第2話:魔法少女 ‐Joint struggle ‐
受験勉強や中間テストなんたらで更新がががが……
橙色の光が藍色になり、そして青色がかった黒になった時、俺はやっとのことで光の元へたどり着いた。時間はもう六時だ。遅刻の中の遅刻、大遅刻だ。
「遅い、馬鹿」
「わりぃわりぃ。道に迷った……」
本当に迷ったのだ。この学校、本当に大きすぎる。寮に戻ってくるのにこんなに苦労するとなると、今後が心配だ。
「はぁ……。こんな馬鹿に託すのは少し癪だけど……」
と言って、光が俺に向けて渡してきたのは、赤茶色い鞘で刃を隠されている短いナイフだった。鞘には民族的模様が彫られており、アンティーク的価値が高そうに見えた。だが、だからと言って汚いわけではなく、手入れが施されているようで埃はついてなかった。傷は幾つか目立っているが。
「これは、我が桧山家に伝えられている宝刀、正式名称、対魔小剣オルガン」
「オルガン?」
その名前を聞いて、まず最初に思い出したのは楽器だった。パイプ状の大きいやつで、鍵盤につながれている奴だ。整備が面倒くさそう、というのが俺の印象に留まっているせいか、音は思い出せない。
「名前の由来は不明。少なくとも、私が持つ対魔拳銃アーリレイヤと同時期に製造、使用されている」
「そんな良さ気な武器、もらっていいのか?」
宝刀ということは、ようは一族の大事な宝と言うことだ。そんなものを、ほぼ赤の他人に等しい俺に託していいのだろうか。それとも、一般庶民の俺が思っているほど、宝物って雑に扱える物なのか。
「魔物に対してだけなら鉄パイプでもいいでしょうけど、これから戦うのは魔法を行使する者よ。ならば、それに対応できる武器はお互いに持っていた方がいい。正直、使いこなせるかどうかよりも、対抗手段を与えておいた、という感じよ」
なるほどな。まぁ、俺もいつまでも鉄パイプみたいな頑丈な武器を得られるわけではない。それなら、このような便利そうな武器を持っている方がいい。
だが、俺はそれよりも気に掛けることが一つだけあった。
「これ、短くね?」
そう、長さだ。長さが圧倒的に足りない。鉄パイプみたいなリーチがないのだ。こんなのじゃ、使いこなせる気がしない。
俺はいつも思うのだが、ダガーとかナイフって絶対使い辛い。あんな短いリーチで、しかも拳で応対できる範囲までいかないと切り裂けない武器だ。危険すぎる。あれを使いこなせる奴の気がしれないな。
「伸ばせばいいじゃない、あなたの力で」
「あぁ、そうか」
光の提案で、俺は【オルガン】を鞘から抜いて右手で強く握りしめる。刃が見え、窓から差し込む月の光に反射して白く光る。捨てられている鉄パイプよりも綺麗で、角度を変えれば自分の顔も映る。
掌握のイメージをする。イメージは、俺の中にある赤い何かを対象に注ぎ込むように、もしくは纏わりつかせるようにする。そして、それが全体に行き渡ったら頭の中で更なるイメージ、『変化』、変化する姿をイメージするのだ。そして、それは現実に変化したら掌握完了。
それを、【オルガン】に対してやってみたわけだが……あれ?
「掌握できない……?」
「へぇー、あなたの力にも欠点はあるのね」
光はそうやって独り、うんうんと頷いている。その様子を見るに、俺の能力に欠点はあるのは想像通りのようだった。確かに俺が知っている限りでも欠点は幾つか存在する。だからこそ、今さら驚きはしないがやはり悔しいものがある。
特に今回のような、大丈夫であろうと思っていたことが出来ないのは悔しい。
「なんか、オルガンの中に別の何かがあって、それが邪魔している感じなんだよなぁ」
「たぶん、オルガン自身が内包している魔力ね。それがあなたの魔力と衝突して阻害しているんだと思う。簡単に言うと、歯車の合わないやつ同士で無理やり繋げようとしている感じ」
確かに。的を獲ているいい例えだ。実際、何度も掌握しようとしているのだが、何かが俺の掌握を拒んでいる。それが魔力の違いによるものなら納得だ。
ということはだ。俺、この状態で戦わないといけないパターン?
