3 生存者捜索
第二の地球はいったいなんなのか?
今のところは、“空に浮いている地球に似た星”ということしかわからない。
なぜ、いつから浮いているのか。少なくともシェルターではワードすら聞いたことはなかったし、どんな文献にも載っていなかった。
大前提として、そもそもあれは実物なのだろうか。
「う~~ム」
ジローは考える。既存の物理法則に当てはめればもちろん否だ。
もし地球の近くにあんなデカい星が現れたら、ふつう引力で衝突して、お互いがぶっ壊れる。
この地上に天変地異が起こっていなければおかしい。
そうなっていないということは、あれは“空に浮いているように見える”だけで、実際はそこにはない……のかもしれない。
「ウーン、でもどういう現象だ? やっぱわからん……。
なんであれのこと、シェルターでは誰も教えてくれなかったんだろう……?」
人間が地下に閉じ込められた20年の間で、この世界に何らかの変化があったのか。
それとも――。
「――ロー、ねえ、聞いてる?」
「うえっ??」
焚き火を見つめながら考えに浸っていたジローは、すぐ耳元からの声に肩を跳ねさせた。
「ゴメンなんの話だっけ」
「だから、これからどうやってあいつを探すのよ」
アキラが顔を近づけながら聞いてくる。
あいつ、というのは父親のことである。姉は“父”という言葉を頑なに使いたがらない。
「ああ~~ウン、もちろん考えてるよ」
ジローは頭をポリポリかきながら答えた。
「まずは安全が確保できる場所を見つける」
乾かしていた防護服のポケットから折り畳まれた地図を取り出す。
いわゆる大判図。この島国の細かな形と地名が記されている。
「この地上で、ひとりで生きていくのは難しいはず。父さんが生きてるのなら、ほかの生き残りと一緒にいる可能性が高い」
河川敷の下水路から出て、異獣が集まってくる前にその場を離れる。
ジローは杖をつき、辺りの景色を見ながら言った。
「……生き残りがいるとすれば、たぶん、この世界でまだ安全が確保できる場所に集まってる。つまりシェルターさ」
ふたりの当面の目標はシェルターを見つけることだ。
シェルターは外敵の侵入を防ぐことを第一目的として作られているので、基本はあらゆる方法で隠されている。
地図には載っていないし、手がかりになるような印も情報も秘匿される。入口は巧妙にカモフラージュされ、その存在を知らない人間が外部から見つけるのは困難だ。
だが、それでも、生きた人間を探すとなれば、まず第一の手がかりなのは間違いなかった。
「あ!」
大きな川にかかる橋。植物に包まれつつも、まだ丈夫な鉄筋部分も見え隠れしているをそこを通りがかったとき、ジローは上方にあるモノを見つけた。
錆びた青い看板。
ほとんど表記は消えかかっているが、白い字で《256号》と書いてあるようだ。
「道路標識だ。国道256号ってことは……ここは……日本列島のほぼ中心だ」
より詳細にいうと、岐阜県の中心部、岐阜市のやや北側に位置する、石埋橋通りという場所。
そこがふたりの現在地だった。
「……ふうん」アキラは猟銃を手に、特に興味なさげにうなずく。
「じゃあ、ここから西に向かって捜索しよう」
橋を渡りながら、ジローは今後の道程を口にする。
「なんで西なの?」
「シェルターにいた頃、文献で読んだんだ。20年前、全世界を包んだM線による地上汚染は、日本の東京から始まったらしい」
「そうなの??」
その情報はアキラは初耳だった。少なくとも学校の授業で習った記憶はない。
「まあまだ、僕たち小学生だったから。もっと大きくなったら詳しく教えてくれてたのかも」
最初に変異生物が発生したのが首都・東京。汚染はそこから国土の南北へと広がっていったらしい。
「ってことは、西側の方はまだ汚染されてないってこと?」
「少なくとも、ここよりはM線濃度は低いだろうね。まだ人が残ってる可能性もあるよ」
地上は、山から見下ろしたときはほぼ森に飲み込まれているように見えたが、降りてみるとまた多くの文明の跡が残っていた。
ふたりは住宅街だったらしき場所を歩き抜ける。
家や道路などは、ほとんど汚染当時そのままの姿で残っており、圧倒的な自然の力にも崩されない、人造物のしぶとさを示していた。
「あ、イタタ……」
