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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと日向芽有
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高橋たかしは生理中!

「たかしちゃん大丈夫? 風邪は?」


 朝、お母さんが私に何度も聞いてきたけれど、大丈夫だと答えた。風邪ってことにしてずる休みもできたと思うけど、なぜか学校に行かないといけない気がして、私は登校した。


「たかし、大丈夫か?」


 恐る恐る下駄箱の扉を開けていると、竹達君が頭に手をポンと乗せて話しかけてきた。やばい、思考を読み取られちゃう。


「大丈夫だよ」


 私は必死にいろんなことを考えた。竹達くんは私の思考を読んじゃう節があるから、絶対にバレたくない。竹達くんにはバレたくない。


「そっか。なんかあったら相談していいんだからな。俺にでも、蹴人にでも」

「うん、大丈夫大丈夫。きらなちゃんがこないから寂しいだけだよ。ありがとう竹達くん」


下駄箱の中には昨日私が揃えて入れた通りに、綺麗に揃った上履きがあった。私はほっと胸を撫で下ろして靴から上履きに履き替えた。


「そっか。……そっか」


 なんだか竹達くんは寂しそうだったけれど、私はその横を通り過ぎて教室に向かった。私は一人でも頑張れるんだ。あと少しだけだから、大丈夫。今日を含めてあとたった三日だ。そしたらきらなちゃんは元気で帰ってくるんだ。


 休み時間、要を足すためにトイレに行った。トイレに行く時は荷物を全部持っていかないといけない。教室に私の所有物を置いておいたら誰に何をされるかわからない。カバンに荷物を全部詰めてトイレに行く。


 トイレから帰ると、教室がざわついていた。


 教室にまばらにいるクラスメイトの全員の視線は黒板に向いている。私も当然周りにつられて黒板を見た。


『高橋たかしは生理中!』


 黒板に白いチョークで『高橋たかしは』と大きく書かれ、赤いチョークで強調されて『生理中!』と書かれていた。その下には昨日私が履いていたパンツらしきものが貼り付けられ、その横には生理用ナプキンのようなものが貼り付けられていた。


 カバンを持ったまま私は黒板にかけよった。パンツはやっぱり昨日私が履いていたパンツだった。パンツと生理用ナプキンには、赤い絵の具のようなものがベッタリと塗られていて、まさに生理中のような感じにされていた。慌てて貼り付けられたパンツと私のではないけれど生理用ナプキンを剥ぎ取ってカバンの中に隠した。

 パンツは全体的に少し湿っていて、昨日びしょ濡れにされたことを思い出した。黒板消しをとって書かれた文字を消す。跡が残らないように丁寧に丁寧に消して、自分の席に戻った。


 俯いて黙るしかない。


 悪口が聞こえる。私のパンツを見てはしゃいでいる男子の声が聞こえる。恥ずかしくて、悲しくて、怖かった。今日の放課後も呼び出されるのだろうか。逃げられないのだろうか。まだ頑張れると思ったけれど、もう無理かもしれない。頑張れると思っていた決心が、ぐらぐらと揺れ動き、ヒビが入ったような気がした。


 朝、竹達くんに本当のことを言えばよかった。思考を読み取って貰えばよかった。いじめられてるって。助けてって。でももう遅い、もう相談できない。だって、何もないって嘘ついちゃった。大丈夫って嘘ついちゃったから。今更もう相談できない。


「たーかしちゃん。お待たせ」


 待ってない。誰もあなたたちのことなんて待ってない。


 私が逃げられないようにホームルームが終わってすぐ私のところに日向さんたちが集まってきた。一昨日や昨日みたいに腕を掴んで離してくれない。振り解こうとしても多分無理。

 それどころか抵抗をしてもっと嫌なことをされるかもしれない。そう思うと抵抗なんてできなかった。


 大丈夫。死なないから。


 だから、大丈夫。


 時間は絶対に流れているんだ。だから家には帰れる。今日、この後に何があっても家に帰れて明日になる。そうしたら明後日になって、土日があって、そんできらなちゃんが来るんだ。


 どれだけ大丈夫と思っても、もう心を殺す気力は残ってないみたいだった。日向さんたちが、怖い。早く家に帰りたい。何もされてないのに、もう涙が溢れてくる。怖くて体が震えてくる。


「あはは、泣いてる泣いてる」


 静かに泣いている私の姿を見て、四人は笑っている。私なら、私なら今の私のような人を見て笑ったりしない。この人たちは酷い人たちだ。人間として、最低な人たちだ。

 でも。だからなんだ、最低な人たちだからって私は声ひとつ上げられない。誰も助けてなんてくれない。


「さ、行こっか。たかしちゃん」

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