「ま、頑張ってね」
と、光は俺を見て薄ら微笑んだ。それには、若干の嘲笑が混じっていた気がした。
◇◆◇◆
夜。今日は昨日のように綺麗な満月ではなかった。少し欠けていて、歪に見える。そのため、光があまり強くない。他の星々も見えた。
この学校に来て、よく思うのはこの空の綺麗さだ。俺が前に住んでいた町では、星なんて見えなかった。様々な色を持ち、様々な光を持つ星々。俺は、それをここで初めて見たと思う。
「星を見て何かを思うのはいいけど、もうそろそろ行くわよ。夜は短い」
「おいおい。五時間ぐらいあるのに、それを短いとか言うなよ」
光と今日の放課後に決めたことで、魔法少女か魔物と戦わない限りは、最高午前3時まで捜索することになった。俺とすれば、もっと短縮してほしいぐらいだが、残念ながらこれ以上は無理そうだったので、この時間で妥協した。現在、午後10時。最悪、今から5時間なわけだが、光はそれを短いと言う。
相方になってなだ数日も経っていないわけだが、それでも心配してきた。あぁ、俺、この先大丈夫かなぁ……。
「今から二手に分かれましょう。何かあったらリトルデビルに」
とそれだけを伝えて、光は先に林の中に入って行った。なんか、我が道を行くタイプだな、あいつ。迷いはなさそうだけど、真っ直ぐすぎて俺が疲れるんだが……。そうぼやいたところで何か変わるわけではないので、諦めよう。
俺は、肩に乗っけているリトルデビルことデュビを指で撫でながら、ゆっくりと森の中へ入って行く。森の中は暗いかと思えばそうではなかった。所々月の光が漏れ、木々や葉などを照らしている。とりあえず、何も見えない中で戦闘はしなくてはよさそうだ。
「問題は、敵だよなぁ」
そう、敵だ。魔法少女と言われた敵が来てしまったとき、俺はこの手で傷つけることが出来るだろうか。そればかりだ。覚悟なんてまだ決まっていない。
どうにかする方法はないのか。俺は、足りない頭でそう思考する。馬鹿でも、考え付くことぐらいあるはずだ。
その刹那、
「――ッ!?」
俺は跳んでいた。意味もなく跳んだわけではない。理由はもちろんあるし、実に明白である。
足元に見える銀色の何か――不自然にもほどがある鎖は、俺の思考を外界から阻害し、そしてそれを本能から危険視したのだ。案の定それは俺の動きを見たのか、意思があるかのごとく森の中へ消えていった。
まるで蛇のようだった。そう見間違えるほど、それは知性的な動きを見せたのだ。もしくは、森の中にそれを操る者がいるのか。それならば、あの動きに納得がいく。ただし、その者は大変すばらしい操作技術を持っている。なんせ、俺がそれを蛇だと思い違ったからだ。
空気が緊迫する。もしあれが魔物ではなく、本当に敵の――魔法少女の武器であるなら、俺は現在監視させれていることとなる。そして俺は、敵の居場所の特定が出来ていない。不利な状況だ。最悪、不意打ちでやられる可能性が大いにある。
汗が俺の頬から落ちる。右手に持つ【オルガン】を強く握りしめる。まだ馴染まないその手の感覚は、俺をさらに不安にさせる。
「――ッ!」
音がした。背後から空気を裂くように、その音は俺に近づいていた。それだけで十分だった。
俺は右手の【オルガン】でその音に対応する。瞬間、【オルガン】に金属的な音を奏でさせたのは先程の鎖だった。やはり、これは魔物ではない。武器だ。鎖と言う、武器なんだ。
俺は、【オルガン】で弾いたそれを見て、そしてそれが飛んできた方向に戻って行くのを見る。その先を見さえすれば、敵の位置ぐらいなら把握できるはずだ。俺はその方向へ走り出す。
だが、それは意味はなさなかった。なぜなら、俺が走り出そうとした瞬間、その鎖の主が現れたからだ。
長い黒い髪、容姿は整っており、その姿を見れば誰もが口をそろえ美人と言うだろう。清楚かつ優等生、さらにそこに女性らしさが足されたその姿は、俺の記憶によく残っていた。
ただ、あの時と違うのは、その手に持っている物が辞書ではなく、銀色の鎖であること。
「先人は言ってたな。悪い予感はよく当たる」
「全くもって、その通りだ」
そんな透き通った声で、俺の言葉に同意した。
そこには、焔が鎖を垂らして立っていた。
◇◆◇◆
魔力の反応がした。聴覚による魔力検知能力に長ける私は、視覚検知よりも素早く察知できる。戦闘が始まったようだ。魔力の流れがノイズのようになり、耳を阻害する。慣れているとはいえ、やはりうるさい。私は、聴覚検知を止め、【アーリレイヤ】を構える。向こうが戦闘していることは、私にも敵が近づいてくる可能性が高い。
今度は、ヘマはしない。前回はあの馬鹿の前でドジを見せてしまったが、あくまであれは環境に適用していなかったからだ。今度こそ大丈夫だ。いつもの私。冷静冷徹冷酷。いかなる時も己を捨てずに、いかなる時も最善策を実現させる。いつもの私。
ふと、空気が変わった。静かだ。夜だからこその静けさではない。虫の声、木のざわめきが途切れた。違和感。魔力の流れが――荒れるっ!
「――捉完了 魔方陣 大量展開っ!」
視覚外からの声。同時に魔力の流れがまとまりを見せる。
頭上、恐らく5メートルほど上か。そこには、一人の少女と大量の赤い魔方陣が展開されていた。その状況に、流石に唾を飲む。こうなるまで気づかなかった私の未熟さが原因か、それとも相手の隠密性が高いのか。どちらにせよ、この状況を打破するには、
「強化」
自らの両足に『強化』の魔法をかけ、魔方陣を両足に展開させる。防御では恐らく防ぎきれない。ならば、回避を選択するのが吉だ。
ただ、それだけでは無意味だ。それでは永久に個の魔方陣から逃れられない。そのためには、
「散っちゃえ 火花吹雪ぃっ!!」
敵の声と共に、大量の魔方陣から炎が生み出される。頭上から降りゆくそれは、まさに花火と言える。加え、その数もあって火花と言っても過言でない。ただ、それが火花のような弱い炎なら嬉しいのだが、そういうわけでもないだろう。
私は、炎の出現に乗じて、その発動タイムラグを瞬間的に計算。どんなに強力な魔術師であってもラグは発生する。それは、魔術に対して回避可能であることを意味する。それに、私は計算が得意だ。日常茶飯事だからだろうか、ラグの計算ぐらいならお茶の子さいさいである。
計算によって生み出された順序に、私は脚を動かす。『強化』のおかげでスムーズに動く。そのおかげか、初手の攻撃を回避できた。
次。それも回避する。同時に、思考していたことを実行に移そうと敵を見るが、魔術のラグの計算がそれを邪魔し、回避に専念する。なるほど。いいラグだ。偶然かどうかはともかく、思考をすることができるほどの猶予がないのはこちらとしては中々に厳しい。
だが、それを打破する手は計算済みだ。
「ハァッ!」
私は地を蹴る。瞬間、地上から2メートルほどまで一気に飛びあがった。『強化』のおかげだ。魔方陣から放たれる炎をかいくぐり、私は一気に敵を追い詰める。
「え、嘘っ!?」
「ぶち抜けっ!!」
私は狼狽えている敵へ銃口を向ける。敵は魔方陣を展開しようとするが、もう遅い!
「クッ!」
覚悟を決めたようで、右手に持つ得物で身を構える。いいだろう、その程度の得物で堪えきれると言うのなら、受けてみろ!
