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静寂の職人、竹の雪

冬という季節は、不思議なものだと思います。


春や夏のように、何かが勢いよく始まるわけではない。

秋のように、実りを誇る季節でもありません。


けれど、冬には冬の時間があります。


外から見れば、ただ静かに耐えているだけのように見える。

しかし、その静けさの中で、次の春に向かう力がゆっくりと蓄えられている。


竹が雪の重さにしなりながらも折れず、

春になればまた空へ向かって伸びていくように。


この章は、そんな冬の時間の物語です。


大きな出来事が起こるわけではありません。

けれど、静かな場所で、人は少しずつ変わっていく。


もしよければ、そんな冬の空気を、ゆっくりと味わっていただければ嬉しいです。

「……ここね」


藤原さんが、細い山道を登りきったところで足を止めた。


隣町の外れ。

竹林が、風の中で静かに揺れている。


さらさら、と葉が触れ合う音がした。

まるで遠くで小さな楽器が鳴っているようだった。


その奥に、小さな木造の工房が佇んでいる。


はるか、こなつ、かえで、雪乃の四人は、先日のサロンで見た竹細工のランプの光を思い出しながら、その入口を見つめた。


「こんにちは。……藤原さん、お久しぶりです」


工房の奥から、一人の女性が現れた。


三十歳ほどだろうか。

作業着には竹の粉がついている。


だが何より印象に残るのは、その瞳だった。

深い泉の底のように澄んでいて、外の世界の騒がしさが届かない静けさを宿している。


「凜さん。急にごめんなさい。この子たちが、あなたの仕事を見たいって」


藤原が言うと、凜は小さく微笑んだ。


「……どうぞ。大したものはありませんが」



竹の奇跡


工房に入った瞬間、四人は足を止めた。


天井から、竹で作られた蝶がいくつも吊されている。


風に揺れるたび、薄い翅が光を透かし、空中で静かに羽ばたいているように見えた。


壁には桜の枝。

花弁の一枚一枚が、竹を極限まで薄く削って作られている。


「……これ、本当に竹なんですか」


はるかが思わずつぶやく。


「ええ」


凜は淡々と答えた。


「竹は、思っているより、いろんな姿になります」


かえでは蝶の編み目を見つめながら、先日の『クォ・ヴァディス』の議論を思い出していた。


規律と情熱。

その両方が、この細い線の中に閉じ込められているようだった。



雪の記憶


そのときだった。


雪乃が、工房の奥に掛けられた墨絵の前で立ち止まった。


風に揺れる竹林。

竹の葉に、静かに雪が積もっている。


墨の濃淡だけの絵なのに、雪の冷たさが伝わってくる。


「……雪乃?」


はるかが声をかける。


雪乃の瞳から、静かに涙が落ちていた。


「……母が」


小さく言う。


「母が好きだったんです。竹に雪が積もる景色」


少し間を置く。


「竹は、雪の重さに耐えても折れない。

春になれば、また空に向かって伸びる」


工房の中が、しんと静まり返った。


凜はゆっくりと墨絵を見上げた。


「……それは、私の母が描いた絵です」


雪乃が顔を上げる。


「母も、同じことを言っていました」


凜は穏やかに続けた。


「強さは、硬さではないって」


外の竹林で、風がまた鳴った。


さらさら、と葉が触れ合う音が、静かに工房へ流れ込んできた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


この章では「竹」という素材が登場しました。

雪に耐え、しなりながらも折れない竹の姿は、冬という季節を象徴するものの一つかもしれません。


竹林の静けさについて考えていると、私は時々、萩原朔太郎の詩を思い出します。


朔太郎の詩には、風の音や、夜の静けさ、そして言葉にしきれない感覚がよく描かれています。

それは決して派手なものではありませんが、読む人の心のどこかに、静かに残るものがあります。


この物語でも、できればそんな空気を描けたらと思いながら書いています。


大きな事件ではなく、

小さな音や、香りや、光の中で、何かが少しずつ変わっていく。


そんな物語を、もう少しだけ続けていけたらと思います。



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