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序章 ここはあの世、彼女は『うらら』

「金なく」、「貧」して、「春」「うらら」


序章 ここはあの世、彼女は『うらら』


善人も悪人も、貴賤も男女も、命あるもの、

生に始まり死に終わる。

罪を犯した者が地の獄に落ち、

天国を信じる人間が天の国に向かい、

輪廻を信じる者が生まれ変わる、

信じる数だけの世界があり、

人の数だけ選択肢はある。

意識的無信仰者が、死の先に何もないと信じ、己の死後を否定し無になるにしても、

必ず訪れる場所がある。

それがここ、「閻魔大王連合直轄機関 魂循環流動整理運用支援局 顧客総合窓口 公共魂安定所」。

通称「ハローソウル」または「三途の川渡し船斡旋所」である。

ここは、人が生きる、この町、この国、この星、この世界を下界とするなら、

生きたまま、望みて向かうは星の海の果てより遥かに遠く、

死して向かわば、歩きとて7日。近くて遠い天界の入り口。

全ての命がここを訪れ、人生という履歴書を評され、

それを対価に、三途の川を渡るそれぞれの船に乗る。

決して戻れぬ三途の川、ひとたび落ちれば、全てを忘れ、

水面を眺め、浮かんでこれぬ、川の底。

彼も我も、何もかもも、全てを忘れ、全てが分からぬ、川の水。

泳いで渡れぬ川なれば、長居は出来ぬ岸なれば、ならばこその渡し船。

迷わぬための船頭操る船揺られ、渡るは地獄か極楽か


今生の間に育て、磨き、傷つき、歪んで、完成された魂を、機械的にそれを値踏みし、それで行ける選択肢から『次』を決める

昨今は意外に、極楽浄土は、物にあふれ、情報にあふれ、遊興にあふれた現代日本人には、それほど人気がなく、それほどお高くないが、魂の総量を減算棄却する無になる事や、人間以外に生まれ変わる事は意外にお高かったりする。

途中で自ら逃げ出すために命を絶った者

他人を殺して私欲を満たした者

命をつなぐために奪った命に感謝できない者など、

命を軽んじたものは到底そういう選択肢は、出来はしない。

そうでなくても、価値観の多様化した現代では無になるというものは、難しい。

「はぁ、そうは言われましても、あなたの魂では無なる事は無理ですよ。

何度も申しあげていますように、魂という存在するものが、無そのものになるという事は、魂の総量が減る事で特例的な事態です。あ、ちなみに無に帰るではなく、無になるんです。魂は無から生まれたりしません。繰り返したり、両親から少しずつ分けてもらったりそういうものです。それを無にするという事ですからお間違えなく

そりゃ、そういう選択肢もありますよ。

でも、何にだって限界はあります。

こういうものって相場制でして、望むものが多ければその分ハードルが高くなります。

ほら、貴方で言うところの大学受験や就職みたいなものですよ、定数が決まっていて、その時の状況次第で同じ学力でも通ったり通らなかったり、受験生のレベルや経済状況に左右されるでしょ。

実際貴方は両方とも失敗して、希望は無理だったでしょあれと同じです。

今の世の中、救ってくれれば何でもいいて言う無意識多神教の方だけじゃなくて、

『神様なんて絶対にいない。死後の世界なんてあっていいわけない』って言う意識的無信教っていうんですか、そういう人が多くてただでさえハードルが高いものが、さらにハードルが高くなっているわけですよ

一昔前の人は良かったですけどねぇ。極楽浄土であれ、天国であれ、たくさんそういう類のものがありますけど、それであれば何でも良かったり、自分の両親や、先にこっちに来ている旦那さんがいるところ勧めれば素直に選んでくれたり、我儘も少なかったですし、でも今はそういうよの中じゃないんです。

個人の価値の向上がどうか知りませんけど、少しは妥協してくださいよって話ですよ。

こっちは仕事でやっているんですから、別に私は皆さんの幸せなんてどうでもいいわけで、だいたい、こうやって相談に乗って私の就業時間いっつも伸びるんですよ。

そうやっていつもノルマが裁けないって同僚に馬鹿にされ、上司からは残業が多いって怒られ、依頼者からの満足評価シートも悪いし、

だいたい、自分の生きた結果なんだからどんなものでも文句を言うなっていったいですよ。

そうやって文句ばかり言って、駄々をこねるような生き方しかしてないから、魂の評価が低いんですよ。何のために天寿を全うしてるっていうんですか、まったく、、、、、」

窓口越しに行われる、今後の依頼者の行き先を決める相談(?)は次第に、状況説明から、担当者の彼女自身の愚痴へと変わっていく。


そして同刻、彼女の上司、この極東第9支部で、閻魔大王の職につく男のいる管理部門では、そんな彼女の様子が報告されようとしていた。

「閻魔様、今よろしいでしょうか」

いかにも仕事のできそうな、しわ一つないきっちりしたスーツに身を包み、冷淡な印象を与えかねない隙のない女性が、縁なし伊達メガネを無意味に指で押し上げ、書類に印鑑を押す閻魔大王に話しかける。

