(1)・6 汚さリミット
…もう、行った?……………行ったよね、うん。
ようやく、ようやく、ようやくです!師匠をまきました!
何ですか師匠は!お歳のせいで弱った侯爵様やメイドさんもとい爬虫類さんたちをまけたのはいいけど、私が部屋に隠れようとすると距離を離したはずの師匠がすぐに入ってくるし、衣裳部屋に隠れれば一列一列雷で一気に確認しようとするし!
おかげでこの家の侯爵様やその奥様らしき服、ほとんど燃えた。請求されたらどうするんですか!
普段けち臭いから気にするのに、こういうときだけ容赦ない。
……これはそうとう、怒ってるな。
ちなみに今私は書庫に入って手前のテーブルクロスの下に隠れています。
クロスをひいてるし本が積み重なってるから傍目からは見えないし、さすがの師匠も貴重な資料や未発見な書物があるかもしれないこの場に落雷はできないだろうというのが私の勝手な考えだ。
それにしても今日の師匠はどうしてか、本っ当にしつこかった。
………………なんでだろうか?いつもはいくらなんでもあんなに…
あれ?
「………?……はっ!あっ、……くっ…!」
危うく大声を出しそうになったから危ない危ない。
では気を取り直して心の声で、せ~の、
あーーーっ!!師匠のポーチ持ったままだったーーーっ!!
これじゃ盗んだも同然!師匠が追いかけてくるのも当然!だから…
どうしようか……。このまま逃げ回っててもらちが明かないし、その前に師匠が完璧にぶちギレる。そうしたらたぶんこの家は崩れ去ること間違いなし。
だからといって素直に渡しに行っても、猟師の目の前を獣が歩くのと同じこと。何か言う前に……うん、問答無用、というか……。
あ、ポーチだけ師匠の見える場所に……はダメだ、私がほとぼりが冷めてから姿を現しても師匠は同じことしかしない。
何にしても私には地獄しか残されていないのね…。
「………、お風呂入りたい」
今日で何回思ったかわからない言葉。
泥臭いし、汗臭いし、粉っぽいし、焦げ臭いし…。いや、一部は私が原因だけどな。
師匠についていったあの幼い頃から荒っぽいことには慣れてるから数日間お風呂に入らないのはどうってことないけど、…………これは、さすがに、汚すぎる。
-------キィッ…
………?今何か扉が開くような音が……。あ、この部屋でないから心配はない。
多分この音は玄関だろう。私の耳がそう告げている。
どうしようか。見に行く?気にしない?師匠の地獄?爬虫類の地獄?あ、『爬虫類の地獄=必然的に師匠の地獄』になるからどっちにしても地獄か。
早く行かないと謎の音の正体は闇の中だ。
………………うん、まあ、行くわけがない。
普通はここはもっと『あの音は何なんだ?』とか『こうしちゃいられない!』とか『危険だけど気になる!』とか思う場面なんだろうけど、私はそう思う前に思考に危険信号がかかる。
何てったって、今この時、好奇心よりも勝るものがたくさんあるのだから。
でも私は毎度のごとく油断していたので、その時は考えに没頭して耳を疎かにしていて気づいていなかった。…『その人』がこちらに近づいている時点でどちらにしても師匠の地獄という運命からは逃れられないことに。