第二十話
ココットが姿を消してから数日。パーティー内で気になる雰囲気を出してはいるものの、それでも時間は動いていた。
稼がなければ生きていくことはできない。だから、サリアは今日も掲示板前で唸っている。
正直な話、回復役が消えるのは辛い。無茶な依頼は根こそぎ請けられなくなった。市販の回復薬でなんとか繋いではいるが、それも積み重なれば懐を痛めてくる。
だからといって、薬草採取のような地味なものを請けられるかと言えば答えはノーである。
理由は簡単で、“サリアたちのパーティーはAランクだからだ”。簡単な依頼は、弱いパーティーに回すのが暗黙の了解だった。
「サリアさん〜困ってますか〜?」
そんなときに声をかけてきたのは、いつものギルド受付の人だった。
のほほんとした声質とは他に、どこか真剣さが混じっているのは気のせいだろうか。
「困ってるっていうか、請ける幅がへっちゃったっていうか」
「じゃあ、新しいヒーラーの方を紹介しましょうか〜?」
「それはパス。まだ、ココットが抜けたわけじゃないから」
彼女はそれだけを聞くと、「そうですか〜」と受け答えていた。
それから脇に挟んであるファイルを開いて、一枚の紙を取り出す。
「これ、本当は討伐隊のかたが帰ったら貼り出そうと思っていたんですが、もうそうも言ってられなくなってきたので〜」
彼女が見せたのは、依頼が書かれた紙である。受領に必要なランクはA以上。依頼範囲は街の中。そして、依頼内容は──
「──ミイラ死体の調査?」
「簡単に言うとね」
リオが依頼の紙を見て、訝しげに眉をひそめる。
「街の中の犯罪なら、教会の治安部の役目じゃないの?」
「……ただの犯罪ならね」
「血抜きしたいは、魔物のせい」
サリアの言葉を、代わりにマイが続けた。
マイの言うとおりで、血をすべて抜く技術など今の人間にはない。そして、もしそんな魔法が存在すれば、即刻禁術指定されている。
しかし、血を好む魔物はいる。その魔物は、ブラッドフォックスやブラッドバードなど名前に“ブラッド”という文字が付く。
その魔物に捕まったものは、ミイラ死体──まさに今街で起きている死体のようになる。
「ちょ、ちょちょちょ。ちょっと待って? つまり、街の中に魔物がいるってこと?」
マイの指摘ももっともだ。
第一前提として、“街は教会の加護があるから魔物は発生しない”。第二前提として、“外から入ってくる前に冒険者たちが駆除する”。
この二つの状態が保たれているから、各地に人間の住む場所がある。辺境の村でさえ、小さな加護で守られている。
どちらかが崩れると待っているのは、リオの故郷のような状態になる。周辺の街から討伐隊が組まれるほどの大事件に。
ここで出てくる結論は、“これからこの街は壊れていくのか”。それとも、“何かが関わっていて、隠蔽されているのか”。
どちらにしても不穏極まりなかった。
「取り敢えず、現状動けるのは私たちだけらしい」
正直な話、サリアはこの話を受けたくはなかった。胸騒ぎがするから。しかし、気がついたら否定する機会がなくなっていた。
ギルドが本気で困っている。他に回せる人材がいない。今すぐ解決しないと、何か悪影響をもたらしてくる。
すべてが重なり合って、サリアが受けざるを得ない状態になっていた。
「で、ロイスはどう思う?」
静かに聞いていたパーティーリーダーに尋ねる。彼は腕を組んで難しい顔をしていた。
しかし、すぐに顔を上げると即答する。
「請けよう。このままじゃ皆が安心して暮らせないだろ?」
その返答を聞いて、サリアはロイスならそう言うと思ったと深いため息をついた。
※※※※※※※※※※
事件の前兆は、実は半月前から静かに起こっていた。時々、人間が行方不明になっていたのだ。
しかし、被害者の関係者が治安部に相談しても、今調査中という答えしか返ってこなかった。
静かな崩れは、大きな結果としてやってきた。
大量に見つかった血抜き死体。そのどれもが、行方不明者と一致していた。
屋根の上に登っていたマイが、サリアの目の前に降りる。現場は教会によって封鎖されていたので、彼女からこっそり見てきてもらっていたのだ。
「何か分かった?」
マイは静かに首を横に振る。
「死体は片付けられた後。痕跡もかき消されてた」
「ますます足を踏み入れたくなったよ……」
少なくとも、教会は何かを隠している。そして、その隠しているものを暴こうとするのは、良い顔をしないだろう。
今も封鎖している道の前で立ち止まっていると、見張りの人間が睨みをきかせてくる。
あまりここにいると怒られそうなので、サリアたちは別の場所に移動することにした。
はっきり言って収穫なし、別で動いているロイスとリオのほうに何かあればいいけどと、サリアは小さく唸る。
「姉ちゃんたち」
そんな彼女の背中に、幼い男の子の声がかかるのだった。