「うむ、どうした。」

「お忙しい所大変申し訳ありませんが、またうららで、もめ事です。」

うらら、その名前を聞いた瞬間、閻魔大王は大きくため息をつき、手元のモニターを切り替える。

『うららで』と言って行っている時点で原因がどちらにあるかは明白だった。

映し出された多くの魂に詰め寄られ、泣きそうになって、責められて、キレながら叫ぶうららの姿が映っている。

「今度は何をしたんだ?」

「抗議の声を聴く限り、また相手に配慮しない迂闊な事を言ったようです。いかがいたしましょう」

「いつものようによろしく頼む。うららには後から注意をしておく。」

「了解しました。」

彼女は手慣れた手つきで、回線を開き、彼女の代わりを手際よく手配する

「閻魔様、ご忠告をよろしいでしょうか?」

回線を閉じ、一呼吸置き、閻魔大王がこちらに何のアクションもない事を確認し、目を合わせようとしない閻魔大王に話しかける

「、、、、言いたい事は分かっているが、薬だと思って聞いておこう」

「うららにこの仕事は向いていません。」

冷たい目でそう言い放つ。そのプレッシャーに負け閻魔大王は再び目を背ける。

「名門の出かどうか知りませんが、彼女に相談役は無理です。」

「そうは言っても、うららの業種換えは既に6度目だし、相談役は彼女の両親からの希望もあってだな、、、、」

「閻魔大王!」

声を小さくし、徐々に椅子を回転させ後ろを向き、曖昧にようとする閻魔大王の机をたたき、閻魔大王の体の位置を元に戻す。

「はい!」

「いいですか、あなたの出世の為というものもあるでしょうし、うららの事がお気に入りという事も存じております。

ですが、最近の閻魔大王のうららに対する接し方は公私混同も甚だしい!

こちらでうららを預かる事になって何度目トラブルですか!

フォロー可能な事務的なミスならまだ目とつぶりますが、相談役になってから訳が違います!彼女の場合、経験不足やケアレスミス以前に仕事に対する心構えの問題です

いいですか、私たちは故人が一生かけて作り上げた魂を元に、その人の死後を決める立場にあります。

もちろん、その為の判断基準には規定があり、誰がやっても既定の範囲内の誤差程度しか、差はありません。

ですが、その限られた選択肢の中から、自らに後悔の内容に自分の意思で選択できるように適切に、親身になって相談するのが私たちの仕事です。

彼女の様に学生気分が抜けずに、『職業:相談役』などと甘い気持ちで臨まれることは不快極まりない。

できる事は限られているからこそ、やれるべきことは全力でやるべきです。

それが、私たちの仕事ではないのですか!」

彼女のあまりの迫力に引きかけた閻魔大王であったが、

いつも冷静な彼女がそんな熱い思いを秘めていた事、

淡々と仕事に取り組む彼女が感情のままにここまで激昂している事、

そしてその目にうっすらと浮かんでいた涙を事で、事の重大さを理解した。

「泣いているのか?」

「すみません、少し感情的になり過ぎました。」

彼女は隠すようにその目に浮かんだ涙をぬぐう。

「、、、、、、まだ言いたいことがあるんだろう、ここにはわしと君しかおらん」

「、、、私悔しいんです。

一般の出の私たちのような者が一生懸命、努力してやっとの事で今の仕事につきました。

この仕事は憧れの職業で、この仕事に誇りを持っています。

だから狭き門だと知っていても、その夢に憧れ、青春も、友達も犠牲して、

誰にでも恥じることなく、一生懸命やってきたと言える努力をしてこの仕事につきました。

そうした理由は特権や名誉なんかの為じゃありません。

誰かの役に立ちたいからです。

だからこそこの仕事について「ありがとう」って言ってもらった時、私は心からこの仕事についてよかったって思えました。

一生懸命生きた命が、最善の選択をできるように

そして感謝の言葉が欲しくて、いつだって考えます。

ほかに行ってあげることはなかったか、その人の心を救ってあげられたか、後悔や不安で眠れないことだってあります。

私だけじゃありません、スミレやコウガ君、いつも明るく能天気ふるまっていますけど、ジン君だってみんな、不安やストレスを抱えながら相談者に喜んでもらえるために、一生懸命です。

うららの一つ上のジン君はご両親の事もあります、ここで働くために、どれだけ努力をしてきたか分かりますか、どれだけ犠牲を払ったか分かりますか

それなのにうららは、そんな私たちの努力など知らず、親のコネ一つでこの仕事について、仕事よりもいつだって自分自分、自分の事ばかり考えて、あんな人に私の仕事を奪われたと思うと、私は、、、、、」

「昇進は、君の事を考えてだったんだが、、、、」

「私はそんな事は望んでいません!それでも、それで、この魂安定所が、もっとよくなるならって思いましたでも、現実はうららのための席を用意するだけで、立場は偉くなったところで私の仕事は雑務ばかり、こんなの、、、違います。」

