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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと日向芽有
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今日されたことが一気にフラッシュバックした

 机の上に干されている友達ノートの破片は完全に乾いていた。


 宿題をする前にノートを修復する事にした。

 ビリビリで何が書いてあるか全然わからないけれど、パズルみたいに切れ目を当てはめてセロハンテープで接着をした。パーツも全然足りないし、合わせてテープでとめてみたけれど、滲んだ文字では元がなんて書いてあるかわからなくなっていた。


 みんな、また書いてくれるかな……。


 阿瀬君は嫌そうに書いてたからもう書いてくれないかも知れない。誰のページかはわからないけれどかろうじて読める「好き」という文字が心を締め付けた。


 まだ全然、みんなの事覚えてなかったのに。もっと早く、ちゃんと覚えておけばよかったなあ。


 ノートを机の中に大事にしまった。こんなになっても、私の宝物には変わりない。


 やりたくないけど宿題に取り掛かった。


「お姉ちゃん! ご飯だよー!」


 数学の宿題をしているとご飯に呼ばれた。また勝手に開けて、開けっぱなしで降りていった。天は本当に言うことを聞かないんだから。


 私はすこしむくれながら階段を降りて居間に入った。


「たかしちゃん! 今日のご飯はエビフライです!」


 自慢げにお母さんがふんぞり返った。


「安かったのよー、いっぱい食べてねー。ちょっと買いすぎくらい買っちゃったから」

「お母さん安売りの時に買いすぎちゃうくせ直した方がいいよ。せっかくの安売りなのに高くなっちゃうよ」

「でも、だって、冷凍もできるし」

「僕はいっぱい食べれるから買いすぎていいと思うよ! いただきまーす」


 天が「さんせー」と言いながらエビフライを一口齧った。カラッと揚げられたエビフライは噛むといい音を立てて、食欲をそそられた。私も負けじと一口齧った。


「まあいっぱい食べられるけどさあ。あ、いただきまーす」

「あのねー、今日友達とドッジボールしたんだけど、僕のいたチーム三連勝したよ!」


 天はいつものように学校であったことを嬉しそうに話し始めた。


「天ちゃんは活躍したの?」

「もちろん! 一回は最後まで残ったし、何人もボールぶつけたし! でも智之君の方がすごいんだ。全部最後まで残って、一回もボールに当たらなかったんだよ。またモテモテになっちゃうよ」

「そっかそっか、勉強はどうだった?」

「勉強はー……」


 天の言葉が詰まった。天は運動神経はいいけれど、勉強が全般的に苦手だった。私の勉強できるを少し分けるから、運動できるを少し分けてほしい。


「お姉ちゃんはどうなのさ。勉強」

「お姉ちゃんはばっちしだよ。いつでも教えてあげるよ。ちゃんとお願いしたらね。『教えてください』って」

「いいもん、別に。自分でできるもん」


 つんと上を向いて私に反抗してきた。弟のくせに生意気だ。運動音痴のことも馬鹿にしてくるし、本当に生意気だ。


「じゃあ勉強じゃなくて友達は? きらなちゃん?のお話は?」

「きらなちゃんはね……」


 学校のことを考えて、きらなちゃんのことを思い出して、今日されたことが一気にフラッシュバックした。考えないようにしていたのに、一気に記憶が押し寄せてくる。


「うっ、おえっ」


 私は今食べたものもお昼に食べたものも全て机の上に撒き散らした。口の中が消化液で埋め尽くされて、もう一度引っ張られるように吐いた。おしっこの味がした気がした。消化液の味がした。

 エビフライがおしっこのように思えてくる。鼻で息をすると吐きそうだ。口で必死に息をする。そういえば、さっきも学校で、必死にこうやって口で息をしてたんだ。でも、どうしても鼻に上がってくる匂いに吐き気を覚えて……。私はまた吐いた。


「ちょっとたかしちゃん大丈夫? 風邪ひいた? とりあえず、えっと、どうすれば」

「お姉ちゃん汚いー。ご飯がー」


 お母さんは慌てているし、天は鼻を摘んで嫌そうな顔をしている。


「とりあえずお顔洗ってきなさいな」


 机の上を拭いてくれているお婆ちゃんに言われるまま、私はキッチンの水道で口を洗った。どうしよう、こたつ布団も汚しちゃった。


「お母さん、ごめん。私、ごちそうさま。お風呂入ってきていい?」

「うん、いいけど。えっと、風邪薬だけ飲んでおきなさい。でも今吐いちゃったしなあ、今は飲まないほうがいいか……。えっとえっと」

「大丈夫だから、ちょっと喉に詰まっちゃっただけだから。汚れちゃったからお風呂入って寝ることにする」

「うん、そうしなさい、そうしなさい。ゆっくりね。お母さんも一緒に寝てあげよっか?」

「いいって、大丈夫。ごめんね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 居間では天がお茶碗を持ったまま立ち尽くしていて、お婆ちゃんが机にこたつ布団を片付けてくれていた。


「天、お婆ちゃん、ごめんね」

「お姉ちゃんのせいで美味しいご飯が台無しだよ!」

「だからごめんって言ってるでしょ!」


 私は天の頭をチョップしてから脱衣所に行った。嘔吐物で汚れたパジャマを脱いで洗面所の蛇口で洗い流してから洗濯籠の中に入れた。さっきまで恥ずかしかったのに、何も気にならないで下着のまま廊下を歩いて自分の部屋に戻った。


 着替えを持って、もう一度脱衣所に行って、お風呂に入った。


 最悪だ、みんなに迷惑をかけてしまった。せっかく美味しい晩ごはんだったのに台無しにしてしまった。涙が溢れてくる。おしっこの味と匂いが鮮明に蘇ってくる。心をどれだけ殺しても、鮮明に蘇ってくる。その度に吐きそうになって必死に堪えた。


 お風呂から上がって、もう何も考えずに寝ることにした。


 楽しくない明日のために、私は眠りについた。

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