ただジローは、さっそく疲労が足腰に来ていた。地下生活で衰えた体に地上のデコボコした道はかなり過酷だ。
杖を支えに、ひび割れだらけの道路をなんとか歩く。
「大丈夫?」
「うん……外に出てから足の動き自体はいいんだ」
「無茶しないで。休憩挟みながら進むわよ」
それから、地上は、地下に比べても圧倒的に異獣の数が多いこともわかった。
しかも想像以上に多種多様で未知数だ。主に元々地上に生息していた動植物を原型とするものたちである。
未知というのはジローにとっては好奇心をそそられる対象のようだが、アキラにとっては危険性の高い存在だった。
まもなく郊外から都市部に入った。先程よりさらに大きな建物が立ち並び、道端には車などの残留物がある。
ただ、肝心のシェルター、生存者はまだ見つけられない。
廃墟の世界は人っ子ひとりいない。歩いても歩いても、それは変わらなかった。
結局、一日目はシェルターの手がかりもまったく見つからなかった。
空が次第に暗くなってきたので、ふたりは寝床を探すことにした。
街外れにある小さな一軒家に目をつけた。
ふたりが初めて目にする、地上の“家”だった。
「……いいわよ。入って」
注意深く玄関を開けた姉に続いて、ジローも足を踏み入れる。
「おじゃましまーす……」
アキラは銃を構えたまま、室内の扉を次々に開けていった。
一方ジローはリビングらしき部屋に入り、そこに置かれたソファーやテーブルを眺めた。
「へぇ~……」
かつて人が住んでいた家。あらゆる物が埃を被っていたが、そこにはたしかに生活の残り香があった。
ジローはソファーに置かれていたぬいぐるみを拾い上げた。
赤いスカートの女の子だった。
「ジロー、こっち来て」
リュックに入れようとしていると、上の階からアキラの声がした。
ジローはぬいぐるみを持ったままリビングを出た。
その家に異獣はいなかった。アキラに呼ばれて二階に移動し、奥の部屋に入る。
そこには大きなベッドがひとつあった。
その上に、二人の骨が寝ていた。
「…………」
「かなり古いわ。十年以上前かも」
状態は極めて良好、大きな損壊もなく、見た瞬間に、それが二人の人だとわかった。
大人と子ども。おそらく棚の写真に映っていた、若い女性と、小さな女の子。
ジローはさっき拾ったぬいぐるみを裏返した。《アヤカ》と名前が書いてあった。
「……君のだったんだね。持っていこうとして、ごめんね」
ジローは、彼女の胸の上に持ってきたぬいぐるみを置いた。
その晩はふたりは一階で眠ることにした。
翌朝、出発する。家にあった毛布や服類をもらっていき、少し荷物が増えていた。
ジローは綺麗なシャツとズボンを新調した。アキラも、新しいシャツとショートパンツに着替えて、さらに少し高そうな紺のジージャンを羽織っていた。
「あ、オシャレだ。いいな~」
「フン……♪」
二日目は、昨日とは一転し、興奮も落ち着いていた。なのでお互い会話も少なく、基本黙っていた。
ひとまず海岸を目指して西に進路を定め、街から街へと歩く。
いくつか新たな発見があった。
一つは異獣の生態系について。彼らには肉食だけではない。草食もいる。
草食の異獣が群れを成している。群れで行動することで肉食異獣から身を守る。
新しい生態系が構築されているようだった。
もうひとつは、崩壊した街の各所で見つけた“クレーター”だ。
「……これは……」
地面が巨大な何かにえぐり抜かれたように陥没している。形は綺麗な円状、半径は10メートルから大きいもので50メートルほど。
底面は焼けこげたように真っ黒で、あれほど街中に生い茂っている植物がそこだけ生えていない。
「これって……隕石ってやつ?」
「いや……それにしては底が平らすぎる」
ジローはクレーターの淵に触れながら言う。
「でも、何かが地上に落ちてこなきゃ、こうはならないわよ」
「うん……」
ふとそこで彼は、ポケットから紙切れを取り出した。
「なにそれ」
「シェルターの第一層で研究室に入ったとき、見つけたんだ」
何か文章が書かれていたが、血で滲んで読めなくなっている。
「……ここに書かれてた……たしかM線は、空から降ってきた光がもたらしたって」
「光?」
「なんだっけな……光の……柱……だっけ」
「光の柱……」アキラは口中に繰り返しながら、空の地球を見上げる。
