手書きの約束
仕組みは、人を整える。
だが、ときに人をこぼす。
効率を選ぶたびに、
見えなくなる背中がある。
緑風園が設計したのは、
売れる道筋ではない。
置いていかないための、
もうひとつの入口だった。
有料会員制の導入を決めた翌朝。
はるかは、開店前の店先に立っていた。
昨日、「もう並べないんだよ」と言って帰ったお婆ちゃんの背中が、どうしても頭から離れない。
「はるかちゃん、早いね」
振り向くと、松五郎さんがゆっくり歩いてきた。
「昨日な、隣の婆さん、泣いてたよ」
胸がぎゅっと締めつけられる。
「俺たちはな、スマホなんて使えねえ。
この店が、そのうち“画面の中の人”の店になっちまうのかと思ってな」
はるかは一瞬、言葉を失った。
雪乃の設計図。
効率のいい未来。
でも、松五郎さんはそこにいない。
「……違います」
声は小さいが、はっきりしている。
「置いていきません」
松五郎さんは小さく笑った。
「そうか。それなら、いい」
その背中を見送りながら、はるかは決めた。
⸻
店に戻る。
「雪乃」
ノートを開く。
「サブスクの枠、半分はオンライン。でも、半分は店で受ける」
「……手書きで?」
「うん。店長が名前を書いて、約束するの」
こなつが眉を上げる。
「効率、落ちるよ?」
「うん。でも、それで守れる人がいるなら」
沈黙。
雪乃がゆっくり頷く。
「入口を二つにする、ということね」
かえでがぽつりと言う。
「画面から来る人と、扉から来る人」
はるかはショーケースを見つめた。
「たくさん売るやり方じゃなくて、
ちゃんと続くやり方にする」
店長が、穏やかに笑う。
「それなら、俺の出番はまだまだあるな」
その言葉で、空気が少し軽くなる。
「それと」
はるかは顔を上げる。
「五家宝と羊羹だけじゃ足りない。
土台、もっと厚くしよう」
こなつが笑う。
「探しに行く?」
「うん。歩いて見つける」
四人は、再び商店街へと踏み出した。
同じ商品でも、
入口が違えば景色は変わる。
画面の向こうから来る人も、
扉を開けて入る人も、
どちらも同じ「お客様」だ。
効率は大切だ。
だが、それだけでは続かない。
約束は、手で書くと少し重くなる。
その重さが、信頼になる。
緑風園は、速く進むことよりも、
一緒に歩くことを選んだ。
次に問われるのは――
この約束を、守り切れるかどうかである。




