22話「真っ直ぐに向き合いたい」
「クリスティアさんのことが好きです」
数秒の沈黙、その後に、ヴィヴェルは淡々とした調子で言った。
え……それは、一体……? ちょ、ちょっと待って、どういうこと? どういう話なの……? 何が起きたの……いや、何が起きているの、これは……。冗談……? にしては、面白みがないし……敢えてそんな冗談を言う意味なんてないだろうし……。彼は真剣な顔をしている……冗談を言っているようには見えない……。でも、本気でそんなことを言ってくるなんて、そんなこと……ある?
脳内に大量の文字が発生する。
しかもその八割以上が疑問符付きのものである。
「好き……というのは、ええと……人として、という意味、ですよね?」
「それもそうですがそれだけでもありません。将来を見据えるような関係として共に歩んでゆきたい、そんな風に思っています」
「えっと……それは、つまり」
「分かりづらくですみません。はっきり、分かりやすく、表現するなら――結婚を見据えて想いを伝えているということです」
や、やっぱり、そういうこと……!?
けれどもすぐには受け入れられない。大きなことすぎて受け入れきれないのだ。理解が追いつかない。あまりにも突然で。
彼が私をそんな風に想ってくれていたことなんて知らなかったし、そんな可能性を考えてみたこともほぼなかったと言って問題ないような状態であったというのが現実だ。
欠片ほども想定していなかった展開を突きつけられてさらりと対応できるほどの器用さは残念ながら私にはなかった。
「貴女は我々の恩人です」
「それと結婚うんぬんとの繋がりがよく分からないのですが……」
「わたしも最初はそう思っていました。恩を感じているために錯覚しているのだと。……けれども違った。いつの間にかわたしは貴女のことばかり考えるようになっていました」
ヴィヴェルは真っ直ぐな視線を向けてきている。
「そして気づいたのです。わたしはクリスティアさんのことを好きになっているのだと。表向きは恩とか何とか思っていても、本当はそういった形式的な話ではなく、つまりはそういうことなのだと」
彼のことだ、ふざけているわけではないのだろう。
それは分かる。
これまで関わってきたから。
ヴィヴェルは冗談を言ったり嘘をついたりして他人の反応を馬鹿にし楽しむような悪質な人ではない。
「好きです、クリスティアさん」
彼は落ち着いた調子で言ってのける。
「どうか、将来を共に、してくださいませんか」
そして流れるような動作で片手を差し出してくる。
……ただ、スムーズに動けているとはいえやはり一応緊張はしているようで、差し出された手は微かに震えていた。
「お願いします」
頭を下げられて、申し訳なさを感じる。
だってそうだろう? 私は偉い人でも何でもない。本来彼に頭を下げてもらえるような立場の人間ではないのだ。ただの女。魔法薬に詳しいだけの一般人なのだから。
それなのにこんな風に頭を下げられたら、違和感を覚えたとしてもおかしなことではない……はず。
誰だってきっと、私の立場になれば、同じように感じるはず。
けれどヴィヴェルの真っ直ぐさには心打たれた。
それは事実だ。
たとえ不安なことでも逃げることはしないその姿勢には尊敬の念を抱かずにはいられない。
何事も他人任せにしない、その生き方には偉大さを感じる。
「あの……すみません、あまりにも、いきなりで……なので今は少し、戸惑っています」
彼は逃げない。
ならば私も逃げるべきではない。
目の前に現れたものに真正面から立ち向かうべきだろう。
「不快でしたら申し訳ありません」
「いえ。そうではないのです。不快だとか、嫌だとか、そういうことではなくて……」
上手く言えるかは分からない。もしかしたら正しく伝わらないかもしれない。それでも本当のことを言おう。咄嗟に飾れるほど器用でない以上、結局それしかできないのだから。
「突然だったのでびっくりしていて……前向きに考えているのですが、もう少しだけ……心の準備をする時間が欲しいです」
するとヴィヴェルは「もちろん。ありがとうございます」と返してくれた。
「そうやって真剣に考えていただけていることが嬉しいです」
その時の彼の表情は柔らかなものだった。
少しは伝わった……?
勘違いなどは発生していない……?
不安は色々あるけれど、でも、今のところおかしなことにはなっていないようなので良かった。