「はぁぁぁぁぁあああああッ!!」
私は魔力を集中させ、引き金を引く。引いて、引いて、引いて。多数の魔力の銃弾を生み出し、敵にぶつける。【アーリレイヤ】の放つ力は魔弾。ならば、あの得物がただの得物であれば簡単に決着がつく。
しかし、銃弾はそう簡単に得物を通さなかった。【アーリレイヤ】、【オルガン】と同じ対魔術師戦武器。魔と物理に強い武器だ。ならば――
「強化ッ!」
魔弾が駄目なら今度は物理だ。左手に魔方陣を構成、展開し、【アーリレイヤ】でけん制し、時を待つ。利き腕ではないが、『強化』なら、その不満点も十分にカバーできる。威力は十分、これであの得物をぶち壊す。
この一撃を与えれば、こちらのペースに持って行ける。なら――
「解放」
そんな、少女の短い声が聞こえた瞬間、私は少女を見失った。跳んだのだ。そして、森の影へ入り消えた。強化された左拳が私と共に宙を舞い、空を撃つ。私は咄嗟に足元に魔方陣を展開。それを床と仮定する。
解放。あれは、制限された力を解放する言葉だ。魔法、武器に通ずる言語であり、私の持つ【アーリレイヤ】だって、それで力を解放することも可能だ。
なら、あいつは何を対象にそれを言った。自らを、か。それかあの武器、か。そして、あの敵はどこに消えた? 気配を感じない。ここまで来れば、彼女の隠密性には感嘆を覚える。まったく、素晴らしいが敵になると厄介だ。
周囲を見渡すが、変化はない。かと言って、無駄に動けば的になる。しかし、動けずにも的だ。やはり、ここは攻めに行くか。
【アーリレイヤ】の特徴、代々続く桧山家の魔術師の魔力が溜まっている。その魔力にリンクするために、腰に携帯しているオプションパーツで【アーリレイヤ】の姿を変え、力を変えることが出来る。……ただし、特長の癖がありすぎるので、使いこなせるのは一つだけだが。
「変更、初代式」
その内、最も使いやすい初代の【アーリレイヤ】のマグナムタイプへ、オプションパーツを付け加えることで変化させる。ただの拳銃だった【アーリレイヤ】が姿を変えマグナムへと変形する。通称、【アーリレイヤM式】。威力は通常よりも二倍、弾速も早く、代わりに反動が大きい。まぁ、B式よりは使いやすいし、携帯性も充分だ。これで、相手の肢体にぶち込み、一撃KOを狙う。
静かになった。だが、魔力は感じる。練られている。マグマが混ざり合うように、それは熱い音。
「空間想定 捕捉完了 魔方陣 大量展開ッ!!」
瞬間、熱い音が一つに繋がれるように、紡がれるように、そしてそれは分散するように。空に、空間に、再び大量の赤い魔方陣が展開された。先程と同じ。条件が空中に変わっただけだ。ならば――
「強化」
私は銃口に『強化』の魔方陣を展開する。物や力を強化するのが第一基礎活用であり、今から行うのは強化魔術第二基礎活用。『強化』による暴発。いや、もしくは『強化』による魔導砲というべきか。原理とすれば、魔方陣の魔力を一気に放出するというものだ。
一応、手による発動も可能だ。ただ、魔弾を撃ち放つだけでは芸はない。誰でもできる。だが、銃を媒体とするなら話は変わる。銃は魔導砲と同じく魔弾を撃つと言う工程を踏む。それゆえに、ただの魔弾と違ってそれは強大な力、速度を持ち合わせることとなる。
私は、銃口を魔方陣へ向ける。あの魔方陣の発動には時間がかかる。それゆえに、一々隠れてから使用しないとならない。ならば、その時間を利用するまで。
「二度目はないわよ。魔方陣ごと、本体にぶち当ててやるわ」
瞬間、魔方陣が歯車のように回り始める。魔弾の作成により、魔方陣が反応し始めたのだ。『強化』の魔法が魔弾に組み込まれていく。そして、工程が完成し、それは一つの強大な魔弾となる。
「ぶち抜けっ! プラスアップ・バーストッ!!」
私がそう言い、引き金を引くと、瞬間、肩に大きな痛みが走った。反動だ。その痛みに顔を歪ませる暇もなく、放たれた巨大な銃撃に私自身、身体が耐え切れず反動で後方へ吹き飛んだ。
飛ばされながら見えたのは、私の<魔弾強化砲>が幾つもの赤い魔方陣を貫き、粉々になっている光景だった。一筋に黄色い光が、赤い火花を散らしているように見えるのは、中々にいい景――
「ッ!?」
色、と思おうとした瞬間、私の放った魔導砲が分断された。そして、今だ宙を舞う私の頭を霞めるように、一筋に魔弾が通り過ぎて行った。いや、あれは魔弾ではない。魔弾にしては、あれはあまりにも鋭かった。さながら、槍、もしくは矢のような……
そして気づく。あの言葉、二度目の魔方陣の展開、そして先程の魔弾。三つの条件から成される、一つの答え。
「なるほど、ね」
私は宙に魔方陣を展開し、そこに受け身を取って態勢を整える。散りゆく赤い魔方陣の破片が取り除かれた時、少女は姿を現した。赤みがかった髪を持ち、それを私と同じくツインテール状にしているのが特徴的だ。だがそれ以上に特徴的なのは、彼女の持つ二つの刃が付いた大きな弓であった。
「解放。一つの剣であったそれを解放し、弓に成した」
「この弓の名はディルセイブ。悪魔を撃ち抜く冷たき炎の紅の弓」
少女は、その弓のことを語った。【ディルセイブ】。なるほど、武器には疎い私でも名は聞いたことがある。悪魔を殺すために作られた、対悪魔用の儀式武装。だが、悪魔の本質は魔力の塊。ならば、魔を放つ魔術師にも有効。先程の魔導砲を真っ二つにされた理由が解った。
恐らく、彼女が最初に使っていた剣もあれなのだろう。悪魔の動きを制限するための剣と言うべきか。致命傷を与えられずとも、その聖なる力で動きを制限する武装であると聞いたことがある。儀式用と云われる由縁もそこからだろう。
