9話「何があっても折れはしない」
その後ライトアップは奇跡的に通りかかったおじさんに救助され死に至るという最悪の展開だけは避けられた。
だが魔獣にまともに攻撃されたこともあり重傷で。
しかも意識はあるものだからなおさら苦痛は長く続く状態であった。
彼は近くの病院へ搬送された。そしてそこで応急処置を受けて。暫しの休息の後、馬車で自宅まで送り届けられることとなった。そうして彼は苦しみながらも自宅へ帰ることができたのだった。
けれども失ったものは多かった。
まず、事件発生時に一緒にいた女性から、縁切りを告げられた。
危険な状況下にあったとはいえ心ない言葉を大量に投げつけて。
混乱していたとはいえ乱暴な言動で不快にさせて。
そんなライトアップの悪しき行いを女性は許さなかったのだ。
もちろん怒っていたのは女性一人だけではない。彼女の両親もまた話を聞いて怒っていた。近しい関係であるにもかかわらず危険な時に護らず、護らないどころかその心を傷つけるようなことをして、と。
大切な娘をそんな風に扱われたのだ。
女性の両親がライトアップに対して怒りを抱かないはずがない。
……ということもあって。
女性の両親は何度かライトアップのもとへやって来て数時間にわたって説教をした。
ボロボロの状態で身も心も折れかけ。そんなライトアップだが、そこにさらなる追い打ち。親しかった女性の両親からの凄まじい反撃に、彼はより一層傷だらけになった。特に、心の面で。
だが彼を可哀想と思う者はいないだろう。
なぜなら完全に自業自得だからだ。
非がないのに、災難に見舞われただけなのに、それなのにこんな目に遭ったのであれば、きっと誰もが可哀想に思うだろう。しかし彼の場合は違う。彼にはいろんな意味で大きな非がある、から、痛い目に遭っていたとしてもその彼を可哀想だと気の毒だと思う者はいないのだ。
健康な心身も。
普通の生活も。
親しくしている異性も。
すべてを同時に失ったライトアップであった。
◆
ある日の昼下がり。
いつものように店内を掃除していると。
「クリスティアさん、ちょっといいかしら?」
ライトアップの母親が現れた。
「息子が怪我したの。貴女の店に行った帰り道にね。魔獣に襲われたのよ」
「……そうなのですか」
「ええ。貴女に会いに行って大変なことになったの。それってつまり、貴女のせいということよね」
なぜか偉そうな物言いである。
「分かっているの? クリスティアさん。貴女のせいで息子が傷ついたの。謝りなさいよ」
「私は無関係です」
「何ですって!? 無関係!?」
「はい」
「ライトアップが怪我したのよ! しかも重傷! なのによくそんなことが言えるわね!? ふざけすぎではないの」
顎を突き上げるような角度にしながら文句を言ってくるライトアップの母親。
「貴女のせいでしょう!!」
急に叫ばれる。
徐々に胃が痛くなってきて。
不快感が胸の奥でどこまでも膨張する。
「私が呼んだわけではありません」
「だとしても貴女のせいよ」
「意味が分かりません。……そもそも、彼は勝手にやって来て暴言を吐いて去っていったのです。こちらとしては迷惑の極みでした」
「ごちゃごちゃ言わないでちょうだい! 貴女のせいに決まってる! すべて、すべてが、貴女のせいなのよ!」
以前はもう少しまともな人だったと思うのだが……息子であるライトアップの身に災難が降りかかったことで性格が変わってしまったのだろうか?
「謝りなさい!」
「すみませんがそれはできません」
「今ここで謝罪しなさい!」
「できません」
謝罪を強要しようとしてくるライトアップの母親だが、こちらとしては大人しく従う気は一切ない。
私は奴隷ではないのだ。
言いなりにはならない。
「いい加減にして! ふざけるのはほどほどにしてちょうだい! でなければ、この店、物理的に潰してやるわよ!」
凄まじい圧をかけてくるけれど。
「やめてください」
絶対に屈することはない。
「なら謝りなさいよ」
「できません」
「謝って!!」
「一旦落ち着いてください」
「謝ってちょうだい!!」
「それはこちらのせりふです」
「はああ!?」
「いきなり訪ねてきて、買い物があるわけでもないのに。しかも、心ない言葉を吐かれて。大変迷惑でした」
どんなに圧力をかけられても。
「黙って! ふざけないで! くだらないことを言わないで!」
心折れはしない。
「嫌みたっぷりに『相変わらずダサい店だね』とか『男からまともに相手にされたことのない君が婚約者に捨てられてどんな顔になってるか、想像するだけでも楽しくって』とか言ってきたり、しまいには『くだらねえことしてる女の分際で偉そうに!!』などと叫んでくる……そういった行為は単なる迷惑です」
この店を護るためならば立ち向かう。
「しかも瓶で殴ろうとしてきたのですよ?」
「なっ……嘘言わないで!」
「事実です」
「嘘よ! 嘘! 嘘に決まってる! あの可愛い可愛いライトアップがそんなことするはずない!」
「嘘ではありません」
「ふざけないで!? 貴女どこまで悪女なの!? 嘘でライトアップを貶めるなんて……!!」
その時、入り口の扉が開いて。
「嘘ではありませんよ」
現れたのはヴィヴェル。
「クリスティアさんは嘘をついていません」