残滓と再生
挑戦は、若い人のものだと思われがちです。
けれど、本当は――
失敗を知っている人がいるからこそ、挑戦は続きます。
今回は、一坪の店の奥で、静かに積もっていた時間の話です。
夕暮れ時。西日が差し込む店内で、店長は一人、棚の奥に仕舞い込まれた古い在庫を眺めていた。
かつての自分は、もっと傲慢だった。
「本物の器を並べれば、客は勝手に付いてくる」
そう豪語して本部に無理を通し、高級な茶道具を大量に仕入れた若い頃。
結果は、惨敗だった。
流行りに乗った紅茶も、こだわりすぎた菓子も、すべては時代の波に飲まれ、今は静かに埃を被っている。
(あの頃の私は、この店の声を聞いていなかった)
積み重なった損失を、自分の給料を削って少しずつ穴埋めしてきた日々。
「もう余計なことはしない。ただ、静かにこの場所を守ろう」
それが、才能のなさを自覚した男が出した、精一杯の責任の取り方だった。
しかし、その静寂を破ったのが、はるかだった。
「店長、リコーダーを吹いてもいいですか?」
突拍子もない提案から始まった、奇妙な日々。
店頭での試飲。
茶香炉の香り。
おじいさんの五家宝。
自分が「売れない」と諦めていた古い萩焼が、今、スマホの画面越しに「黄金の体験」として見つけ出されている。
(羨ましいな……)
店長は、カウンターでノートを広げるはるかと、冷静に数字を追う雪乃、撮影アングルを議論するこなつとかえでの背中を、眩しそうに見つめた。
彼女たちの無邪気な突破力。
自分がかつて持っていた、しかし折れてしまった「自信」という名の刃を、彼女たちは軽やかに振り回している。
悔しさは確かにあった。
だがそれ以上に、「この光を絶やしてはいけない」という思いが、冷え切っていた胸の奥に静かに火を灯していた。
数日前に現れた、一条常務の姿がよぎる。
あの男は、ただ業績を見に来たのではない。
この一坪の向こう側にある何かを、測りに来た。
店長は、店先でリコーダーを構えるはるかに歩み寄る。
「今日は、あのおじいさんの五家宝に、一番いい玉露を合わせようか。私が淹れるよ」
「えっ、いいんですか? 店長の淹れたお茶、やっぱり一番好きです」
はるかが笑う。
店長は返事の代わりに、そっと湯を注いだ。
立ち上る湯気の向こうで、はるかは真剣な顔で息を整えている。
この子が、自分の力で守れるようになるまで。
それまでは、茶を淹れるだけだ。
今日の一杯を、ちゃんと。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この回では、大きな事件は起きていません。
けれど、過去と現在が、少しだけ向き合いました。
失敗は消えません。
在庫も、損失も、記憶も残ります。
それでも、もう一度湯を沸かすことはできる。
もしよければ、
・店長の過去をどう感じましたか?
・「守る」という言葉は、逃げだと思いますか?
・あなたが守りたいものは何ですか?
感想で教えていただけると嬉しいです。
物語は、まだ静かに動いています。




