飲んで
つい声を出して拒絶してしまった。
この程度我慢できないでどうする。
ただ、股間をパンツ越しに触られただけだ。たったそれだけなのに拒絶してしまった。さっき心の穴に触れたからだ。辛いっことに気づいてしまったからだ。拒絶なんてしたらもっと酷いことをされるのは分かってるのに。頭が真っ白になる程恐怖を覚えた。
しかし、日向さんたちの反応は思っていたのとは違った。
横で見ていた根波さんが、茶髪の男の子の手を掴んで止めた。
「はい。おしまーい。ズルしたから今日はここでおしまいね」
「ちょっと待ってよ。ごめんって。悪かったって」
「おい圭お前ふざけんなよ」
「だめ。二人とも連帯責任よ。駄目なものはだめ。こっちは信用で商売やってんのよ。また明日きてくださいねー。上半身プラン一万円、全身プラン十万円よ」
悔しそうにする二人の男子も、私の身体で商売をする日向さんも見ていて気持ちが悪い。胸糞が悪いって多分いまの気持ちみたいなんだろうなって思った。
この二人は明日も明後日も触りに来るんだろうか、お願いだからもうこないでほしいと思った。でも、私の気持ちとは裏腹に、物事は進んでいく。どうせ明日も触られるんだ。
でもわからない、明日はもっと恥ずかしいことをさせられるかもしれない。
嫌だ。時間を進める道具なんかがあればいいのにって思う。
「でもまあ、仕方ないからこの後の二つのショーは見せてあげよっか? とりあえず一つ目のショーはっと……。嵐央、圭、どっちかおしっこ出る?」
まただ。今度は男子のおしっこだ。絶対に飲みたくない。だけど、飲まないと帰れない。ついさっきまではおしっこでもなんでも飲むつもりだったのに、飲みたくないという気持ちが心から溢れ出てくる。感情が生き返ってしまった。もう嫌だ、早く帰らせて。
「俺出るかも」
「じゃあ、そこの個室でこのコップに出してきて」
またおしっこを飲まさせられるんだ。抵抗をする私を日向さんたちは無理やり押さえ込んで、鼻を塞いで口を開けたところに注ぎ込むつもりなんだ。生きている人間がこんなことをするなんて、到底理解ができなかった。心はどんどんと穴を広げ、真っ白になって落ちていく。
「これでいいのか?」
「うひー、ほっかほかじゃん」
「やめろって」
「たかしちゃんね、汚いもの飲むのが好きなのよ。泥水とか、トイレの水とか、おしっことかね。ほら、見ててね。瑠子、きい。離していいよ」
腕を掴んでいた二人が離れた。今すぐ走って逃げれば助かるかもしれない。無理だ。出口は塞がれてるし、運動音痴の私が四人から……男の子も含めれば六人から、逃げられるわけがない。
天に馬鹿にされたことを思い出して腹が立った。それと同時に足の速い天が羨ましくなった。
「はい、たかしちゃん」
日向さんはおしっこの入ったコップを私にそっと笑顔で手渡してきた。私はいきなりのことで受け取ってしまう。
「飲んで」
「え?」
何、これ。
「あはは。え? じゃないよー? 飲んで?」
どうして無理矢理飲ませないんだろう。私がこの中身を捨てたり、日向さんにかけたりしたらどうするつもりなんだろう。
コップの中は暖かいおしっこが並々と注がれていた。匂いがきつい。鼻で息するのをやめて口で呼吸した。
「たかしちゃん良い子だからさ、飲んでくれるよね」
投げつけたい。放り投げたい。そうすれば飲まなくて済むだろうか。
そんなことはない、コップからなくなったらまた誰かが補充をするだろう。それどころか殴られて、蹴られて、今度は股間のほうまで触られるかもしれない。
ううん、私の考えなんて及ばないくらい酷いことをされるんだ。そうなったら私はもうこれ以上我慢することが出来る気がしない。
帰りたい。早く解放されたい……。
ああ。そうか。
気づいてしまった。