彼女がなぜあの弓を持つかは不明だ。だが、相手にとって不足はない。魔を穿つと言うのなら、穿てないまでに撃ち抜ければいい。
「…………」
「…………」
静寂が訪れた。しかし、お互いに魔法を練っているのか、音が聞こえる。魔法感知の聴覚指向でよかった。魔力の練り音が聞こえるのは、先制も狙えること。視覚指向の場合、結果しか見れないのでその点、私は一歩先へ行ける。
再び数秒の静寂……そして――
「はぁ――――あ!?」
「やぁ――――あぁ!?」
お互い、銃口と弓を構え、撃ち抜こうとした瞬間、強烈な音がその中心に発生した。同時に、風圧が身体に思い切りかかり、構えを解かざる負えなかった。
相手の罠。そういう思考をしたが、そうではない。なぜなら、現れたそれは、
「魔物……」
巨大な、黒い魔物であったからだ。
◇◆◇◆
連続的な攻撃。地面は抉れ、石は飛び跳ね、鉄の鎖はそれに当たり甲高い金属音をかき鳴らす。対し、その攻撃に回避しかできないのは俺だった。光からもらった剣、【オルガン】は一向に変化の兆しが見られない。さっきから力を注ぎこんでいるのに、何かが邪魔をする。
目の前には黒髪を棚引かせる焔がいる。鎖は生きたように彼女の周りを回って、そして何度も何度も、まるで蛇が獲物を追い詰めるように。じっくりと。じわりと。
「くそっ! 動きが、読めねぇっ!?」
敵対していてもしょうがない。真っ直ぐ向かうと、こちらがやられる。鎖は武器の中では使い辛い。というよりも、使い方が元来とは違う。縛るための物だ。しかし、鎖は鉄だ。あれを鞭のように使ったら、即殺傷能力のある尋問道具に早変わりだ。それほど痛い。武器ではないが、武器とほぼ同等の威力を持つ道具となる。だからこそ、あの攻撃は避けるのに苦労する。
一瞬の隙を見つけて、どうやって逃げる? 林はあるが、そこに紛れても狙われるだろう。だからと言って、このまま後退しながら走るのは――
「なっ!?」
その瞬間、左腕に鎖が繋がれた。鎖が腕を回り、締めつけてくる。痛みが直に伝わり、口から洩れようとする叫びを、必死に歯で抑える。千切れそうだ。左腕が持って行かれそうで、身体全体が強張る。
「すまないな。でも、これで決める!」
そう言って、瞬間、鎖にかかる力が弱まった。いける! と頭の中に安堵が生まれる。
だが、次の瞬間には、身体全体が宙に舞っていた。何をされたか何も解らなかった。いや、認識できなかったのだ。認識したのは、吹き飛ばされ身体が地面に着いたとき。瞬間、地面に当たる部分よりも腹に痛みが走った。そして、勢いよく何かが激流のように口から出そうになる。それを、必死に抑え込んだ。
腹を、やられた。腹をさすると、そこには土跡が残っていた。意図的なものだ。これは、蹴られたか。
「……意識はあるか」
そう言って、じゃりっと鎖を揺らした。見ると、左腕にはもう鎖はなかった。痛みだけが残響のように残っているが、先程までの強制的な痛みではない。
先程の攻撃はただの蹴りだ。頭が理解に追いついた。左腕で俺を誘導し、弱めた瞬間には蹴りを喰らわせたのだ。鎖の有効活用。おかげで、効いた。腹回りと左腕に痛みが残っている。そのせいでか、身体を起こせない。
「この手を下すの致し方がない。できれば、このまま意識不明だったら嬉しかったのだが……」
そう言って、じわり、じわり、と俺に彼女は近づいてくる。恐怖が、身体を鉄の鎖のように俺を縛り付ける。俺の身に纏わせ、心をも動かさないようにしてやがる。
クソが。ここで止まるわけにはいかない。手を、何か手を打たないといけない。
右腕には、まだあの剣が残っていた。使えない剣。だが、これはあいつが俺に与えた、力だ。俺の手に眠る唯一の切り札。こいつを、こいつの変化させれば……。力を込める。何も起こらない。何でだ! 何で、何も起こってくれない。この中に眠る力はなんだ! 何で、俺を拒むんだ!!
募るのは、この剣への渇望。この剣の可能性への欲望。この剣に眠る何かへの探求心。ならば、こいつはどうすれば変化する。思考しろ。思考しろ。馬鹿でも考えることはできる。閃きぐらい、馬鹿でもできるはずだ。
焔が近づいてくる。渇望するんだ。恐怖を渇望に塗り替えろ。そして、それを欲望に変え、力に変えろ。お前は誰なんだ? お前は何なんだ? お前は、俺をどうしたいんだ?
俺は、この中に眠る何かを、探るように力を込める。こいつを、使いこなす。だからこそ、お前を知りたい。お前は何だ? これは、何だ?
「……終わりだ」
焔が俺を目がけて、その拳を振りかぶる。
俺は、何かを見た。そして、何かがカチッとハマった気がした。その何かは解らない。幻想なのかもしれない。走馬灯なのかもしれない。ただ、それは――――刀だった。
「なっ!?」
瞬間、俺の右手から赤い光があふれ出した。その光に驚いたのか、焔は後ろで勢いよく退いた。
よく見ると、右腕の甲には、あの紋章が現れていた。赤く四角い、中央に丸が存在する鎖状の紋章。そして、その先にあるのは――――刀だった。赤い刃を持つ、長い【オルガン】だった。この赤は、俺の紋章によるものである。赤い光が、俺の紋章の放つものと同じだった。
……おいおい。ここまでピンチじゃないと成ってくれないのかよ。先が思いやられるぜ……だが、まぁいい。切り札はピンチからだ。
「結合完了。変化形態、オルガン・ストライクっ!!」
あの歯車と歯車が合わさったような感覚。それを結合と呼び、【オルガン】の攻撃性が上がったという意味を含めてこう呼んだ。英語はたぶん合ってるはずだ……たぶん。え、英語の勉強、もう少ししておこう。
刃が長くなったおかげで、しっくりとくる。この手慣れた感じ、いい。戦える。こいつなら、いける!
