20話「お客さんがたくさん」
「よっす!」
「あ、こんにちは!」
今日来店してきたのは四十代半ばくらいの以前常連客だった男性。
「お久しぶりです」
「そっすね」
十年ほど前、彼はよくこの店に来てくれていた。先代店主とも親しくて、まだ幼かった私のこともよく可愛がってくれた。彼はその時から既婚者だったのだけれど子どもはいなかった。また、これに関しては曖昧な記憶ではあるけれど、いつだったか奥さんと二人で来てくれていたこともあったような気がする。
ただ、少し前に奥さんの親の事情でやや遠いところへ引っ越すことになり、以降来店はほとんどなくなった。
「お元気でしたか」
「っす! 自分は元気いっぱいっす!」
あまり変わっていない様子で安心した、のだが。
「ただ、嫁さんが」
「……何かあられたのですか?」
安心できたのは一瞬だけで。
「実は、今、心がしんどい状態になってるんっす」
告げられた言葉。
それは安心していて良いものではなかった。
「メンタルの不調ですか?」
「そうなんっす」
「それは……大変ですね、何とかしなくては」
空気が少しだけ冷えた気がする。
「効果ありそうな薬とかないっすか?」
「そうですね、できればメンタル不調の方向性を聞かせていただきたいのですが」
「落ち込みが酷いんっす」
「それがメインの症状ですか」
「うっす」
「分かりました。ではその方向で、効果がありそうなものをいくつか集めてきますね」
「すんませんっす、お願いするっす」
世界にはまだまだ弱っている人がいる。身体が悪い、とか、心がしんどい、とか。症状の種類は様々だけれど。ただ、すべてに人に共通することもあるはずで、それはきっと苦痛から救われたいという願いだろう。誰も望んで不調にはならないのだから、大抵の人は救いを求めているはず。
「ありがとっす!」
「奥さんの調子が改善することを願います」
「また来るっす!」
「ありがとうございました。どうか、お大事に」
男性は袋を大事そうに抱えて去っていった。
――と、ちょうどそのタイミングで。
「ここかぁ、噂のお店」
「こんにちはぁ」
「うわぁ! すっごい。とっても綺麗な内装!」
「初めて来ましたぁ~」
「ほうほう、ふむふむ、ほれほれほほほい、よさげな店ですなぁ」
「素敵ね」
「うふ、うふふ、うっふふっふふううふふうふふ、うふ、うふ、うふふ、うふ、うふふふ、ミリョクテキダワァ」
お客さんが大勢店に入ってきた。
な、なぜ……?
これは一体何が起こっているのか。
急にどうしてこんなにたくさんのお客さんが。
何がどうなっているのか状況が掴めないので、取り敢えず、一番話しやすそうな人に声をかけて聞いてみたのだが。何がどうなっているか知っているか、といったことを。するとその人は教えてくれた。自分もそうだが良い評判を聞いて来店した、ということを。そして、その評判を広めている人というのが、ヴィヴェルの母親だった。
「そういうことでしたか……」
「自分も、周りも、多分そうだと思いますよ」
取り敢えず状況が理解できたので。
「教えてくださりありがとうございました」
「いえいえ」
会話はそこで終わった。
しかし……いつ以来だろう、こんなにも店内が賑やかになっているのは。
しかも常連客でない人がたくさんいる。
こういう状況に身を置くのは久しぶりのことだ。
だからだろうか、心なしか緊張感がある。
この店へ来る人というのはたびたび来てくれている人が多いのだ。もちろん全員ではないけれど。定期的に来店してくれる人が多いことは事実。それゆえ接客するのも大抵は顔見知りの人。
なので、こんな風に多数の初めて見る人と同じ空間にいるという経験はあまりない。
それゆえ慣れていない。
こういう時どうすれば良いものか、と、対応の仕方について少々迷いが生まれてしまう。
ただ、それでも、できることをするしかないというのが最も分かりやすい答えであることに変わりはない。




