第十六話
リオは最初は何不自由なく過ごしていたと語った。
町貴族の次女として生まれる。姉のように期待もされず、妹のように四六時中守られる人間ではなかったらしい。
しかし、彼女にとってそれは自由で心地よかった。
「正直、両親からあまり見向きもされないのって、中には可哀想だと言う人はいるけど、私にとってはちょうど良かったわ」
「……だろうね」
サリアが率直な感想を漏らせば、ジロリと睨まれる。
口が悪すぎたなと、思わず口を手でふさいだ。
「フン、まぁそうね。私に縛られる生き方は似合ってないわよ」
まぁ、貴族としてのプライドの高さは滲み出てたけども。また口に出したら殴られそうなので、そっと心の中でしまった。
「でもさ、私は自由に生かされてたんじゃないっていうのがわかって逃げたの」
「……何があったの?」
「結婚、許嫁。よくある政略結婚ね。私は両親にとって、都合の良い駒でしかないって分かったの」
ある程度自由に過ごさせられていたのも、反発を生ませないためだったのだろう。しかし、それが分かった瞬間、彼女は嫌になって飛び出した。そしてあとは、サリアたちと出会ってパーティーに合流した。
「バカをして言い合って、ロイスを取り合って、とても楽しかったけどどこか空虚だった。両親が追いかけてこなかったから」
彼女に取ってそれは、両親に愛されていなかったと分かるには充分だったのだろう。
「だったら、好きな相手と結婚して後悔させるぐらい幸せになってやろうと思ったの」
リオは大きなため息をついた。
「──……ま、それも叶いそうにないけど」
「……何か言った?」
「ふん、何もないわ」
サリアが見つめると、顔を背けてしまう。
ここでなんでそんなことになるのか、わからずに首を傾げる。しかし、彼女はそんなサリアを置いて話を続けた。
「でもさ、でもさ! なんで今さら私を連れ戻しに来たのよ!」
リオは感情が抑えきれずにそのまま手すりを右拳で叩いた。痛かったのか、少し顔を歪めて右手を抑えている。
悶えている彼女を苦笑して見つめていた。
「……まぁ、理由はわかってるのよ」
「それは?」
「討伐隊いたでしょ? あれ、行き先は私の町だったらしい。あの男曰く、家族は全員殺されて自分は命からがら逃げてきたらしいの」
その言葉に、少しだけ心臓が高鳴った。しかし、大丈夫と落ち着かせる。
ロイスがサリアに行こうと言った時点では、リオの父はこの町に来ていた。だから、話を聞いた時点ではすでに町もリオの家族も殺されたあとだ。
討伐隊に加わったところで、運命は変わっていない。
しかし、リオはそう思うだろうか。
「何よその目? 討伐隊に行かなかったことを今さら後悔してるの?」
「……少しだけ。でも、間違ってるとは思ってないよ」
「ふん、本当にあんた変わったわね」
それは強く否定できなかった。自分でも変わってしまったということは分かっているから。
そのサリアが見せた曖昧な笑顔に何を思ったのだろうか。リオは一度だけ鼻を鳴らした。
「ま、実際どうも思ってないわ。むしろ、ざまあみろとさえ思ったわね。でも、父だけが生き残ったそれだけが許せなかった」
拳を強く握っている。歯を噛み締めている。
やるせない気持ちをリオは大きく長いため息ををついていた。
「だったら気にしなくて良いんじゃない?」
「……どうやってよ? 父はもう私を見つけてるのよ?」
「無視すればいいよ。だって君の言うお父さんにはもう、君をどうこうする力は残ってないんだから」
だって、リオの父が持っていた権力は、自分が逃げたことですべて手放してきた。
町人を守らず逃げた貴族が再興できるほど、この世界は優しくない。
だからこそ、彼は生き残ったリオを自分の再興道具として利用した。
本当に浅はかだなと、他人事のように思った。
しかし、リオはサリアの言葉に驚いたように目を見開いていた。
「そっか……そっか! は、あはははは!」
彼女は大きな声で笑い出す。オレンジ色に笑いは飛んでいく。近くにいた鳥たちは驚いて羽ばたいた。
目尻にたまった涙を拭いながら、リオがこちらを見た。
「うん、その通りだった。あいつはもうすでに終わってたんだ。そして、私はまだ終わってない」
「そうだね」
「うん、うんうん。ありがとう、サリア」
彼女はどこか晴れやかな笑顔を見せた。いたずらっ子のような活発そうな笑顔を見せる彼女は初めて見た。
ポニーテールに結んだ赤髪が、嬉しそうに揺れる。
「私は何もしてないけどね」
そんな彼女はサリアは淡々と告げる。
「リオの父が勝手に自滅しただけ。私は話を聞いて、その事実を言っただけ。それだけだよ?」
「……そうね。でもさ、そのおかげで私はスッキリできた。それってさ、すっごいことだよ?」
彼女はサリアの肩を強く叩いた。思わず変な声が漏れた。
「だから改めて言わせて」
一拍置いてから、顔を赤らめながら笑う。
「ありがとうサリア」
その表情に、あこれまたやらかしたと曖昧な笑顔を向けるしかできなかった。