「なるほど、それが君の魔法か」
「そうだ。これが俺の魔法、変化だ!」
俺は、その刀を構えて焔を睨む。こいつを倒すには、どのみち接近戦だ。鎖の間合いから逃れて、そこを一気につくしかない。幸い、こちらには新たな切り札がある。リーチが長くなったことで、こちらのペースに持っていく!
焔が動いた。鎖が螺旋状になってこちらに向かってくる。ドリル状にして一撃で決めるつもりか。ならば、俺は一旦右に避け、そしてそこから足を前へ踏み出す。向かうのは勿論、焔。
「それは読めている!」
焔は、俺の左に進んだ鎖を無理やり鞭のようにしならせ、俺の脇腹を狙う。その攻撃を、俺は【オルガン】で受け止める。そして、巻き憑かれないないようにそれを払う。刃と鎖の歪な音が響きあい、火花を散らせる。
あらぬ方向へ行った鎖を確認し、俺は一気に焔へ距離を詰める。今の焔は無防備だ。狙うなら今しかない。
動かない焔の目の前で、左足を支点にし、回転するように右足を持っていき、遠心力を利用しながら、刃を右に構え、外薙ぎで敵を切りつける。焔はそれを、何もない手で受け止めようとする。馬鹿な!
止めようとする雑念が発生するが、自然や意思に逆らえはしない。遠心力の思うままに、刃は走る。
「ッ――!!」
焔が苦い顔をした。当然だ、焔の右手が切られている。しかし、刃を止められた。決死で受け止めたか。しかし、それ以上に驚くべきことがあった。
「血……」
刃にこびり付くべき血が、地面に滴るはずの血が、彼女の手から現れるはずの血が、ない。確かに、何かを捉えた感覚はあった。それが目の前で行われているので、それは現実だろう。しかし、発生するべきことが行われないのは、異常だ。
焔は驚く俺を見て、にやりと苦笑した。
「驚くか? そうか……当然か」
その顔は、敵対すべき者の顔ではなかった。悲しい顔だった。例えづらいものだ。俺の思考でも追いつくレベルなら、まるで自分の存在を否定されたかのような表情だ。
だが、焔はその顔をすぐに隠した。そして、先程までの敵対すべき者の顔になる。
「ふふ。しょうがない。悪いが、本気で行かせてもらう!」
そう言って、刃ががちっと更に強く握られた。彼女の綺麗な指からは鮮血は吹き出さなかった。
焔が仕掛けてくるのが解った。刃を支点にし、俺に蹴りを喰らわせようとしてくる。しかし、その手には乗らない!
「変化終了!」
瞬時に手の中に眠る赤い魔法の力を抜く。その瞬間、【オルガン】の刃が短くなった。【オルガン】自身に封入されていた、あの謎の魔力との結合を解除したのだ。10分間、手から離れていたら自然にそうなるのだが、こうやって無理やりすることもできる。
支点を失った焔は、バランスを崩す。蹴りが見当違いの方向へ行き、俺はその逆方向へ身体の向きを変えた。そして、お互い交差しながら距離を離す。素早く振り向くと、右手を押さえている焔がいた。血は流れていないが、痛覚はどうやらあるようだ。
「やめようぜ、焔。そんなんじゃ、お前に刃を向ける気にならねぇ」
「一太刀でそこまでの自信を得られるか」
「自信じゃねぇよ。慢心でもねぇし、これは俺の気持ちだよ」
目の前で苦痛で顔を歪ませる少女を見たら、手を出す気がなくなってしまう。そこまで、俺は非情ではない。そんな非情にはなりきれない。
あの人だって言ってた。女の子を大事にしろって。女の子は男とは違って繊細で図太く見えて脆いのだから、優しく扱え、と。あの人が言うと説得力の欠片もなかったが、今なら解る。
だから、これ以上、焔に傷をつけるつもりにはなれない。
「それが……その態度が、自信と言う!」
焔は、そう言いながら鎖を引き連れながらこちらに走ってくる。俺は【オルガン】を【オルガン・ストライク】に変化し、その攻撃に備える。鎖での攻撃は、『変化』で回避できる。たたっ切るのも手だ。だが、焔に対してはこれ以上の攻撃をする気にはなれない。攻撃を止める手立てはあるか……。
そう思っていても、敵の猛攻は止まらない。刃と鎖が交差し、花火が飛び散る。赤い刃で切り付け、鎖を押し切るが、その柔軟な動きによって、たたっ切るまでには至らない。だが、それは頭の中で理解している。バランスを崩さず、右足を軸に、回転するように焔の攻撃を避ける。そして、左足に力を籠め、次の攻撃へ備える。
しかし、その次の攻撃は来なかった。焔の動きが止まったのだ。瞬間、凄まじい風が俺たちを襲った。思わず、腕で顔を隠す。
「さっきのは?」
「……魔物、出てきたのか」
焔は目を細め、何かを見つめるように風の吹いた先を見る。が、そこには林しかない。それとも、彼女はその先を見ることが出来るのだろうか。
「燕……それと、敵か」
「見えるのか?」
「……見えないのか?」
焔にそう聞くと、至極当然のように、そして先程まで戦っていた者とは思えないほど困惑した表情を見せられた。いや、そんな顔をされても困る。見えないものは見えないのだ。たぶん、魔法とかそういう部類でどうにかしているのだろう。俺にとっては、羨ましい限りだ。
「お前の相方が魔物に襲われてるのか?」
「あぁ。それに、もう一人がいるな。金髪だ」
「あぁ、それは俺の相方だわ」
戦闘しているときに運悪く魔物登場、という流れだったのだろう。邪魔者の排除とか、あいつならするだろうしな、性格的に。
