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第二十五話

「突拍子もない考えだとは自分でも分かってる」


 サリアは前置きを置いたうえで続ける。


「もしかしたら、教会は人間を魔物にしてるんじゃないのかな?」


 その考えに三人は黙る。それから、最初に口を開いたのは、リオだ。


「ま、その考えになるのは普通じゃない?」

「状況が物語ってるしな」


 ロイスが続けて言う。


「そもそも、教会はリオの父を回収したんだろ? それが街中で暴れてる時点で察しの事実だよ」


 彼が皆の言葉を代弁するようにそう続ける。


「でも、皆には言えない」


 静かにそういったのはマイだった。


 そうこの事実を世間どころかギルドにも言えない。

 人間を魔物に教会が変えている。こんな恐ろしい事実が知れ渡ったら混乱どころではない。

 もっと厳しいことを言えば、虚言で人民を惑わせたということで十字架にかけられるかもしれない。


 だから、どうしようもない。世界の正義は教会にある。

 普通ならサリアはそう決断を下す。しかし、それは身近な人間に危険が及ばない限りの話だ。


「それで、本題はなんだい?」


 ロイスが続きを促してくる。


「そんなこと程度では、“君は嫌悪したとしても悩みはないだろ”?」


 彼の言う通りだ。嫌悪はする。しかし、距離を取るだけ。それだけで完結する。


 声に出そうとして、出なかった。やはり言っていいものか、己の心が無意識に止めたからだ。


「ココットが怪物になるかもしれない」


 そんなサリアの代わりに、マイが口にする。


 一瞬の沈黙が部屋を包み込む。誰かの息遣いだけが聞こえてきた。


 一体何秒経っただろうか。立ち上がり詰め寄ってきたのはリオだった。


「どういうことそれ?」


 静かな声だ。しかし、かすかに震えているのは、驚きと怒りを内包しているからだろう。


「本当かどうかは分からないよ。でも、ココットが“天使”になるって。ずっと決められたことのように語ってたから」

「“天使”になるか……。どちらにしても嫌な響きだな」


 その言葉で連想させるのは、昇華や死。人間ではない何かへの変貌。

 脳裏を過ぎるのは、昨日の夜に出会った血を欲する怪物の姿。


「……それ、ココットは望んでいるの?」


 リオの静かな問いに、首を縦にも横にも振れなかった。


「望んでないと思う……。少なくとも、声は震えてた」


 そりゃそうだ。自分のことをモノのように扱われ、生贄のように消費されるのは誰だって怖い。しかし、それでも彼女は自分の本音を隠していた。


 きっとそれは、ココットなりの気遣いだ。これ以上踏み込ませないための。

 しかし──しかしだ。そんなことされて、サリアは黙っていられるほど大人ではない。そのことに今気がついた。


「サリア、それがもし本当のことなら私はココットを助けるよ?」


 リオの言葉が、まるで自分の言葉のように聞こえた。


「僕もリオの言葉に賛成だな」


 次々賛成していくのを見て、サリアの心拍が落ち着いて来ているのを感じる。

 マイがサリアの手の上に自分の手を重ねた。


「うん、確認に行こう」


 自然と言葉が出ていた。


「思い過ごしたらそれでいい。見に行って、大丈夫そうならそれで」


 その言葉は自分に言い聞かせるようなものであった。


 教会に楯突くなんて正気の沙汰ではない。リスクを取るなら、無視するのが一番だ。

 しかし、サリアの心はそれでは納得できないと言っていたから。


「でも、教会にどうやって入るかが問題よね?」


 リオの疑問は最もである。


 第一に教会は侵入者対策用の結界が張られている。触れれば通報がいく。小鳥などの小動物の情報まで、事細かく通知される。

 バレずに入ると言うのはほぼ不可能である。


「でも、サリアは魔法の研究してたよね? ほら、気づかれないように動くことができる魔法とか」

「う、うん……して…………た」


 真っすぐロイスに見つめられて、気まずくなって視線をそらす。


 足音や気配を消す魔法全般はかなりの高精度で編み出すことができた。多分、どんな結界にも引っかからない自信はある。

 ただ、音や気配を消すだけであって、姿を消すことはできない。見られれば、一発でバレる。

 だから侵入はできても、警備とかには依然として気をつけなくてはならない。


「すごいじゃん! ……でも、なんでそんな変生放送を作ってたの?」


 リオの言葉に、さらに視線をそらす。もう後ろ側の壁が見えるほどに。


「……関係ないじゃん? ほら、ちょうど私が編み出してたしさ」

「誤魔化したね」

「誤魔化したわね」


 ジーッと三人は見つめてくる。のどの奥がきゅうと鳴る。


 とてもじゃないが、言えるわけがなかった。ロイスを夜這いするために気配が気づかれないように編み出した色々な魔法の一つだということを。

 ここから先も、きっとサリアは言わないしその業を背負っていくことになるのだろう。


 もし今部屋に一人なら、枕に顔を埋めてバタバタと足で布団を叩いているところだった。

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