第二十七話
ココットは挑発的に笑って見下ろしている。その顔には、かつての柔和な面影はなかった。
「おぉ、おぉ! 成功した!」
昏倒していたはずの教皇が顔を上げて、ココットに向けて手を伸ばしていた。彼女はそれに向かって冷たい視線を投げつける。
「……ちっ」
ココットは舌打ちをすると、また大きく風を巻き起こした。
野太い悲鳴が聞こえる。教会の人間たちが次々に切り裂かれていく。
「下がれサリア!」
ロイスとリオが前に出て、風の刃を剣で受け止めた。二人の体に細かい傷ができ、血が飛んだ。
彼らの構える剣が幾重もの金属音を鳴らす。
本当にココットは化物になってしまった。彼らの傷つく姿を見て、確信した。
「サリア、泣いてる?」
傍らのマイに言われて、気がついた。自分が涙を流していたことを。
泣いている場合ではないとわかっているのに。
サリアは涙を拭い、杖を持ち直す。地面に杖の底を深く突き刺した。
「『ウォール』!」
風の刃を受け止めるように前面に展開する。
ロイスとリオを斬り刻んでいたそれは、サリアの防御魔法に弾かれた。
「……ありがとう」
リオの言葉に「こちらこそ」と返した。
「サリア……もうあれは、ココットじゃない」
剣を構えたまま言うロイス。
「街のために倒すしかない……!」
その彼は、歯をきつく噛んでいた。
いつも感情を優先させていたロイスが、選択をしている。その提案をサリアが断れるわけがなかった。
杖を握り、防御壁を維持しながら頷く。
見据えるは、化物となったココットだった。
ココットは羽の生えた腕で口を覆うようにくすくすと笑っている。その表情はまるでサルでも見ているかのように侮蔑が混じっていた。
「人間風情が抗うのねぇ? 楽に殺してあげたのにぃ」
「は! お前もちょっと前までは人間だったくせにこの駄肉!」
リオの暴言に、彼女は明らかに不愉快そうに眉をひそめた。大きくため息をつき、羽を広げる。
ココットは飛び上がった。その反動で、女神像は完全に崩れた。
鋭い足の爪がこちらに向かってくる。
「くっ!」
ぶつかった衝撃で、防御壁にヒビが入る。サリアの身体が後方に少し押される。しかし、それでも耐えた。
「やっすい挑発に乗ってる時点で──」
「──まだまだだね!」
リオとロイスが同時に剣を振る。
リオは右羽を、ロイスは左羽を落とすように。
羽根が飛ぶ。血が飛ぶ。絶叫が飛ぶ。
トドメと言わんばかりにマイが飛び上がって、ココットの首にナイフを突きつけた。
「……人間風情が……抵抗するなぁ!!」
突風。そう言うしかない風が巻き起こる。
マイが飛ばされ、リオが飛ばされ、ロイスが飛ばされる。
サリアだけ耐えているのは、完全に防御壁のおかげだ。展開している間は動かないという特性上、体は固定される。
それでも、足が浮きかけて、気を抜けば意識まで持っていかれそうだ。
「そうか、“お前が中心だな”?」
感情の消えた声で、ココットがそう言い放つ。
「お前を殺せば、私も晴れて自由になるんだな?」
そのセリフの意味を、サリアは理解できなかった。しかし、直感的に分かる。
自分は殺されてはダメだと。
「『風よ、巻きおこれ』」
杖を中心に、サリアは風魔法を起こす。ココットの風とぶつかり、相殺する。
「バカが! 私に風で勝てると思うか!?」
ココットの風がさらに強くなり、足が押され始める。防御壁に穴が空き、サリアの頬を浅く裂いた。
正直な話、何故自分がこんなにも意地になって立っているのか分からなかった。
街のためではない。正義なんてない。
ココットの怒りに歪む顔を見て、「あぁ……」と呟く。
自分は自分のために立っているんだと。
「風魔法で勝てると思ってないよ」
杖にヒビが入っていく。どうやら、前にリオに傷つけられたところからガタが来ているようだ。
「だって私は凡庸だもん」
折れていく杖を見ながら、自嘲気味に言った。
そう、いつだってサリアはありきたりだ。だからこそ、置いて行かれないようにロイスにへばりついた。
前世の記憶をが蘇った後でも、凡庸の自分を自覚したくなくて距離を置いた。
本当はここに立っていていい存在では一番ない。
「私はどこまでいっても、ただの女の子だから」
杖が折れる。その割れ目から炎が噴き出した。
「でもさ、凡庸でも凡庸なりに戦い方がある!」
風が炎を巻き取り、サリアとココットを包み込む。
限界を越えた温度に二人は焼かれる。
サリアの髪は焼け、肌が焼けた。しかし、それ以上にココットの羽は燃え移りやすいだろう。
その証拠に、彼女の絶叫が響き渡る。
風だけなら確実に押されていた。しかし、サリアはロイスやほかのみんなに並び立とうと、魔法は全属性使えるように研鑽していた。
「ココット、私を見くびるな!」
業火が視界を覆い、そこで記憶が途切れた。