「それ……あいつがやったの?」
奇妙なクレーターは何故か異獣たちも避けているようだった。
ふたりも実際に近づいて、数分過ごしていると、言葉にならない“嫌な感覚”を覚えた。
それが何なのかはまったくわからないが、生物の本能的な危険信号かもしれない。ともかく、その場所には以後近づかないことにした。
三日目、四日目と、疲労が溜まってきたので、昨日よりややペースを落とし、こまめに休憩を挟みつつ進む。
「地図的には、もうそろそろなんだけどな~……」
「さっきから、何のことそれ? なにが近づいてんの?」
山脈沿いの坂の多い街をくだっていく。
「フッフ、見ればわかるよ」
ジローが意味深にニヤリと笑った時、不意に建物の間を強い風が吹き抜け、ふたりの髪をなびかせた。
遠くでざわつくような音が聞こえる。
「やっぱり……! もうすぐそこだ!」
その方角に向かって歩いていくと、景色が変わった。
「…………あれは」
陸地がある場所で急に途切れ、そこから深い藍色の水面が、広がっている。
水平線の向こうまで、どこまでも……。
「海だ……!!」
ふたりは港から列車橋で直結する出島に足を踏み入れた。
かつては複合都市として計画されていた人工島。山から離れているため異獣は少なく、植物の侵食も陸地側と比べると軽微である。
「……これが……」
開けた砂浜にたどり着いたふたりは、目の前に広がる海の、想像を絶する規模感に、半ば呆れたため息をついた。
既にここまで死ぬほど歩いてきたと思っていたのに、その道乗りすらも、世界のほんの一部に過ぎないのか。
この調子では一生かけても全て見て回ることなどできない。
「さすがに…………広すぎでしょ……」
アキラが呆然としている間、潮風が汗ばんだ髪をゆるくなびかせていた。
ジローは、ふと地平線に向けていた視線を、ビーチの波打ち際に移した。そこにはいくつかの流木や、ゴロゴロとした岩のようなものが打ち上げられていた。
「ジロー?」
そこに違和感を覚える。
吸い寄せられるように、ざく、ざくと砂浜に入っていく。近づいてくごとに、“それ”の形がはっきりしてきた。
やはり間違いない。
岩のように見えていたのは、人工物だった。
何かはわからないが、幅3メートルはあるかなり巨大な物体。おそらくもっと大きい物の一部だったような感じもする。
「ちょっと、なんなの? これ」
後を追って来たアキラが、眉をひそめて鉄塊に手を触れる。
と、「うわっ」と慌てて引っ込めた。
「なんか、ヌメってる……」
その手のひらは真っ赤に染まっていた。
「え……」
ぽたり、と赤い液体が砂浜に垂れる。
ジローがおどろいて尻もちを着く。
アキラの手を見たから。ではなかった。そんなことではいまさら驚かない。
それよりも、自分の足元に横たわっていたものに気づいたのだ。
人間の下半身だった。
文字通り、腰から上が、弾け飛んだように無い。ただ足だけでも、明らかに人のそれとわかる形をしていた。
「……なによ、これ、死体なの?」
腐敗した様子はない。色は真っ黒だがそれは海水が染みた防護服の色で、その下にはまだ皮と肉が残っているようだ。
つまり、まだ“この状態”になってからそれほど時間が経っていない。
しかも鉄塊の方に注意が向いて気づかなかったが、よく見渡すと、同じような死体は砂浜のそこら中にごろごろと転がっていた。
いずれも下半身しかない。同じような新しいもの。
「……まずいわ」
異様な光景を前に、アキラは直感的に銃を構え、ジローの手を掴んだ。
「ここを離れるわよ!」
「ちょっと待って!」
だが、ジローは立ち止まる。
「この下になにかある!」
「はァ? なにが??」
彼は折り重なった死体の隙間を指していた。
「わかんない……けど、いる」
躊躇なくそういって、重い死体を動かそうとする。
「あぁ……もう……ッ!」
アキラも仕方なく手伝う。
二人で少しずつ死体の山を掘り起こすと、黒い死体の下から、白い腕が出てきた。
次いで白い足、白い髪、
「これ……」
白い顔の少女がそこに寝ていた。
「…………すぅ……」
無骨な黒い眼帯に片目が覆われている。
色素の薄い唇が震えるたび、その胸が微かに上下する。
「呼吸をしてる」
それがふたりが見つけた、最初の生存者だった。




