第二十六話
日が沈みかけた教会内。ココットは、水浴び場に裸で立っていた。
太ももまでの水面は、彼女が動く度に波打っている。
静寂に包まれている中、水の音だけが響き渡っていた。
体の曲線美は、見る人が見たら唸りそうなほど綺麗だ。白い肌はライトの光を柔らかく反射している。
水を手で掬って肩にかける。肌を伝わる水の感覚に、ココットは熱を含んだ吐息を漏らした。
ゆっくりと自分を清めると、そのまま地面へ上がる。用意されたバスタオルを持ち、体の隅々まで丁寧に拭く。
「お清めはお済みですか?」
待機していた遣いのシスターが、白い礼服を持って現れた。
「えぇ、大丈夫です」
「……ココット様」
「なんですか?」
シスターはどこか言って良いのか悩んだ挙句、肩を落とした。首を振り、何でもありませんと答えた。
彼女の補助を受けながら、ココットは礼服に袖を通していく。胸のきつさに少し唸ったところで、リオに「駄肉」って言われたことを思い出した。
あの騒がしい日々、腹に立つことも多かったけども楽しかったと思う。特にサリアが一歩引き始めてから色々と動き出した。
これからだったのになと、彼女は小さく息を漏らす。
礼服を着終えると、シスターの案内に従って礼拝堂外の中庭へと向かう。
女神の彫刻が見守る下、魔法陣の上に討伐されたグリフィンが置かれていた。教会の人間たちが、その周りを囲むようにして立っている。
白い布を顔につけた人間たち。彼らの表情は一切見えない。ただ一心に何かを唱えていた。
「おお、ココットよ」
教皇がこちらに近寄って、ハグをしてきた。彼女はゆっくりとハグをし返す。
「私は今日の日を本当に待ちわびたぞ。女神も喜んでおられる」
その教皇の言葉に、ココットは吐き気を飲み込んだ。笑顔を作り、私もですって返す。
「どうやらこの世界に憂いはないな? 最後の三年はお前の願いを聞いて外の世界を見せてやったんだから」
「えぇ、教皇様大丈夫です。私の心の準備はとうにできています」
できてなどいない。その言葉を胸の奥深くにしまった。
彼には逆らってはダメだ。逆らえば、もっと酷いことが起きる。
ココットはゆっくりとグリフィンのほうへと歩み寄った。手前で立ち止まり、膝をつく。祈るように両手を絡め合って胸の前へと持ってくる。
後ろから白い布を顔に被された。視界が塞がれる中、意識だけははっきりと現実に寄せられる。
「長年、人間は魔物に苦しまさられた!」
教皇の声が聞こえる。
「幾度の失敗を重ね! 今、やっと魔物と人間をつなぐことができる!」
その声に、ココットは涙が流れてくる。白い布はココットの涙を吸って濡れたが、きっと誰も気が付かないだろう。
「ココットは人間の象徴、“天使”へと成るのだ!」
そんなものに成りたくない。その本音は、ココットの喉の奥へと仕舞われた。
周囲の呪文の声が大きくなる。自分の身体が熱く反応している。
何か体から吸われているような感覚を受けた。
ココットは抗うことができず、そのまま倒れ込む。視界が白から黒へと変わっていく。
「変わりたく……ない」
その掠れた声は、誰にも届かなかった。
「お前ら、どこから入ってき──」
教皇の声が止まった。周囲の人間たちの呪文の声が止まった。その変化は、ココットには届かなかった。
※※※※※※※※※※
乗り込んだ先に、教会がおかしな儀式をやっていた。四人は教会の人間たちを昏倒させながら制圧していった。
夜の闇に紛れての奇襲と結界だよりにしていたおかげが、制圧は迅速に済んだ。
「ココット!」
倒れる彼女のそばに近寄る。そして、気がついた。
──グリフィンの姿が消えている。
倒れる彼女の肩を揺らすが、反応はない。
「サリア、ココットを運ぼう! 治安部が集まってきたら厄介だ!」
「わ、分かった!」
ロイスの指示に従って抱え起こそうとした時だった。ココットの身体が光りに包まれて宙へと浮いた。
突風が起こった。思わず飛ばされそうになり、地面に踏ん張って耐える。顔を腕で反射的に覆う。
しばらくして、風は止んだ。
「はぁーとてもいい気分ねぇ」
聞こえたのは、ココットの声だ。しかしどこか歪んでいておかしい。
脳が彼女の声を聞くのを拒んでいる。
声のしたほうを見ると、女神像の上に彼女は立っていた。
腕は大鷲の翅に変わっていた。体は毛が覆い、顔の半分まで侵食している。
毛根類のように尖った爪の持った足は、女神像の首をもいだ。地面に落ちたそれは、呆気なく砕け散る。
「ココット……なの?」
尋ねると彼女はこっちを見つめた。黄色い瞳は、獲物を見定めるように光ってる。
「ええそうよぉ?」
その艶やかに挑発する表情は、人間味が見えなかった。
彼女が腕を広げると、突風が巻き起こる。
「サリア!」
飛ばされるサリアの体を、マイが受け止めてくれた。
霞む視界の中で見えるココットの姿に、前世のときに漫画で見たハーピーという怪物の姿を想起する。




