死にかけ聖女は森に置き去りにされましたが、世界樹の精霊に愛されて幸せです
「アリア、今夜2人だけで過ごさないか?」
パーティーのリーダー・ブルーノが私の耳元で甘く囁いた。突然の誘いに回復魔法をかけていた手が止まる。枯木の森が風も無いのにざわめいた。
若き英雄と名高い彼にこんな風に誘われたら、何も知らない乙女達は一夜の夢を見たがるだろう。でも私は翡翠色の目を伏せて首を振る。
「ごめんなさい。いくらブルーノ様のお願いでもそれは聞けません……。それに、あなたにはロザンナさんが居るじゃないですか」
私達から離れた所でパーティーメンバーと楽しそうに話す女魔術師ロザンナを見る。猫を思わせるつり目に紅い髪の美しい女性だ。
ブルーノとロザンナが特別な関係である事は冒険者たちの間では公然の秘密。それにもかかわらず、ブルーノは形の良い目を細めて私に熱い視線を注ぐ。
「最近ロザンナと居ると疲れるんだ。君のように穏やかで清らかな聖女候補生に癒されたい。なぁ、いいだろ?」
ブルーノが私の金髪を一房手に取り、それにキスをした。熱を帯びたアイスブルーの瞳でこちらを見つめると、今度は抱きしめようと手を伸ばしてくる。
「ブルーノ様、やめてください」
私は彼から逃れよう身を引く。でも回復魔法を使って疲弊しきった体は、座っていた丸太から落ちてしまった。
――どさっ
「チッ……何だよ、その態度。せっかく誘ってやったのに」
急に彼の声色が変り、肩がびくりと跳ねる。目の前のブルーノは明らかに不機嫌だった。冷やかな目でこちらを見下ろし、私を掴もうと再び手を伸ばすけど……
――ズズッ……ズザザザッ!
「きゃぁっ!!」
私の体が後方に引っ張られる。自由が効かない体を見ると、黒く太い蔦が何本も私の体に絡んでいた。もしかして……モンスター!?
蔦は私を枯木の森の奥へと連れ去り、ぞわぞわと蔦が不気味にうねる大穴の中へと引き込んだ。
悲鳴を聞いて他のパーティーメンバーも駆けつけてくれたけど……私は信じられない言葉を聞く。
「アリアは手遅れだ。諦めよう」
ついさっき、私に甘い言葉を囁いた人が冷たく言い放ったのだ。ブルーノは構えていた剣をパチンと鞘に納める。絶望的な言葉に私は息も絶え絶えに懇願した。
「お願いします、助けてください。世界樹を見つけて、この世界を守りたいんです……!」
ブルーノに腕を絡めるロザンナさんも彼に続く。
「そうね、ブルーノの言う通りだわ。誰かさんのせいで体力回復には時間がかかるし、正直お荷物なのよね。――ねぇ、アンタ達もそう思うでしょ?」
「「…………」」
彼らに逆らえない弓使いと斧使いは、こくりと頷くと私から目を逸らした。
そんな……確かに私の回復魔法は人に比べて弱い。それでもこの国に平和を取り戻すため、パーティーを組んだ彼らを優先して懸命にこの旅を支えてきたのに。
黒い蔦に呑み込まれる恐怖よりも、仲間だと思っていた人達に簡単に見捨てられるのが悲しかった。ぽろぽろと涙を流す私にロザンナが言い捨てた。
「アリア、最期に役に立てて良かったじゃない。コイツらの餌になれて。さぁ、日が暮れる前に『アリアが行方不明になった』って報告しに行きましょう」
「そうだな。ギルドから見舞金ぐらい貰えるだろう」
「やった~! 私、今日はたくさん呑みた~い!」
笑う彼等は私に背を向けて遠ざかって行く。魔力も体力も尽きた私は、黒い蔦に全身を包まれる。そしてそれは地中へと潜っていった。
(胸が引き裂かれそう。これが私の最後だなんて……)
蔦の中で、気を失う前に見たのは1本の木だった。簡単に折れてしまいそうな細い幹。葉を垂らし、今にも散ってしまいそう。でも、その姿が私と重なった。
(何も救えなかった。私はもう駄目だけど、あなたはもっと生きて……)
残った力で、木に回復魔法をかけた私は暗闇に意識を手放した。
◆ ◇ ◆
甘い香りがする。でも体が重くて瞼も開けるのもつらい。
薄く開いた唇の隙間から、液体が数滴流れ込んできた。
(これは果物の汁? 甘くておいしい……)
