世界はなんて『愛』に溢れているのだろうか
今の世の中はおかしい。
なぜ自分たち若い世代がこんなにも苦労しているのか。
税金だ何だとなぜ老害どもに金を払わなければならないのか。
無性に腹正しく、そして殺意が溢れ出てくるというのに。
政府は何もしない。
海外に迎合するばかりで内側を見ようとしない。
投げ出し政府のクソばかり。
いっそテロでも起こしてやろうか、と思うほどに。
「……」
と、今思えば。
若い時に考えていたその考え。
彼らもまたそう考えていたのかもしれない。
年功序列の世代。
——何で年上ってだけであんな偉そうなんだ、ふざけるな。
——こっちは必死にで働いてんのに、ダラダラしやがって。
と。
考えは違えど、本質は同じ。
『上』に対する不公平さ、不平等さ。
その怒り。
「……」
だがしかし。
若い身体、若い頭脳。
この電脳の世界では思いのまま。
現実の世界での身体が朽ち果てようとも。
しかし今ここに居る自分は自分だと。
不老不死を一度は願ったその現実が此処にある。
「……」
自分たちが存在し続けられる動力源。
六十歳未満の、健康な血液。
一か月に一度の献血義務。
それによる社会全体の健康管理義務。
お菓子やたばこの嗜好品等は全面禁止。
それによって廃れた業界は数知れず。
一方で業績を伸ばし続ける業界もまた然り。
「世代間の戦争、か」
この電脳空間では何をしてもいい。
というかやることはほぼ決めている。
無限に知識や体験を繰り返し、そこから生み出すアイディアや発想によって新たな分野や技術を作り出す、更なる生産性と向上心を目標に。
フルダイブ世代を超えた、もはや異世界転生世代。
基準を満たした者だけが生き永らえる場所。
まさに天国そのもの。
反面。
現実世界ではフルダイブ世代達が汗水たらして、金や自分たちのために健康すらも束縛されて生活を送る日々。
『下』はこう言うのだろう。
自分のやりたいことばかりしやがって、と。
「技術や能力、環境がさらに向上しても——人間の社会性は何も変わらないな」
草花が彩る森の中。
電子画面を高速で操作しながら思いにふける。
隣に座る妻。
そして息子。
二人もまた電子画面を操作して、あらゆる仕事を高速でこなしていた。
家族全員でここへ来られたのは運が良かった。
幸せだよ——。
「どうしたの?」
作業を終えた妻が私を見た。
「いや」
喉元まで出かかった言葉を止めて、だが。
「君はいつまでも美しいなと」
愛おしい気持ちを押さえられずにそう口にした。
それを聞いて、彼女は顔を赤らめながら。
「あなただって、いつまでも素敵よ」
と。
「二人とも、家に帰ってからにしてくれない?」
息子が不機嫌そうに言う。
私たちよりもさらに優秀な子だ。
二倍、いや三倍もの速度で処理する膨大な仕事量に。
しかしそれでも余裕そうに私たちに声をかけた彼。
「嫉妬か? 息子よ」
「あの娘とはどうなってるかしら?」
質問に、息子の手が止まる。
「ちょっと……喧嘩した」
「まあ」
驚く妻。
「天才肌の彼女にはやっぱり合わないとか言うつもりじゃないでしょうね?」
「うぐ……」
息子が仕事の鬼なら。
その恋人は芸術の天才だった。
性格も性質も真逆の二人。
けれど取り組む姿勢や熱意は共通して一貫だった。
「綺麗な花束でも送ってやれ。きっと喜ぶぞ」
この地球上で一番美しい花。
機嫌を良くしてインスピレーションに華を咲かせること間違いなしだ。
「……なんかムカつく」
作業を終えて振り向く息子。
「なんで親父の方があいつの扱いうまいんだよ」
「真面目過ぎるんだ、お前は」
「……っけ」
そっぽを向く息子。
けれど聞き耳は立てている。
私は電子画面を操作し、その内容を息子に送信する。
「この空間で二人で羽を伸ばしてくるといい」
それを見て息子は顔をしかめた。
「遊園地って……子供じゃあるまいし」
「三十の若造が何を言う。ほら、さっさと行くんだ」
「……ふんっ」
そう言うと、息子は渋々ながらも目の前から消えた。
その前に来た返信には息子の恋人から——有難うございます。仲直り出来たらお礼に伺います、とあった。
礼儀正しい子だ。
会えば変な娘ではあるけれど。
「ふふっ、まだまだ子供ね」
妻が笑う。
「素直で誠実な子だ。孫の顔を早く見てみたい」
電脳世界での子作りは自由だ。作り方も自由。
現実世界と同じやり方でもいい。
望むか望まないかの意志だけ。
ここはそういう世界だから。
素晴らしくも恐ろしい世界だから。
「ねえあなた」
「うん?」
振り返ると、そこには熱を帯びる妻。
「青春って良いわよね」
「そうだな」
妻にキスをした。
「私たちも青春に戻るか?」
「ええ。嬉しいわ」
姿形が高校生の年齢に戻る。
互いに熱を帯びるのを感じ合った。
「楽しみね」
「ああ、楽しみだ」
息子に渡した空間データとは違うモノを使用。
朝に登下校し、隣同士の席で授業を受け、休憩中に少し羽目を外す程度のシチュエーションのそれ。
彼女との出会いは実に遅かった。
お互い四十を過ぎたあたりで運命的に出会い、だが恋愛らしい恋愛はあまりできず。
息子を授かったのも奇跡に近い。
妖し気に微笑む妻。
「愉しみね」
「ああ、楽しみだ」
私はなんて素晴らしい妻を迎えられたのだろうと。
喜びに胸を膨らませてその場を妻と後にした。