第二十四話
気がついたら、サリアは人垣を掻き分けていた。
マイの引き戻そうとする手を振り払って、ただ前に進む。
ココットは教会の人間たちとともに、言ってしまう。彼らの後ろには、冒険者たちがグリフィンを運んでいる。
自分がほかの人を引き留めようとするなんてらしくないと思う。しかし、今ここで彼女を逃したら、もう二度と会えないと思ってしまったのだ。
サリアは自制の声を無視して、足を進めていた。
「ココット!」
声をかけると、彼女は立ち止まった。
教会の治安部が、間に入ってサリアを止めようとしてくる。腕を掴まれたところで──
「私のお友達です」
その言葉に、彼らは引き下がっていった。
ココットが前に立っている。群衆の熱狂が遠くになった気がした。
「久しぶりねぇ、サリアさん」
「ココット、なんで教会と一緒に?」
「なんでって、私は元々“天使”として選ばれた人間なのよぉ?」
「……てん……し?」
聞き返すと彼女は困ったように笑っていた。
「そう、天使。人間の次元を破り、みんなを纏める役目。時期が来たのよ」
その淡々とした声色に、どこか恐ろしいものを感じた。しかし、次の瞬間、彼女の呼吸が微かに震えているのに気がついた。
頭の中で思い起こさせるのは、昨日のリオの父のこと。そして、人間の次元を破るというココットの言葉。
ありえない。でも、状況が否定してくれない。
そう確信したとき、サリアは一つの答えを口にしていた。
「ココットは……“魔物になるつもり”?」
彼女は驚いたように目を見開いた。それから唇に人差し指を添える。
「さぁ、どうかしら?」
それだけ言うと、彼女は振り返って歩いていった。ただ見つめるサリアの耳に、群衆の熱気が戻ってくる。
しかし、彼女は置いていかれたように孤独感にさいなまれていた。
※※※※※※※※※※
真実は分からない。サリアの予感でしかない。
しかし、何故かココットの顔と声が離れない。
サリアは重い足を引きずって、宿屋に帰ってきた。終始マイが心配そうにしていたが、相手をする気力はなかった。
いつもの入口のドアノブに手をかける。木でできたはずの扉が、どこか重たく感じられた。
「おかえり、サリア」
「おかえり」
中に入るとロイスとリオの声が聞こえた。頬を撫でる温かな空気に、思わず顔を上げた。
ただいまって言いかけて言葉が詰まる。
「どうしたのよ? 犬のフンでも踏んだような顔をして」
リオの表面上の軽口が戻ってきている。昨日のことは彼女なりに飲み込んだんだろう。
「なんでもない。ちょっと疲れただけ」
だからこそ、心配かけまいと取り繕った。ぎこちない笑顔を見せて、階段に向かう。
「ちょっとだけ休むね。マイもロイスたちと一緒にいて」
「でも……分かった」
彼女の返事を聞いて、頭を撫でた。そのまま足を進める。
「待て、サリア」
その動きを、ロイスが腕をつかんで制した。
驚いて振り返ると、彼は真剣な表情で見つめている。
「サリアが今何を考えているか、正直僕には分からない」
「……何? 今さら、鈍感なのを自覚した?」
茶化すように言ってから、誤魔化すように笑みを作った。
しかし、彼の無表情に掻き消される。
「でも、これだけは分かる。“今のサリアを放っておいたら壊れる”だろ?」
言われ、心の奥が締まるように圧迫された。どこから来るかもわからない苦しさに、思わず胸を抑える。右手に力を入れて、服を握った。
大きく息を吐いて、笑顔を作る。
「大丈夫だよ」
しかし、彼は放してくれない。
「誤魔化すな」
「誤魔化してなんか──」
「誤魔化すな!」
怒鳴られ、ビクリと肩が跳ね上がる。周囲の人間たちのざわめきが遠のき、視線がこっちに集まる。
マイもロイスに続くように、サリアの服を掴んだ。無言で見つめる彼女の瞳は、少しだけ揺れていた。
「で、何があったの?」
トドメというかのようにリオが尋ねてきた。
言って良いものか悩み、見回し、口を固く閉ざす。頭を俯かせる。
「なぁ、サリアにとって僕たちは“そんなに信用できないか”?」
「……ちがっ!」
否定しようと顔を上げた。しかし、完全に否定できなくなって、言葉が止まる。
視線が泳ぐ、呼吸が浅くなる。言葉にしようと思っても、詰まってしまう。
「皆の問題を一人で引き受けちゃうのは、サリアの悪い癖」
マイに言われて、頭の中がスッと晴れていくような気がした。
そうだ。自分は住みよくしたいがために、皆の問題を抱え込もうとしていた。そうするのが自分の役目だと“いつの間にか思っていた”。
自分は有能じゃない。それが分かっていながら。
大きく息を吸って、吐く。
「私の部屋に来て、話したいことがある」
静かに宣言した言葉に、三人はそれぞれで頷いた。