「しかし、手をこまねいているようだ。これは私も参加すべき、かな」
「行くのか?」
「行かざるおえないだろう。可愛い主人が絶賛苦戦中なんだ。手を貸すしかないさ」
そう言って、焔は散らばる鎖を回収するように左腕の制服の裾の中に入れていく。……普通なら制服が膨らむはずなのだが、全然そんなことがない。ま、まぁ、これもまた魔法なのだろう。たぶん。
しかし、もしこのまま焔が光たちの方へ行くとなれば、戦況は二対一。光が圧倒的に不利となるだろう。焔は外傷があるとはいえ、戦闘能力は衰えてなかった。さすがの光も厳しいだろう。
向かうか。俺が加わっても戦力になるか怪しいが、いないよりはマシだ。
「一時休戦と行こうぜ。攻撃手段は多い方がいいだろ?」
「了解した。魔物とはいえ巨大だ。人手があれば嬉しい」
そう言って、焔は俺に左手を差し伸べる。傷ついた右手ではなく、鎖が入っていった左手だ。それほど、右手を見せたくないのか、それとも共闘と言う理由で武装の左手を差し出したのか。一応、左手の握手はいい意味は持たないはずだ。でも、ま、しょうがないか。
俺はそれに応じる。ここからは敵じゃなくて、仲間だ。
「行こうか」
「あぁ」
俺と焔は魔物が現れた場所へ、光と燕がいる場所へ走る。林を抜け、草木を駆け、空を仰ぐ。月は明るく光る。巨大な影を写すために。
◇◆◇◆
銃撃、弓撃を繰り返して、かれこれ十分は経つ。あの赤みがかった女の子の弓も、私の【アーリレイヤ】も両方とも魔力を打ち出す武器だ。魔力が枯渇しない限りは大丈夫なのだが、あまりにも相手にダメージが入っていないことに不安を感じる。
魔力と魔力の干渉により、煙を吹き出しながらも悠々と存在するその巨体は、動かない。ゆえに強大に見えるのだ。だが、先程から魔物はこちらの動きを見ている。恐らく、隙あれば攻撃をする魂胆なのだろう。魔物は巨大な種ほど強力。魔力の塊だからこそ、その定理は通じる。だからこそ、攻撃を受けたら。やられる。
このままでは時間が無駄に経つだけだ。これ以上の一手を打つには、少しの余裕がなければならない。
「……あなた、名前は?」
私は隣で弓を射続ける少女にそう声をかけた。赤毛のツインテールの少女は、少し驚いた表情を見せた。先程まで戦っていた敵が急にそう言ってきたのだ。驚いてもおかしくはない。攻撃を止めることが許されないため、弓撃をしながらも少女は答える。
「……火河 燕」
「火河……あぁ、フゥーリ・ヴィエール家。ホムンクルス製造の名家ね。それなら任せられるわ」
ホムンクルス製造の名家、フゥーリ・ヴィエール家は炎の魔術に長けているとされている。事実、先程の戦闘で彼女の魔術の使い方は見た。魔方陣の展開量、行使の仕方も強力なものだ。これなら、私の考えには十分に足りるだろう。
「燕。約3分間、相手を抑えられる?」
「……できるとは言いたいけど、たぶん、無理。アタシ一人じゃ、今の状況は維持できない」
「そうか……」
せめて今の状況を留められたら、こちらの強力な一撃を当てられるのだが。それか、魔を切り裂く剣、【オルガン】があれば『強化』との併用で一気に魔物を消せることは理論上可能なのだが。
やはり、あいつに渡すのは失敗か。先程から敵と接触しているのは感知しているが、敵を倒したかのようには見えない。貴重な武器だけに、勿体ない。
「せめて焔がいたら……」
「あなたの相方?」
「うん。彼女の武装は鎖。だから、束縛とか得意なんだけどね」
……あいつ、死んでないでしょうね。鎖は危険な武器だ。縛ることもできるし武器にもなる。【オルガン】の力をすれば、切り裂けないことはないだろう。しかし、それは強化ができる私に限っての話だが。
となると、このまま夜明けを待つ、か。あいつの文句と同じだが、さすがに私でも辛い。強がりで3時と設定はしたものの、そんな過去の自分を恨んでしまう。
「そう言えば、あなたは何て名前なの?」
「桧山。桧山 光。あなたほど有名じゃないと思う」
「魔術の数式定理を確立させた家じゃない!」
……あくまでそれをしたのは初代だ。それ以降の我が桧山家はそれに見合った功績を見出していない。家が豪華なのも、二代目が富豪の一家の長女と婚約したため。それ以降は、ただ魔術師協会の手先になっていただけで、すごい家なんかじゃない。
それに、数式定理は今や理解が難しい扱いだ。あまりいい功績でもないのだ。
「なら、光。ここは一度、手を打ちましょう」
「何を?」
「停戦協定。受理してくれる?」
相手からの意外な言葉に、今度はこちらが驚いてしまう。停戦、ねぇ。いかにもあの馬鹿が好みそうな言葉だ。この戦いにおいて、そんなことをしても、意味なんてないと言うのに……。
だが、状況を打破するのには、悪手ではない。この返答には、
「了解。一時的だが、結ばせてもらう」
「ありがとう。先程、焔から連絡があった。煇と一緒にこちらに向かってる」
「あの馬鹿も?」
「そうみたい。彼、優しい人だから」
優しいかどうかと言うよりも、甘いやつだとは思う。しかし、その甘さもまた彼の良さだと認めると言うのなら――少なくとも、現在状況としてはあの馬鹿のそれが有益に働く要因となっている。今ばかりは、あの馬鹿のその甘さを認めよう。
