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ピーブー・メランコリー

一坪の店にも、時には思いがけない風が吹く。


数字を追い、再現性を問われ、

組織の論理に触れたその直後。


市場よりも難しいものがあるとすれば、

それはきっと、人の距離だ。


今回は、ほんの小さな緩和回です。

けれど、この一瞬の揺らぎもまた、

物語の中では無意味ではありません。


その日は、抜けるような青空だった。


緑風園の店頭で、はるかはいつものようにリコーダーを構えていた。

最近は少し上達し、バッハの小品なら、どうにか形になるようになってきている。


「ピヒョー、ドロー、パフー……」


まだ少し怪しい音色が、平和な商店街に流れる。


かえでが淡々とシャッターを切り、こなつが腕を組む。


「はるか、そこはもっと優しく! 情緒、情緒!」


その時だった。


音もなく、例の黒塗りのセダンが停まる。


空気が、わずかに変わる。


ドアが開き、完璧なスーツ姿の男が降り立った。


アイドルより整った顔立ち。

余計な表情が一切ないのに、なぜか目を奪われる。


一条常務だった。


後ろには秘書の冴島。

無駄のない動きでタブレットを抱えている。


「……常務?」


はるかが慌ててリコーダーを下ろす。


一条は視線をまっすぐリコーダーに向けた。


「……リコーダーか。懐かしい」


淡々とした声。


次の瞬間、はるかの手から、ひらりとそれを取り上げる。


「あ、あの、それ……」


制止は間に合わない。


一条は無駄のない所作で構え、吹き口に唇を当てた。


冴島の眉が、ほんの一瞬だけ動く。


こなつとかえでが息を呑む。


次の瞬間。


「ピーーーー、ブフッ、パッフォォーーー!!」


商店街に、盛大な不協和音が響き渡った。


通行人が一斉に振り向く。


沈黙。


一条はゆっくりとリコーダーを口から離す。


表情は変わらない。


「……楽器は、練習で改善できる」


間。


「市場の方が、よほど難しい」


完璧な理論への逃避。


冴島が静かに告げる。


「常務、高音域の安定性に課題が見受けられます」


「報告は不要だ」


低く整った声。


一条は乱れのない所作でリコーダーを返した。


指先が、一瞬だけ触れる。


「……続けろ」


それだけ言い、車へ戻る。


セダンが静かに去っていく。


残された沈黙。


はるかは、返されたリコーダーをじっと見つめたまま動かない。


こなつが顔を覗き込む。


「はるか?」


はるかは小さく呟いた。


「……使われちゃった」


「は?」


「……わたしの、なんだけど」


耳が赤い。


こなつがニヤッとする。


「そこ?」


「ち、違うって! そういう意味じゃなくて!」


でも顔は真っ赤だ。


かえでが、静かにシャッターを切る。


雪乃が小さく息をつく。


「恋と競争、混ざらないようにね」


はるかは何も言わず、リコーダーを握り直す。


鼓動は、まだ少し速い。


けれどそれが、

恥ずかしさなのか、

悔しさなのか、

それとも別の何かなのか。


まだ、分からなかった。


常務は完璧ではありません。

ただ、背負っているだけです。


楽器は練習すれば上達する。

市場は、そう簡単ではない。


それでも、ほんの一瞬だけ、

理屈では測れない空気が流れることがある。


この回はその“余白”でした。


ここから物語は再び、

スケーラビリティという現実に向かいます。


五家宝は量産できるのか。

情緒は保存できるのか。

責任は、どこまで合理で測れるのか。


よろしければ、今回の回についても

感想をお聞かせください。


・コミカル要素は多すぎませんか?

・常務の格は保てていますか?

・はるかの揺れは自然でしたか?


次は、少しだけ厳しい局面に入ります。


引き続き、緑風園を見守っていただければ嬉しいです。

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