2話「孤独でないと思えることが」
常連客の老齢女性とはいえお客さんであることに変わりはない。
そんな人に対して個人的な話を明かしてしまうなんて正直どうかしていると思う。
でも実際そうなのだ。
いきなり婚約破棄を伝えられた私は気にしないよう努力はしているものの平常心を保ちきれてはいない。
「あら……そうだったのねぇ」
「すみません、こんな楽しくない話をしてしまって」
「いえいいのよぉ。こちらが聞いたのだし、気にしないで。それにね、何かあった時には誰かに相談することが大切でしょう」
女性は深みのある包み込むような優しげな表情を向けてくれている。
その表情を見ていたら、今は孤独ではない、そう思えてきて。
事実かどうかさえよく分からない小さなことにそれでも救われている私がいることに気づいた。
人間誰しもそうなのだろうが、辛いことを自分一人で抱え続けるというのは楽なことではない。できないことはなくとも、である。それは孤独の中で戦い続けるようなもの。闇の中を手探りで歩むようなもの。
「こんなことを言うと不快にしてしまうかもしれないけれど……何かあったら、お話聞くからね、話したいことがあったら遠慮せず話してちょうだいね」
「お気遣いありがとうございます」
「あと、クリスティアちゃんがこのお店を守ってくれていることには感謝しているわよぉ。きっと他のお客さんもね。だから、どうか、自信を持って。クリスティアちゃんの選択は間違っていないし、確かに誰かを救っているから」
……そうか、私の選択は間違いではないんだ。
他者から伝えられてようやく気づいた。
自分が選んだ道は確かに誰かのためになっているのだと。
ライトアップにとっては受け入れられない道だったかもしれない。彼にとっては私が選ぶ道は不快なものだったのかもしれない。
けれども、逆に、私がこの道を選ぶことで喜んでくれる人もいる。
その事実に気づいた時。
ふっと心が軽くなるのを感じた。
「きゃああああ!!」
――と、ちょうどその時、女性の鋭い叫びが飛んできた。
「誰か来て!!」
平和なこの街ではあまり聞くことのない切羽詰まった声。
嫌な予感がする。
皮膚の奥がぞわぞわする。
たまたま店内にお客さんがいなかったこともあって、恐る恐る店を出た。
何が起きているのか、何の叫びだったのか、知りたくて。状況を把握したくて。今出ていくのは危険かもしれないと思いつつも、店から飛び出した。
「あ、クリスティアさん!」
店の前の舗装された道に誰かが倒れている。
うつ伏せなので顔までははっきりと見えない。
「ちょうど良かった……!」
ちなみに私に声をかけてきたのは倒れている人ではなくその傍にしゃがみ込んでいる女性である。
「今、この方が急に倒れて……!」
「お知り合いですか?」
女性は知っている人だ。
以前店に来てくれたことがあったような気がする。
だが倒れている人についてはすべてが不明。
「ううん、知り合いじゃないの。通りすがり。でも放っておけないわ、だって、こんな……明らかに倒れているのだもの」
「そうですよね」
「どうにかできない?」
「声をかけてみて反応はありますか?」
「それがね、ないの。何度か『大丈夫ですか』って声かけてみたのだけれど、返答はまったくないのよ」
女性は困ったように眉を寄せる。
「そうですか。分かりました。少し待っていてください、一旦救急箱を持ってきます」
「ごめんね、お願い」
「様子を見守っていていただけると助かります」
「ええ。このままここにいておくわ。ごめんなさいね、手間をかけてしまって」
何がどうなっているのか分からないけれど、でも、倒れている人を見て見ぬふりで放っておくことはできない。
なので取り敢えず走った。
最低限必要なものをまとめた箱は店内に置いている。それを手に取って、すぐに戻れば、そう時間はかからない。それ以上のものを用意するとなれば時間はかかるかもしれないけれど。既に準備されている救急箱を取ってくるだけならかかる時間はほんの一瞬。