第十八話
階下に降りると、いつもの光景が目にはいる。
木で造られた談話室の上座には、ロイスが座っていた。その隣に少し距離を開けて腰掛けているのは、ココットだ。彼女はくつろぐように何かを飲んでいる。
「おはよう」
まずサリアが挨拶した。それに続けてリオ、マイと挨拶をする。
「おはよう、皆」
ロイスが笑顔で挨拶を返す。
サリアがロイスの向かいに座るとその近くにリオは座る。マイはサリアの膝の上に座ってきて、思わず苦笑した。
「……どうやら解決したようだね?」
ロイスの言葉の間が少し空いた。リオとサリアを見比べて、曖昧な笑顔を見せている。
「うん、おかげさまで」
答えたのはリオだった。
「あらあら、今日は三人一緒に起床してくるなんて珍しいわねぇ? その間、私が独占するわよぉ?」
何か物足りないと感じたのか、ココットが挑発するように言った。しかし、リオは眉一つ動かさない。
「したければしたらいいんじゃない? 別にロイスは誰のものでもないしさ」
「……あらぁ?」
訝しげな顔でサリアをココットが見つめてくる。なんだか説明を求められているようで、いてもたってもいられなくなって視線を外した。
ロイスだけは相変わらず何の話か分かっていないようだった。
※※※※※※※※※※
今日は取り敢えず依頼を受けようと、ギルドにやってきた。大規模な討伐隊が出発してしまったせいか、いつもより人手が少ない。
受付の人たちは、少し退屈気味に肩を回している。それでも背筋を伸ばして実務をしているあたり、真面目に仕事をしているようだ。
冒険者たちがいない今、掲示板に貼られている依頼の量は増えている。主に、魔物討伐など命にかかわるものなどが、多く散見された。
「決まった〜?」
どれにしようか悩んでいると、リオが後ろから肩に手を回して方に顎を乗せてくる。
「……重いんだけど」
「あ、ひっどーい!」
クスクスと笑う彼女の姿は、昨日までとはまるで別人だ。
「ロイスは良いの?」
「んー……。今もロイスが好きって気持ちは変わらないけど、サリアの近くのほうが安心するし」
「私はもう日に日に疲れてきてるよ……」
肩を落として言うと、彼女は唇を尖らしながら「それってどういう意味?」と言ってきた。
取り敢えず、彼女の問いには答えないでおこう。
そんな中、建物のドアが慌ただしく開いた。
肩で息をする男性は、リオの父である。
入ってきた父を見つけて、リオはことさらに嫌そうな顔をした。それでも顔を背けずに、サリアから離れた。
「行ってくる」
「分かった」
それだけ言うと、彼女は近づいていく。
「リオ、大丈夫?」
いつの間にか近くに寄っていたマイが、心配そうに彼女のことをみている。サリアは大丈夫だよと、小さく笑いながら言った。
聞こえてくるのは、父親のほうの怒号ばかり。リオの方は冷静にただ淡々と話しているようだ。「魔物にすべてやられた」だの「お前が頼りだ」だの「育ててもらった恩を返せ」だのをまくし立ててるだけ。
サリアからしたら、しょーもなと愚痴をこぼしたくなる。
彼はいつの間にかマイの肩を掴んで揺らしていた。しかし、やがて膝をついてそのままうなだれる。
興味なさげに振り返ると、彼女はこちらのほうに歩いてきた。
「どうだったの?」
「縁切るって言ってやったわ」
「これまた大胆なことしたね……」
リオは清々しい気持ちで笑っている。腰に手を当てて、とても誇らしげに胸を張っていた。
良い方に転がって良かった。サリアは本当にそう思う。
そんな時だった。大勢の人間が一気に入ってきた。
それは白いスータンにズケット帽を被った男たちだ。
教会だ。ギルド内の誰かがそう呟く。それを合図に、建物内が一斉に静まり返った。
教会の人間たちは、膝をついているリオの父親を囲い込む。
「貴様に逃亡と民を見捨てた嫌疑がかかっている。ちょっと来てもらおうか?」
腕を掴まれて、リオの父は引きずられていく。泣き叫び、命を乞うが、誰も見向きもしない。
「ちょっと──」
前に出ようとしたリオを、サリアは手で制した。驚く顔をする彼女に無言で首を振る。
彼女は下唇を噛んでいたが、素直に引き下がった。
教会は正義を執行する。教会はすべてを許される。教会の言うことは絶対。
その暗黙の了解は世界を蝕み、いつしか誰も楯突くことはなくなった。
「相変わらずだわぁ」
いつの間にかココットも近くに来ていた。他人事のように言う彼女は、目を細めたまま困り顔をしている。頬に右手を添えて、大きくため息をついていた。
「本当に反吐が出る連中」
彼女の言い方は、どこか棘があるようで諦観しているようだった。
しばらくすると、ギルド内の騒がしさは戻ってくる。そこで遅れて近づいてきたのはロイスだった。
「新しい依頼は決まった?」
そのなんとも見当外れな言葉に、サリアはため息をついてしまう。
マイは無言でスネを蹴飛ばし、リオは無言で腹を殴っていた。
「いた!? なんで!?」
理不尽な暴力にも見えたが、サリアはあえて何も言わなかった。




