7話「掃除をしながら」
「これはここで良いですか?」
「はい、お願いします」
「危なくないよう包んでおきますね」
「そうですね、ありがとうございます。助かります」
瓶だったもの、砕け散った後の破片、それらを丁寧に拾い集めて。誰も怪我することがないようにまとめておく。そしてそれから床を拭く。しみが濃く残らないよう、乱雑にならない範囲で速やかに掃除する。
「わたしも一緒にそちらやりましょうか?」
「あ、いえ、ここは私一人で大丈夫です」
「しかし二人でやった方が早いのでは?」
「いえいえ大丈夫です。ここは私がやります。ヴィヴェルさんには破片まとめをしていただきましたし、頼ってばかりというわけにはいきませんから」
掃除というのは面倒臭さのあるものではあるが、誰かと一緒にやれば面倒臭さもそんなには感じないものだ。
むしろ楽しさが生まれるほどである。
……とはいえ、無関係な人にやたらと頼るわけにはいかない。
ここは私の店。そしてライトアップも私の関係者。こんなことになったのはある意味私のせい。私がやったわけではなくても、だ。今この状況で責任を持って掃除をするべきなのはヴィヴェルではなく私である。
「ですが……」
「後は少しだけ待っていていただけると助かります」
「分かりました、ではここに座っておきます」
それから十分ほど経過して。
「ふう! 綺麗になった!」
何とか床を元の状態に戻すことができた。
「凄く綺麗になりましたね」
「頑張りました」
「尊敬します。クリスティアさんは掃除も得意となさっているのですね」
少しばかり汗をかいてしまったけれど、やるべきことを無事やりきることができて良かった。
「得意というわけではないですよ」
「そうですか?」
「ただ、一人で店を営む以上掃除もしなくてはならないことですので。ずっとやってきました。なので、慣れている、というのはあるかもしれません」
受付カウンターの奥へ一旦移動。テーブルの上に置いている桃色の水筒の蓋を開ける。そしてその中に入っている水を二口ほど勢いよく飲んだ。掃除で乾いた喉があっという間に潤される。
「慣れている、ですか」
「ヴィヴェルさんは掃除はあまりされないですか?」
「そうですね。わたしはあまり。家では使用人がしていましたし……ですが本当はできる方が良いですよね。生きる力の最も基礎的な部分とも言えますし」
使用人が掃除、なんて、想像できないなぁ。
そんなことを思いながら水筒を元に戻す。
自分の人生とかけ離れた人生というのはなかなか想像しきれないものだ。
人間誰しも、きっと、はっきりとイメージできる範囲というのは限られているのだろう。
人の想像力というのは壮大かつ偉大なもの。
しかしながら人である以上万能ではなく。
限界があるということもまた事実である。
「使用人の方が……それは凄いですね。何だか、絵本の中のお話みたいです」
「いえいえ、そんな特別なものじゃないですよ」
「けれど使用人のいる家というのは限られていますよね」
「それは……そうかも、しれませんけど」
「私、そういう暮らしはしたことがないので、そういったお話を聞くと特別なお話を聞いている気分になります」
するとヴィヴェルは気まずそうな面持ちで「……不快にさせてしまっていたらすみません」と呟くように発した。
「あ、いえ! そうじゃなくって!」
罪悪感を抱かせてしまったとしたら申し訳ない。
何も不快に思ったというわけではないのだ。
「よければまた、そんな感じで、ヴィヴェルさんのお話聞かせてください」
「え……良い、のですか」
「もちろんです」
「そう、ですか」
「知らない世界を知ることができるというのは楽しいことですから」
「……優しいお言葉を、ありがとうございます」
しかし、あの瓶を破壊したライトアップ……この先どんな目に遭うのだろう、想像すると恐ろしい。
というのも、彼が壊した瓶に入っていたのは、精霊の強大な力を宿した飲み物だったのだ。
そしてそれは。
関わる者に良いことも起こしてくれるが悪いことも起こすことのあるものなのである。
たとえば、悪意のない子どもが棚にぶつかったなんていう理由で瓶を割ってしまったとしたら、基本的には何も起こらない。なぜならその子には悪意がないからだ。いたずらするつもりでもなく、ただ事故的にやらかしてしまっただけ。そういう子どもにまで悪いことが起こることはない。
しかし、逆に、私の店に迷惑をかけたいという明確な意思を持った大人が瓶を破壊したら、その時にはその人に天罰が下る。
――と、非現実的な話ではあるが、実際そうなのである。
これまでにもそういったことは何度かあって。
そのたびに対象者は先に挙げた例のような結末を迎えた。