フジミヤは悔しくて隠せないほどの涙を流す。

「、、、、、君の言う事は正しい。そうだな、わしも彼女の両親への気遣いや上からの圧力があったのも事実だし、彼女はまだ若いと思って甘く接したところはある。

だが、そういう配慮は出来ても、君への配慮は出来ていなかったようだ。すまない」

閻魔大王は頭を下げる

「そんな、私は閻魔大王を責めるつもりは、、」

コンコンとドアを叩き見知った声で、失礼しますという声と共に扉が開く

「礼を払ってドアを叩き、声もかけているのに、その内容が礼を欠くとはコレいかに、、あれ、先輩、、、泣いてる?ひょっとして今タイミング悪かったっすか。」

「仁君。その軽口やめなさい。君は本当は、そういう子じゃないでしょ。なんでもないの、それより、どうしたの」

「例の馬鹿しょっ引いてきました。」

そういってまるで子猫を持つかのように襟首をつかみうららを持ち上げる、うららは涙目で頭を押さえている。

「一発どついときました。」

このジンという男、粗暴で豪快だが、名前の通り仁に熱い男。

故に仁に欠ける場合行いは躊躇いなく行動する。

相談者への配慮に欠け、あまつさえ謝る所が逆ギレをしたうららに対し手を挙げた。

それがどういう事か分からないジンではない。

彼女はこの支部など一瞬で取り潰しにできる権力者の一人娘だ。その娘に手を上げることで今後一生、日の当たる仕事にもつけないことが分かっていての行動だ。それでも、彼をそうさせたのは、彼女の言葉に心がなく、彼の拳に愛があったからだ。

もっともそれがうららには伝わっていないようだが、

流石にその行動に閻魔大王も、感情的になっていたフジミヤも一瞬にして血の気が引いたが、それでも、この若いジンの行動に思わず。笑いが出てしまう。

「何笑っているんですか!この暴力男を何とかしてください!あろうことかこのかわいい後輩の女の子に暴力振るったんですよ!」

「口で言ってわかんねぇから、どついただけだろうが、それにちゃんと手加減している、感情のままに殴ってたら今頃、お前なんざ、夢の中だ。」

「ばっかじゃないですか!今どき体罰なんて生きてる人間の小学生でも、無意味だって知っているんですよ!」

「うるせぇな、だいたいてめぇの言葉の暴力は許されるのかよ、あ?」

「言葉の暴力?あれは勝手に向こうが、、、」

「やめんか二人とも、確かに暴力は良くない。それに関してはちゃんとジン謝っておけ、」

「謝って済む問題じゃありません!訴えさせてもらいますから?」

閻魔大王は覚悟を決めたようにフジミヤの目を見つめ頷く、そしてその意味を察したフジミヤはこの部屋の監視カメラの電源を切るパフォーマンスを大仰に見せつけ

うららに近寄り、頬をつねる。

「訴える?どうやって?」

「誰もあなたが殴られるところなんて見ていないし、今この場で怒っていることも誰も知らない、いくらあなたのお父様が偉かろうと、証拠がなければ訴えることはできないわよ。」

「うわっ、先輩こえー、てか、ちょっとそれは流石にひきますわ、やり過ぎです。」

「あら、ジン君、あなた、彼女の肩を持つの?」

「冷たい目でジンを見る。」

美人に冷たい目で見られると何かが開花しそうなジンだったがここは空気を読んでおとなしく引き下がる。

「いい、うらら、今まではあなたの事を思って苦言を述べたり、あなたの失敗に対して目をつぶったりしてきました。いつかは変わる、いつかは分かってもらえると、でも流石にもう我慢の限界です。自分の事だけしか考えられない。あなたが変わろうとしない限り、もう私たちがしてあげられる事はありません。」

「何よ、それ?偉そうに、いいわよ、私だって仕方なく、こんな仕事やってたんだから。いいわよ。首にすれば、でも、分かっているんでしょうね。私にそんな仕打ちする意味が、私のお父様は、、、」

「そうね、あなたの父君は立派で偉大な方よ、父君だけじゃない。あなたの家の人間はみんな立派、あなた以外わね」

「なっ」

「そんな立派な人たちが、あなたの我儘をいつまでも聞くと思ったら大間違いよ。閻魔大王さまも覚悟を決められたわ。あなたの将来を心配して、あなたをこんな辺鄙な片田舎の魂安定所に口利きをしたご両親の気持ちをくみ取って今まであなたには接してきました。」

閻魔大王は通話を終え、振り返ったフジミヤに対して頷く

「先ほど、君のお父上と話させてもらったよ。こちらの意思をお伝えし、こちらの意向も伝えた。そして、納得してくださった。やはり君のご両親は立派な人物のようだ。」

ジンはその場にうららを落とす。今度はお尻を打ち、滝のように罵声を浴びせるうららに対し、ジンは全く反応しない。

「うらら君。元時刻をもって君に異動を命じる、君の転属先は、、、」


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