ごくんと呑みこむと急に体が軽くなった。混濁の中に居た意識がすっきりとする。ゆっくりと瞼を開けると、ぽっかりと開いた穴から陽の光が差していた。どうやら巨大な木が朽ちて出来た空洞の中に居るようだ。
(私、生きてる)
ぼんやりと生を自覚すると、視界に緑色の葉っぱがわさわさと揺れる。驚いて飛び起きたら、不思議な生き物と目が合った。
『ぴゃっ……!』
薄緑色の丸い体に、小さな手足が生えている。頭からは髪の毛の代わりに葉っぱが生えていた。私は王都の資料室でこの子を見たことがある。
「妖精……。持っている木の実はもしかして……君が助けてくれたの?」
「――助けてくれたのは君の方だよ。アリア」
妖精からでは無く、私の背後から穏やかな男性の声が聞こえた。驚いて声の方を見ると若い男性がひとり、壁にもたれかかって座っていた。妖精は慌てて彼の元へ走って逃げていく。
私と同じ20代の青年だ。若葉色の少し長い髪に、鼻筋が通った美しい顔立ち。でも彼の顔色は悪い。呼吸もパッチリとした金色の目も苦しそうだった。
「大丈夫ですか? 今、回復魔法を掛けます」
私は彼の元に駆け寄り、胸に手を翳して治癒を始めた。掌から金色の光が柔らかく溢れる。
(あの妖精が食べさせてくれた果実のお陰?)
不思議な事に体の中から力が湧いてきた。これなら彼を助けられると思ったけど、自身の特性を思い出して肩を落す。
「ごめんなさい、私の力は人には効きにくいんです。それでも少し楽になればいいのですが……」
「そんなこと無いよ、君の治癒魔法は効いてる。君のお陰で僕達は命を繋げたんだ。これを見てごらん」
彼の隣りには見覚えのある細い木が生えていた。けれども不思議な事に、その木はにょきにょきと枝を伸ばし葉を広げる。まるで私の治癒魔法に反応するように。
「この木……あの時、私が癒した木ですか?」
「そうだよ」
「あなたは誰?」
「僕はユール。この原初の木から生まれた精霊さ」
精霊……。彼らは木の意識が具現化した存在だ。つまり彼の本体がこの木なのだろう。精霊と初めて出会った驚きよりも、彼が紡いだ言葉に驚いた。
「原初の木……もしかして、世界樹ですか?」
「そうだね、君たちの世界ではそう言うね」
精霊である彼には私の治癒魔法が効いているようだ。ユールの顔から苦しみが消えて穏やかになってくる。呼吸も落ち着いてきた。
私は枯れてしまった世界樹を復活させる為に、世界樹の種を探していた。世界樹が枯れてからこの世界は魔毒に汚され、人々は生きる場所を追われてしまう。モンスターも発生するようになり、世界は滅びへ近づいていた。
(世界樹が生きていた……)
私の背の丈ほどに育った世界樹は、枝の先に金色の小さな実を付ける。きらきらと星のように輝く実だ。
「アリア、君の力は素晴らしい。実を付ける事が出来るなんて、並みの聖女じゃ出来ないよ」
ユールに褒められて驚いた。普段怒られてばかりだったから、彼からの言葉が温かく胸に広がる。私の力は植物に効きやすいようだ。
「ユールさんが元気になれば、世界樹はもっと大きくなりますか?」
「ああ。僕はまだ弱々しい木だけれど、成長してやがて大地に根を張れば、やがて毒に満ちた地上も浄化できるようになる」
また平和な世界が取り戻せる。そう知って私の目の前は明るくなった。私に出来る事が有るなんて嬉しい。それに目の前の彼を救いたい。
「私、やります。世界樹を復活させます」
◆
王都の寺院では聖女が決まる鐘が鳴った。
『神託が下った。次期聖女はアリアだ』
亡くなったはずの人物が神託に上がり、もちろん街は騒ぎとなる。ギルドに呼び出されたブルーノ一行は寺院関係者から追及を受けた。
「そんな、アリアが聖女だなんて。彼女はモンスターに呑まれて亡くなったんですよ?」
「我々の神託を疑うのか? 神託によればアリアは枯木の森に今も居ると出ている。それに森からは世界樹の力も僅かながら感じた。世界樹の生命力は日に日に強くなっている。まるで誰かに癒されているかのように」
