1話「新しい朝がやって来る」
「いらっしゃいませ!」
また新しい朝がやって来る。
それは何度も繰り返されるありふれた朝。
誰の人生にも当たり前のようにやって来るもの。
ただ、どの朝もまったくもって同じ姿をしているものはなくて、気づかない程度だとしても朝毎に異なった唯一無二な一日の幕開けである。
「クリスティアちゃん、あのねぇ、今日は前回と同じお薬が欲しいの」
「いつものですね!」
私、クリスティア・ロレニアムは、魔法薬を売る店を営んでいる。
幼い頃にちょっとした事情で両親と離れることとなった私は、魔法の力を含んだ魔法薬を売る店をひっそり営んでいた男性に引き取られそこで育った。そして男性の死後、私がその店を継ぐこととなったのだ。
「内容を確認して、すぐご用意します!」
「ありがとうねぇ」
この店へ通ってくれている常連客は先代店主時代からのお客さんが多い。それゆえ私からすればある意味親戚のようなものだ。まだ幼かった私を可愛がってくれていたということもあって、そういった人たちは今でも私に温かな目を向けてくれている。
「お待たせしました。こちらご確認ください。腰痛を抑えるものと、炎症を落ち着けるもの、それから……」
同じくらいの年齢の女性たちは皆綺麗なものや可愛いものが大好き。そして自身を飾ることも大好きだ。また、異性への興味や結婚への憧れも強く、いつの間にやら私とは価値観が大幅に異なってしまった。小さい頃は一緒に遊んだことがあった子たちも気づけば遠いところへ。同じ年頃の娘とはいえ、彼女たちと私では根本的なところが違っていて。いろんな意味で距離がある。
「問題なさそうねぇ。ありがとう。本当に、いつも助かるわぁ」
「こちらこそです!」
「先代店主さんが亡くなられた時はどうなることかと思ったけれど……クリスティアちゃんが継いでくれて本当に良かったわぁ」
私の生き方は一般的な女性の生き方とは異なっているのかもしれない。
でも、もしそうだとしても、私はこの生き方を貫くつもりだ。
生き方なんてそれぞれ。
様々なものがあって良いのだし、その人の選択、他者に害がないものでさえあれば自由のはずだ。
今の時代の当たり前に縛られる生き方をすることだけが正義ではない。
――だから私は私の選んだ道を行く。
◆
「クリスティア、ちょっといいか?」
その日私は婚約者である青年ライトアップ・ゼイントに呼び出された。
「ええ。何か用事?」
「実は重要な話があってさ」
「重要な?」
「そうなんだ」
「いいわよ」
ライトアップが自ら私に関わりを持ってくるなんて珍しいな、と思っていたら。
「君との婚約だけど、破棄することにしたんだ」
そんな言葉を告げられた。
「君はさ、いつも言うよな、結婚しても店は続けるつもりだって」
「ええそのつもりよ。でも貴方には迷惑はかけないわ。手伝ってくれと言うつもりはないわ」
暫し沈黙があって。
「それでも俺は嫌なんだ」
彼はじっとこちらを見つめて言ってきた。
「……だから婚約破棄するのね?」
その目つきを見ればすべてを察せてしまう。
もう彼には関係を続ける気はないのだ、と。
「ああ」
どんな道も大抵は行き来できるものだけれど。
人生という道には時に一方通行の道もある。
「そう……分かったわ。じゃあここまでにしましょう。見つめている未来が異なるのだから仕方ないものね」
すれ違えばもう共には行けない。
たとえ遠い過去いつの日か同じ未来を見つめ歩いていたとしても。
「それについては同感だ」
「じゃあここまでにしましょうか」
「そうしよう」
こうして私たちの関係は終わりを迎えたのだった。
◆
「クリスティアちゃん、何だかちょっと元気ない?」
「あ……い、いえ」
「隠すことないのよぉ。ずっと見ているから分かるの。何かあったのかしら」
婚約が破棄になった日の夜はらしくなくあれこれ考えてしまってあまり眠れなかった。
いずれはこうなるだろう。
分かっていたはずなのに。
己の道を貫く以上孤独に出会うこともあると知っていたはずなのに。
ただ、いざ実際に独りになると何とも言えない心情が生まれてきて、心穏やかではいられなかった。
「実は……婚約が、破棄に」
「ええっ」
「問題があったわけではないのですが」
「あらそうなの?」
お客さんに見抜かれるなんて駄目だな、と思いつつも。
「私は結婚後も店を続けたくて。でも彼はそれが嫌で。そこですれ違いがあったんです」
気づけば本当のことを口にしていた。