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第二話:さくらの音色と、一坪のステージ

バイト二日目。

まだ何もわかっていないけれど、

とりあえず「暗いな」とは思いました。


経営学科にいるのに、

経営のことは正直よくわからない私です。


でも、雰囲気くらいは感じ取れる気がして。


今日は、ちょっとだけ動いてみます。


バイト二日目。

私は改めて、自分の職場を観察してみた。


(……暗い。とにかく、活気がない)


緑風園は、スーパーのレジのちょうど裏側にある。

買い物を終えた人たちは、重い袋を抱え、足早に出口へ向かう。

私たちの店は、その視線の「死角」に沈んでいた。


「店長、ここ、もっと前に出せたりしないんですか?」


「はは。場所を動かすのにも保証金や改装費がかかるんだよ。

今のうちにそんな余裕はないさ」


佐藤店長はそう言って、古いカセットデッキのスイッチを入れた。


『……サクラノ……オチャガ……タイヘン……オトクデス……』


伸びきったテープの声が、低くゆがんで流れる。

宣伝のはずなのに、どこか呪文のようだった。


その不気味なBGMの下で、季節商品の「桜茶」が静かに並んでいる。


隣の飲料コーナーでは、百円のペットボトルが山積みになり、次々とカゴに入っていく。


かたや、一坪の静寂。


(これじゃ、足は止まらない)


そのとき、ランドセルを背負った小学生がレジ前を通り過ぎた。

カバンの横に、一本のリコーダー。


(……あ)


私は店長に向き直る。


「店長。そのテープ、止めてもいいですか?」


「え? でも宣伝しないと……」


「代わりに、リコーダー吹いていいですか」


「リコーダー?」


「桜茶に合わせて、『さくらさくら』を吹きます。

今のよりは、たぶんいいと思います」


店長は半分あきれたように肩をすくめた。


私は一度アパートに戻り、棚の奥に眠っていたリコーダーを掴んで店へ走った。


経済学部の女子大生が、スーパーの隅でリコーダーを構える。


冷静に考えれば、少し変だ。

でも、あの伸びきったテープの声に耐えるよりはましだった。


スー、と息を吸う。


♪ さくら さくら ……


最初の数秒は、誰も気にしなかった。


それでも私は、吹き続けた。


スーパーのざわめきの中に、細い音がすっと混ざる。


一人、足がゆるむ。

もう一人、振り向く。


「……何の音?」

「お茶屋さん?」


重い袋を持った主婦が、初めて「緑風園」の看板に目を向けた。


(あ……)


教科書のどこかに、そんなことが書いてあった気がする。

まずは、存在を知ってもらうこと。


その日、売上は三袋だけ増えた。


三袋。

それでも、昨日までのゼロとは違う。


何より、通り過ぎるだけだった人が、初めてこちらを見た。


それだけで、十分だった。


一坪の凪に、ほんの小さな波が立った気がした。


読んでいただきありがとうございます。


はるかにとって、リコーダーはまだ実験というより、

ほとんど思いつきです。


けれど、「足が止まる」という現象は、

小さくても確かな変化でした。


次回、はるかはこの三袋をどう受け止めるのか。

まだ理論ではなく、感覚のまま進みます。


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