アリアが生きているかもしれない。しかも自分達より格式高い聖女になると聞いて許せないのはロザンナだった。
「そんな! 私達を癒せない役立たずのアリアが、世界樹を癒す事なんで出来るワケ……」
「役立たず?――まさか君たち、わざとアリアを森に置いて来たなんてこと……」
ぎろりと睨む老人の言葉をブルーノは遮った。
「いやー。アリアが生きていて良かった。彼女は僕達の仲間ですから、早速迎えに行ってきます。なぁ? ロザンナ」
「え……ええ、もちろんよ。直ぐに迎えに行きましょう」
◆ ◇ ◆
この森に来て2週間経った。私はユールや妖精たちと一緒に世界樹の根元で暮らしている。
最初の数日は水を探すのも大変だったけど、世界樹が大きくなると森に綺麗な水が湧きだした。食べ物は世界樹の実を食べたり、ユールが芋や穀物を生やしてくれるのでそれを調理して食べている。
ふたりで森の中を散歩するのも日課になった。枯木の森に小さな命が芽吹き始めている。平和を取り戻しつつある森だけど、それでもまだモンスター達は残っていた。
――ギャウッ!!
私に向かって飛びかかってきたモンスターを、黒い蔦がバチンと弾き飛ばす。それは私を攫った蔦に良く似ていた。蔦を辿るとユールの背中の下へと繋がっている。
「――! この蔦、ユールの体の一部だったのね?」
「ああ、そうだよ。――あの時は怖い思いをさせてごめん。君があの男に襲われそうになっていたから、引き離すのに必死だった」
ユールはブルーノから私を守ってくれたんだ。簡単に私を見捨てるような人たちだ。あれ以上深い関係にならなくて良かったと今では思える。
気を落すユールに、私は彼の手をそっと包んで微笑んだ。
「ユール、助けてくれてありがとう。彼等と居た時は怒られて怯えながら生きていたけど、今のあなたとの生活は心が穏やかで幸せなの。それに世界樹やユールたちの役に立てるのがとても嬉しい」
「アリア……」
だけど、私達の穏やかな時間は悲鳴に切り裂かれる。
「キャー!! 誰か! 誰か助けてー!!」
悲鳴と共に、魔法を乱発する音か轟いた。森がざわめきだす。
「――! ユール、助けに行きましょう」
私とユールは急いで悲鳴が聞こえる方へと向かった。まだ浄化が進んでいない場所で、冒険者の一行がモンスターの群れに襲われていた。ブルーノ達だった。彼はモンスターに押されながら剣を振るう。
「クソッ! 前回はこんなにモンスターは居なかったのに!!」
一緒に抵抗する弓使いが弱々しく彼に答えた。
「……い、今まではアリアがモンスター避けの結界を張ってくれていたから……」
「ちっ! 知るかよ! そんなこと!!」
私とユールは離れた場所から彼等の戦いを見守る。そう、少し前の私は回復魔法が弱い分、他で彼等の負担を減らそうと必死だった。弓使いの彼が言う通り、モンスター除けの結界も張ったし、攻撃力を上げる魔法も使って後方から支援していた。
過去を思いだし気を落としていると、ユールが優しく私の肩を抱く。モンスター達から黒い蔦で私を守ってくれた。
命からがらモンスターを制圧したブルーノと目が合う。彼等は傷だらけで起き上がるのもやっとの状態だった。
「アリア、見つけた。どこに行っていたんだい? さぁ、俺達と王都に帰ろう」
「アリア? お願い、すごく痛いの助けて!? 仲間でしょう?」
私を見捨て、役に立たないと切り捨てた人たちが私に手を伸ばす。
あまりにも身勝手な振る舞いにユールの蔦がざわりと敵意を孕んだ。けど私は彼を優しく制した後に、ブルーノたちの前に躍り出る。
「私はあなた達の仲間では有りません。だから一緒に行きませんし、助ける義理も有りません。早くこの森から立ち去ってください」
彼等は目を見開き愕然としていた。私はクルリと身を翻すとユールの手を繋ぎ、私達の棲家へと向かい歩き出した。
背後から怒声や金切り声が聞こえた気がした。けどそれは新たなモンスター達の登場によって掻き消される。
◆ ◇ ◆
どれくらい季節が過ぎたのだろう?
