第12話:ヴィヴァルディの来襲
十袋を売り切ったあの日から、緑風園の空気は少しだけ変わりました
十袋完売。
数字にすればわずかな変化かもしれません。
けれど、止まりかけていた時間が、確かに動いた瞬間でした。
そして商売は、ひとつうまくいくと、次の一手を欲します。
もっと広げたい。
もっと多くの人に届けたい。
一坪の春は、今、夏の風に吹かれようとしています。
今回は少しだけ、浮かれます。
でも、その風がどこへ向かうのかは、まだ誰も知りません。
放課後、私は「最強の助っ人」たちを連れて緑風園へ向かった。
こなつ、かえで、そして珍しく顔を出してくれた雪乃。
四人が揃って歩くのは、なんだか高校の放課後にタイムスリップしたみたいで、少しだけ無敵な気分になる。
「店長、こんにちは! 友達を連れてきました!」
カウンターで茶葉を量っていた店長が顔を上げた。
「おや、はるかちゃん。今日はずいぶんと賑やかだね」
「紹介します。私の親友たちです。私たちは昔から、名前が春夏秋冬にちなんでるからって、先生から“ヴィヴァルディの四姉妹”って呼ばれてて」
「ヴィヴァルディ?」
店長が首を傾げた瞬間、こなつがニヤリと笑って、小学校の音楽の時間に習ったあの有名なメロディを口ずさんだ。
「パッパ、パッパ、パッパッパッ、パッパ、パッパ、パッパッパッ……♪」
「ああ、あれね! あの“春”の曲か」
店長が手を打って笑う。
「春のはるか、夏のこなつ、秋のかえで、そして冬の雪乃です。今日は冬も無事に捕獲成功しました」
「無理やりじゃないわ。糖分補給よ」
雪乃は無表情のままそう言って、店長に丁寧に一礼した。
こなつが一歩前に出る。
「店長、早速ですけど。五家宝、もっと広めましょう。インスタ、やりません?」
「いんすた……? あの、若者が写真を載せるやつかい?」
不安げな店長をよそに、こなつとかえでが素早く動き出す。
倉庫に眠っていた茶香炉を引っ張り出し、埃を払い、火を灯す。
かえでは愛用のカメラを構え、西日が差し込む一番いい角度を探し始めた。
「店長、そのままで。お茶、ゆっくり注いでください」
カシャッ、と軽やかなシャッター音が響く。
スマホの画面に映し出されたのは、夕陽に照らされて黄金色に輝く五家宝と、そこから立ち上る茶香炉の煙。そして、お茶を淹れる店長の、少し節くれだった“手”だった。
「……これ、うちの店かい?」
店長が画面を覗き込み、驚いたように目を細める。
「なんだか、ずいぶん立派に見えるなぁ」
「元から立派なんです。見せてなかっただけ」
こなつが手際よくアカウントを作り、最初の一枚を投稿した。
――五分だけ、世界を止めに来ませんか。
最初の“いいね”は、私たち四人。
二つ目は、知らない誰か。
三つ目も、知らない誰か。
それから数日。
「あの……インスタを見て来たんですけど」
これまで、スーパーのついでに寄る常連さんばかりだった一坪の店に、スマホを片手にした大学生や、おしゃれな服を着た若い女性がチラホラと姿を見せるようになった。
「写真、撮ってもいいですか?」
五家宝を手に、茶香炉の煙を背景にポーズを取る。
「店長、新しいお客様ですよ」
私が耳打ちすると、店長は慣れない手つきで「いらっしゃいませ」と言った。その声は、少しだけ弾んでいる。
棚の前で立ち止まる人が増える。
フォロワーは、三日で42人。
たった42人。
でも、私たちは浮かれていた。
「いけるかもしれないね」
店長がぽつりと呟く。
そのとき、雪乃がスマホの画面を一瞥して、静かに言った。
「フォロワーが増えても、売上との相関が取れなきゃ意味はないわよ」
「……え?」
「数字が動いたら、教えて」
無表情のままそう言って、彼女はガトーショコラをもう一口かじった。
でもその声は、冷たいというより、どこか慎重だった。
私は一瞬だけ息を止めたあと、笑った。
「大丈夫。今度は、ちゃんと数字も動かすから」
一坪の店に、夏の風が吹き込む。
まだ小さな風。
でも、確かに何かが動き始めていた。
第二章が本格的に動き始めました。
ヴィヴァルディ四姉妹、勢ぞろいです。
春は動き出し、
夏が火をつけ、
秋が整え、
冬が静かに釘を刺す。
今回は成功の手触りを描きました。
フォロワー42人。
小さな数字ですが、はるかにとっては大きな一歩です。
ただし、雪乃の言葉の通り、
フォロワー数と売上は同義ではありません。
「世界観」と「利益率」。
この二つは、必ずどこかで衝突します。
次回、その風向きが少し変わります。
もしよろしければ、
・四姉妹の中で一番気になるのは誰か
・インスタ展開はアリだと思うか
・雪乃は厳しすぎるかどうか
感想で教えていただけると嬉しいです。
一坪の挑戦は、まだ始まったばかりです。




