変よね。彼、回収のターゲットなんだけど、何となくだけど、生きててよかった、て思うの。」

「はぁ、、」

「ふふ、そんなことどうでもいいわね、それよりジン君との連絡は?」

「すみません。まだ、、、、ジン君、いつも休暇中、連絡取れないんですよ。今回の長期休暇も、予定した場所にはいないし、緊急連絡先もつながりません。でも、どうしたんですか、急にジン君に連絡を取ってくれだなんて。」

「ジン君が封印結界関連の研究のトップのウリュウ技術主任と同期なのよ。」

「ウリュウ技術主任?あまり聞かない名前ですね。」

「前に一度、うららが来た時の他部署合同の歓迎会に時に一度だけあっているはずよ。まぁ彼、ほとんど話さなかったし、目立たないように端っこにいたから覚えてなくてもしょうがわないわね。」

フジミヤはスミレからお茶を受け取り、話を続ける

「結界の技術は既に今の移送防衛システムが出来た時点で完成されていたわ、今は維持さえおこなえればいいから、研究者もいないし、研究費なんてほとんど出ないのよ。

だからウリュウ技術主任はジン君と同期でも未だに主任止まり、

今では彼だけしかいない旧研究所で日の目を見ることない研究をしているわ」

「なるほど、そのウリュウさんなら今回の騒動も何とかできるかもという訳ですね。」

「そうなんだけど、そのウリュウ技術主任は現在行方不明。だから同期のジンなら、連絡つかないかなって」

「行方不明っていつから」

「それも分からないの、元々一人っきりで研究していたし、身内や友達もいないみたいだし。」

「あの、不謹慎ですけど、ひょっとして今回の件、ウリュウ技術主任が犯人なんじゃ。」

「正直その可能性もあるわ、それも含めてまずはジン君に確認してもらおうと思ったんだけど。運悪く、ジン君は休暇中なのよね。」

「なるほど、、、あぁ、そうだ。私ジン君の実家の場所知ってますよ。そんなに遠くないですし、何だったら見て来ましょうか?」

「あら、いつの間にそういう仲になったの?」

「え?何がですか」

「普通知らないでしょ。同僚の実家なんて」

「ち、違いますよ。勘違いしないでください。」

「はいはい、分かりました。うちは業務に支障しなければ社内恋愛も問題なしですから。」

「だから違いますって」


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