そうなると、ここからは持久戦だ。この巨大な魔物、動きこそ見せないが、一撃を喰らうとなればその威力は計り知れないものとなるだろう。それに、このような巨大な魔力を持つ魔物を倒してしまえば、魔力が拡散し、何らかの影響を周辺に与えるかもしれない。魔物の魔力は不純で汚泥。自然にむき出しとなったそれらが降り注げば、ここら一帯の自然は壊滅だ。
そう思案していると、ついに魔物が動き始めた。右腕を大きく振りかぶって私たちの元へ振り下ろそうとする。動きは鈍く、避けられる。しかし、腕と地面から発せられる衝撃波が身を包み込むように私たちを襲った。咄嗟に受け身を取って、着地に成功したが、燕の方は風に吹き飛ばされていくのが見えた。私よりも小さい身体だ。軽くて、衝撃波に耐えきれなかったと見える。この距離から走っても追いつけるとは思えない。
そう考えていると、燕の元へ素早い黒い影が走って行くのが見えた。新手の敵か、と思えたが違う。その姿は人間で、長く細い髪を垂らしていた。そして、燕の元へ飛び、そして空中でキャッチ――もといお姫様抱っこをした。……王子様とお姫様か。
「大丈夫か、燕」
「う、うん。ありがと、焔。来てくれると信じてた」
……しかも、心なしか燕の方が頬を赤らめているように見える。何してるんだ、あのバカップルは。
「……焔。早すぎ」
「あら、来たの」
そうやって息を荒げてやってきたのは、あの馬鹿だった。その手には【オルガン】に似た、長い刀があった。その刀身は赤く光っている。別れる前まで、あんなに能力を使うのに苦戦していたのに、今では難なく使用できている。
こいつは馬鹿ではあるが、潜在能力は高い。そう言い切れるか。
「というか、大きいな、おい」
「魔物としても十分な大きさよ。森からはみ出てる」
「で、手があるんだよね、光」
いちゃいちゃを終えたのか、燕が私の名前呼びながらそう言ってきた。馴れ馴れしいと思ったが、まぁいいやとすぐ思う。敵とは言え、現在は味方。それぐらい、何とも思わない。
「今の状態だと、一撃を放つには少しばかりの集中を要する。だから、足止めをしてほしい」
「了解。私と焔で上腕部をどうにかする」
「となると、下半身は俺か……」
燕と焔が自信ありげに言う中、不安げに呟く馬鹿を見て弄りたいと思った私は、彼に挑発的に言葉を放つ。
「なに、やれないの?」
「い、いや。そういうわけじゃねぇよ!」
私の言葉に焦ったような態度を見せた。彼の人格が窺える。恐らく、厳格な我が父と同じく強情なのだろう。頑固とも言える。その点は、私と彼は似通っていると言うべきか。
しかし、それゆえにそのような人格者を扱うのは慣れている。これで彼はムキになってでも魔物の下半身を切りつけるだろう。それでいい。焚き付けには成功したのだ。あとは、上手くやってくれるかだ。
三人とも、臨戦態勢に入る。それに乗じ、私もまた【アーリレイヤ】に魔力を注ぎ込む。先程放った、<魔弾強化砲>とは似ているが少し違う。先程のは魔弾に『強化』の魔法を加えたもの。今から放つのは、【アーリレイヤ】自身を『強化』し、その特性に応じた魔弾を放つ。通称、<強化魔導砲>。現在の私の【アーリレイヤ】の形態はM式。<高火力砲撃型強化魔導砲>となる。
風がそよぐ。火照った体にはちょうどいい。魔物は、動かない。それでいい。こんな巨体なのだ。それの方が見合ってる。聞こえるのは私が練り合わせる魔力の音と、馬鹿が長くなった【オルガン】を振り回す音だけだ。
一瞬の静寂……そして、
「はぁっ!!」「やぁっ!!」
私の魔力が溜まったのを見計らってか、まず動いたのは焔と燕だった。燕が魔方陣を展開し空中を行く。それと並行して、焔も右手から発生する鎖を巧みに使い、木々と木々の間に階段のように足場を作り、空へ飛ぶ。
宙に浮いた燕は、そこから解放状態の【ディルセイブ】に魔方陣を重ね合わせ、魔法の炎を宿した弓撃を放つ。鋭く、速い一撃は、魔物の右腕の付け根を貫き、胴体と右腕を分けた。魔力の供給を失った右腕は、それに伴い消滅する。この程度なら、環境による変化はない。
次に、焔は一気に上空へ駆け上がる。そして、鎖を螺旋状に右拳に絡ませていく。ドリルだ。回転が加わっている。それに加えて、焔自身も回転を加え、その回転量は凄まじいものに変わる。二倍の回転がかかった焔の拳は垂直下に降り、魔物の左腕を貫いた。
「やべっ、遅れた!」
彼女たちの行動に後れを取った馬鹿は、そう言いながら長くなった【オルガン】を携え、魔物の元へ走る。両腕を失っても、足がある限り敵は逃げる。逃げるなら、足を潰せばいい。
「おらぁっ!!」
横一文字に切り裂いた魔物の巨大な左足。【オルガン】の力が損なわれていないのが解る。
バランスを失った魔物はそのまま後方へ倒れようとする。魔物の後方へいた馬鹿は、その情景を見てすぐさま横の草むらに逃げた。同時に、焔、燕が射線上にいないことを確認する。
舞台は整った。
「この一撃は、私の放つ最初の閃光」
魔力が私を通して、【銃】へ伝わって行く。『強化』の魔法が銃に重なり、地面に漏れ出すように魔方陣が発生する。銃口は敵へ向ける。あまりにも多い魔力量に重心がぶれるが、意識してそれを抑え込めようとする。
「私自身の証明、私自身の咆哮。この一撃は、私の原点」
この学校へ来て、最初の本気。私が、私の意思でこの閃光をぶち放つ。
「さぁ、一発、見せてあげましょうか!」
魔力の充填、循環は終了した。一発放つは大閃光。これが、私の本気っ!!