枯れ木だらけの森はすっかり姿を変えた。新たな命が増えた森からは魔毒が消え去り、逃げていた野生動物たちも戻ってきた。穏やかで豊かな森が、ユールの世界樹を中心に広がる。
ユールと一緒に世界樹を見上げながら話す。
「世界樹、大きくなったね」
「ああ、アリアのお陰だよ。僕を、この森を救ってくれてありがとう」
ユールの体調はすっかり良くなり、健康になった事で彼本来の美しさが溢れていた。若葉色の髪も陽の光を浴びてキラキラと神々しく輝く。
「おや、お客様みたいだ」
ユールに指摘されて振り向くと、身なりのいい冒険者たちの一行がやってきた。
彼等は私達と目が合うと、恭しく頭を下げる。
「世界樹の聖女・アリア様。国王様からの手紙をお持ちしました」
上等な羊皮紙には、世界樹を癒した事に対する感謝の言葉が書かれていた。世界樹が息を吹き返した事により、王都にも平和が戻ったそうだ。ぜひ国王として礼をさせて欲しい、従者と共に来てくれないかと。
王都にも平和が戻ったと聞いて、心が軽くなった。復興した故郷を見たい。でもこの地を離れるのも不安だ。それを察したユールが声をかける。
「大丈夫ですよ、一緒に行きましょう。王都が気になるのでしょう?」
「ええ。ユールも一緒に来てくれるの?」
「はい、世界樹の根は王都の地下にも届いています。だから心配有りません」
ユールと一緒なのが心強い。私達は従者たちと共に王都へ向かう。
途中、従者から噂を聞いた。どうやら私が所属していたパーティーは解散になったらしい。ギルドからお金と人材を引き出せるだけ引出し、結果も伴わない。更にはクエストも失敗続きで信頼が地に落ちた。
(そうか、なら彼等が私の元に来ることも無いだろう……)
戻ってきた王都もすっかり変わっていた。街の人々は私の姿を見かけると、涙ながらに感謝の言葉をかけてくれる。絶望に満ちた街に笑顔と明るさが戻って良かった。そう安堵した時――。
「通してくれ! アリアに話しが有るんだ!!」
人混みをかき分け出てきたのはブルーノだった。森で会った時からかなりやつれている。艶やかな青い髪もぱさぱさで、豪奢な冒険者の防具を売った彼は身なりも乏しかった。
彼は跪くと悲劇のヒーローのように演説を始めた。
「アリア、愛しているんだ。ロザンナがいたから素直になれなくて。なぁ、お願いだよ。俺を選んでくれ、アリア」
観衆が見守る中、私ははっきりと答えた。
「私はあなたが嫌いです。簡単に仲間や志を裏切るような人とは――。私を助けず森に放置したあなたなんかとは一秒たりとも一緒に居たくありません」
私の証言で空気が変わる。周囲の人々がブルーノを冷たい目で見つめると、誰かが衛兵を呼んで来た。そして暴れる彼を連れて行く。この日以降、私は彼を見かける事は無かった――。
王宮に招かれると、国王様から直々に感謝の言葉を頂いた。
「世界樹の聖女アリア、この大地に平和を取り戻してくれてありがとう。儂から君に礼をしたい。なにか欲しい物はないか? 金でも王都に豪邸を建てるでも何でも構わない。さぁ、言ってくれ」
私のこれからは心に決めていた。
「国王様、お気持ちありがとうございます。私への褒美はどうか、国の復興にお使いください。私はあの森で、世界樹の麓で、十分なほどの幸せを見つけました。願わくばこのままユールと共に森に住まう事をお許し下さい」
私は自由を得て、森で暮らすことを許された。
大地に深く根を張った世界樹は、人々に平和と豊かさをもたらし続ける。
世界樹の森で、聖女アリアと精霊ユールは仲睦まじく幸せに暮らしたのであった。
(了)




