3話「若干怪しまれてしまったけれど」
救急箱を取って、倒れている人のいる場所へと戻る。
女性は先ほど言った通りまだその場に残ってくれていた。
珍しいことが起こっているわりには人だかりができていることはない。
ほとんどの人が見て見ぬふりというのも悲しいことではあるけれど、でも、下手に人が集まってきているより対応しやすいこともまた事実である。
「ではこれで一度意識を取り戻させることができるか試してみます」
「それは……?」
「瞬間的に刺激を与えることで意識を取り戻すよう促す魔法薬です」
「そんなものがあるのね」
小瓶の蓋を開けて、柔らかい紙に垂らし、それからその紙を倒れている人の顔辺りに近づける。
この魔法薬はそこそこ刺激のある液体。それゆえ使う量を考えて使わなくてはならない。少なすぎる量にする必要はない、が、多すぎても悪影響を及ぼす可能性がある。
それから少し様子を見ていると。
「……っ」
倒れている男性の様子に動きがあった。
「こ、ここ、は……」
目がうっすらと開かれる。
「意識、戻られましたか」
そっと声をかけてみると、灰色の瞳が僅かにこちらへ向いた。
「……どなた、ですか」
「近くで店を営んでいる人間です」
もしかして怪しまれている?
助けようとしただけなのに怪しまれるというのは何とも言えない気分ではあるが――しかし相手の立場になって考えてみれば、状況が呑み込めず目の前の人間を怪しく思ってしまうというのもないことはないのかな、なんて思いもする。
彼も特に悪気があるわけではないのだろう。
単に。
純粋に。
状況が理解できず戸惑っているのだ、恐らく。
「ああ、そう、ですか……」
「貴方は道で急に気を失われたのです。体調不良ですか? どこか異常を感じるところはあります?」
「……いえ、特には」
「そうですか。なら良かったです、安心しました」
男性は腕を動かし、自力で徐々に身体を起こした。
高級そうな素材の衣服に身を包んだ彼は時間をかけてではあるものの無事起き上がることに成功。座ってる体勢へ移行した。それから乱れてしまっている銀色の髪を少しばかり片手の指で整えて、改めてこちらへと視線を向けてくる。滑らかな肌と凛とした空気をまとった顔立ちが印象的だ。
「わたしは一体何をしていたのか……記憶がありません。しかし、まさか倒れていたとは思いませんでした。街の方なのですね。ご迷惑お掛けしました」
彼は座ったままで静かに一礼する。
意識は確かなようだし、言動に不自然な点もない。このまま自由にしても特に問題はなさそうだ。ただ、ほんの少し気になったので「これから帰宅されるのですか?」と尋ねてみた。
……否、ほぼ無意識のうちに尋ねてしまっていたのだ。
勝手に口が動いていた。
すると彼は「宿へ戻ります」と答えてくれた。
「宿へ? もしかして旅行か何かですか」
「はい」
「では、よければこれをどうぞ」
たまたま上着のポケットに入っていた小瓶の存在を思い出し、取り出す。
「え」
「健康度が高まる飲み物です」
自分に何かあった時のために、誰かに何かあった時のために、この小瓶は密かに常備している。
取り出して蓋を開けるだけでぱっと飲めて元気になれるので便利なのだ。
「……それは一体何ですか?」
「不安ですよね、すみません。ですが害のあるものではありません。魔法薬の一種ですが、強い効果はなく、分かりやすく説明しますと栄養剤のようなものです」
「栄養剤ですか」
「はい」
暫し沈黙が訪れてしまったが。
「この娘、魔法薬のお店を営業しているんですよ」
斜め後ろに控えてくれていた女性が口を開いてくれて。
「旅行者には有名ではないかもしれないですけど、彼女のお店はとっても人気なんです」
それによって空気が変わる。
「魔法薬の……!」
「知ってます?」
「はい。聞いています。この国には魔法薬の良い店がある、と」
男性は改めてこちらへ視線を向けてくる。
「その店主が貴女だったのですか?」
「良い店かどうかは分かりませんが、魔法薬のお店を営業していることは事実です」
すると彼は頭を下げて。
「怪しむようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
真っ直ぐな声質で謝罪した。
「貴女に用があります」
「えっ」
「いきなりですみません。ですが、真剣な話、相談させていただきたいことがあるのです」