「バスター・ストライクっ!!」
そう私が唱えた瞬間、手のひらから大量の魔法が吸い寄せられ消えていく。魔力を根こそぎ奪っていく。それに乗じて、銃口からは、先程放った、<魔弾強化砲>よりも大量の閃光を、魔力を収縮して放たれた。周り一帯が閃光に包まれる。魔力に包まれた世界の中、消えゆく敵が見える。不純なる魔力が、光によって灰に帰す。
浄化されし魔は、世界に何の影響も与えず、ただ照らされたまま、終わりを迎えた。
◇◆◇◆
閃光が世界から消え、しばらくしてから、草むらから先程まで魔物がいた場所を確認した。そこには、光と焔と燕が集まっていた。三人とも、所々に怪我をしている。焔の手は……怪我はなかった。
「遅い」
「しょうがないだろ。目が慣れるのに苦労したんだ」
光の言葉にそう答える。
焔と燕が俺を見ながら、何か思案しているが、とりあえずは考えることを止める。現在は停戦協定中。もうクタクタだ。早く帰りたい。
「燕。停戦協定はいつまで続ける気なの?」
光がふと、燕にそう聞いていた。光は、まだ戦うことを考えているのだろうか。そう思うと、胃が痛くなってきた。これ以上の戦闘は、あまりにも危険だ。
しかし、対して燕は笑みを浮かべて、
「しばらくは。個人的に、この協定は結んでおくべきかなぁって、思って」
「それに、煇。君はまだ魔法の基礎を理解していないと見える。そんな状態で勝っても、私はあまり嬉しくないからな」
燕に続けて焔が俺に対してそう言った。一応、焔は俺のことは評価はしてくれているようだった。
「そういうわけだ。これからもよろしくできるかな?」
そう言って、燕は光に対して手を差し伸べる。握手だ。光はそれを見て怪訝な顔をした。まだ悩んでいるのか。仲間がいると楽だと言うのに。
俺は一度深いため息をつき、そして光の右腕を無理やり手で掴み、燕と握手させる。突然の俺の行動に驚いたのか、光は俺を見て何か言おうとするが、それよりも先に、
「先人は言った。手で取り合うことは、関わりの始まり。迷うことなんてない。どのみち、俺たちは焔たちと関わっていたんだ。敵であっても、仲間であっても、友達であっても。だから、この握手は、迷うべきものじゃないんだ」
と、言い放った。光はそれを聞き、一瞬の思案をし、そして俺から視線を逸らした。代わりに、燕の手を強く握りしめる。
「この馬鹿がそう懇願しているから、しばらくは甘んじさせてもらうわ。……よろしく」
「うん。よろしく!」
こうして、俺たちと焔たちは停戦協定を結んだ。それがどういう結果になるか、現段階では想像できないが、俺の中に一つの希望が見えた気がする。
戦っても、最期に解り合えば、殺し合いをせずに済む。それだけで十分だった。
明日から、また戦いが行われるだろう。だが、今回の一件も踏まえて、俺は、戦っていく。
最初の魔法少女、焔&燕との戦いはこれで終了となった。
◇◆◇◆
戦闘が終了し、帰路につく。燕は私に聞いてきた。
「なんで、協定の破棄を拒んだの?」
当然の言い分だった。あの時、燕は戦闘の続行を望んでいた。確かに、策とすればそれが正しい。疲弊しきっている相手を、二人でかかれば余裕で勝てるだろう。
しかし、そこには確実性がなかった。
「あの金髪の少女、光はあのような強大な力を有している。恐らく、彼女はあれ以上の力を有しているはずだ。もし、それを発動されてしまえば、勝てる見込みは薄くなる。それに、煇は潜在性が高い。瀕死に追い込めば、どうなるか、私は理解できなかったんだ」
そう言うと、そうかぁ、とつぶやく燕。納得はしてくれたようだ。
しかし、やはりあの二人は危険だ。潜在性をお互いに含んでいる。もしあの時、協定を破棄していたならば……勝てていたのか。煇は魔法を理解していないわけであって、その力は強力だ。そして、光はまだ隠し手を持っているはずだ。
そう、覚醒魔法。もし彼女が、燕さえまだ到達しえない領域までに至っていたのならば、我々の命は……いや、もうやめておこう。これ以上は無意味な考えだ。
燕が不思議そうに私を見た。私は彼女の頭を撫でた。彼女は笑って、私の手をつないだ。温かった。
◇◆◇◆
男一人と、女三人の戦いが終わった。引き分けだった。いや、むしろ魔物と言う妨害が入ったせいで、否が応でも共闘せねばならなくなったか。どちらにせよ、まだ序盤だ。ここでお互いが殺しに至るとは思えなかった。
しかし、あの女……黒髪の長髪の女は違和感を覚える。魔力を使わずに戦っているが、魔力を使うあの男には劣っていない。あの男が弱いのもあるだろうが、それにしても固すぎる。
「……面白くなってきたねぇ」
思わず笑みを浮かべてしまう。異端者であるあの男、数式魔術を確立させた桧山家の女、ホムンクルス製造の名家のフゥーリ・ヴィエール家の女、そしてあの謎の多い女。あまりにも役の配置が面白すぎる。この戦いは、混沌の極みとなるだろう。
面白い。歪んだ気持ちを身に宿しながら、私は、闇に塗れた。
◇◆◇◆
「めんどくさいことになった」
黒猫はそうつぶやく。月夜を仰ぎ、その声は落胆、疲弊に満ちていた。
「忠告が必要となるな。この戦いに、仲間と言う考えは不要であると言うことを」
魔法少女の戦いの先にあるのは死か生である。共存など、求めるにもあらずだ。猫は、導かなければならない自分の立場を改めて理解し、つぶやいた。
「……めんどくさいことになった」
月夜に混じるそのため息にも似た声は、猫の鳴き声のように闇夜に溶けた。