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たかしちゃん  作者: 溝端翔
プロローグ
9/162

はあー、好き

 しばらく車に揺られていると、大きな商業施設が見えてきた。ここらへんじゃ一番大きなお店、ジャスコだ。この中にはいろんなお店が入っていて、私の好きなSM4も入っている。


 四階の駐車場にお母さんは車を停めた。


「お母さんみたいお店があるんだけど……」

「私SM4行きたい」

「んー。じゃあ三時にフードコート集合にしましょうか」

「ええー、三時? 今一時半でしょー。もっと長くみてたい。他のお店も見たいもん」

「ダメです。今日はお家に帰ってご飯作ったりしないといけないんだから」

「ちぇー。わかったー。じゃあ三時に集合ね!」


 私は早歩きで二階にあるSM4に向かった。


「わあ、かっわいい」


 SM4の服はおとなしくて、可愛くてとっても好き。


 はあー、好き。


 お店の中に入って服を見る。私はワンピースとかスカートをよく着るから、とてもあっている。今日は前にここで買ったワンピースを着ている。なんとなく店員さんに自慢げになれた。


 ちょっとジーンズ生地っぽい、淡い水色の足元まで丈のあるスカートを手に取った。かわいい。


「その商品今月の新商品なんですよー、お客さまによく似合うと思いますよ」

「わ、に、似合うかなあ」

「すごく良く似合うと思いますよ。その商品は今月のおすすめなんですけど、お客さまにはこっちの黒とかとても似合うと思います。これはシャツとセットアップになってるんですけど、とても似合うと思います」

「わあ、かわいい。すっごいかわいいです」

「着てみますか?」

「あわわ、えっと。私今お金持ってなくて……。み、みてただけなんですけど」

「全然いいですよー。こんなにかわいい女の子に着てもらえたらそれだけで洋服も喜ぶと思うので」



 私は店員さんの言葉に甘えて試着することにした。黒い生地のワンピース。シャツは袖がフワッとした感じになっていてかわいい。


「お着替え終わりましたかー?」

「は、はい」


 私は着替え終わってカーテンを開けた。


「わあ、すっごく似合いますね。とってもかわいいと思います」

「あ、ありがとうございます」


 鏡に映っている私には、確かにとても似合っていた。欲しいって思った。


「こちらとかもいかがでしょうか?」

「え、着ていいんですか?」

「はい、着ていいですよ!」


 今度は店員さんが取ってくれたグレーの小花柄の袖のところがキュッとしているワンピースだった。この店員さんは私がワンピースが好きだって知ってるんだろうか。


「着替えました」


 鏡に映っている私は、とてもかわいかった。すっごく似合っていた。


「わあ、それも似合いますねえ、すごいかわいいです」

「ありがとうございます」

「他にもみていってくださいね」

「みていきます!」


 私は着てきたワンピースに着替え直して、着させてもらったワンピースを店員さんに手渡した。


 お母さんどこだろう。私、あの黒いワンピースのセットアップほしい。とってもかわいかった。


 三時まであと一時間くらいあった。

 私は服を見るのをやめて、お母さんを探すことにした。一階から、お母さんの好きな店を見て回っていく。広いから歩くのが大変だった。四十分くらい探して、ようやく見つけた。お母さんは三階のメガネ屋さんでメガネを見ていた。


「お母さん目悪くないじゃん」

「あら、たかしちゃん。どうしたのそんな息切らせて」

「あのね、あのね、欲しい服があってね」

「なるほどね、それでお母さん探してたのね? 他の人に取られたくないからって」

「いや、そういうわけじゃないけど、でもそうかも。早く来て!」


 お母さんを引っ張ってSM4に早歩きで向かった。途中エスカレーターに乗って二階に降りる。


「あ、さっきのお客さん」

「お母さん連れてきました」

「こんにちはー。で、どれ、たかしちゃんの欲しい服って」

「えっと、えっと」


 店の中を探しても見当たらなかった。


「これだよね?」


 店員さんが、レジの裏から黒いワンピースのセットアップを出してきてくれた。


「そうなの? たかしちゃん」

「うん、これ。値段分かんないけど、これが欲しいの」

「そっか、これねえ。なるほどなるほど。じゃ、これください」

「いいの? やったあ!」

「あ、値札とか外しといてもらっていいかしら」

「はい、かしこまりました。よかったね」

「うん! ありがとうございます!」


 手提げの袋に入れてもらって。私はうきうきな気分になった。とっても嬉しかった。私の持ってるお洋服の中でも一番くらいかわいいと思う。一軍っていうんだっけ。それになる。


「お母さん、ありがとう」

「いいのよ。だけど天くんにも何か買ってあげないといけないわね」

「うん、なんか買ってあげて! 私すっごく嬉しい。早くおうち帰ってこれ着たい」

「もう着るの?」

「うん、着る! だってかわいいもん。着ないと損だよ!」


 私はるんるんになって家に帰った。さっきまで気持ち悪くて吐きそうだったことなんてすっかり忘れていた。




 学校を早退してジャスコに行った日から数日が経った。


 クラスでは完全に孤立していて、やっぱり私は教室の中でひとりぼっちだった。


 友達はいない。


 誰とでも仲良くできる幼稚園の頃には友達と呼べるような子が何人かいたけれど、年を重ねるにつれて皆私の『たかし』という名前を変がった。

 小さい頃はよく遊んでいたお友達も、小学三年の時には私の周りには誰一人いなくなっていた。


 うちの中学校は東京だけど辺鄙なところにあって他の小学校との合併もなく、中学受験をした人以外は全員がエスカレーター式に同じ中学校に上がる。ほとんどクラス替えをしたのに等しい。中学二年の今、同級生のみんなはもう飽きたのか私の名前をからかう人もいなくなっていた。


 一人静かな休み時間。


 誰も話しかけてこないし、好きなことができる。

 いつも通り私は大好きなお裁縫道具を広げて、ホオジロザメの小さなアップリケを作って休み時間を潰していた。


 楽しいはずなのに、心が苦しくなる。周りを見渡すと、お友達同士楽しそうに会話をする女子や、走り回って遊んでいる男子たちがいる。


 どうして私は一人ぼっちなんだろう。


 私だって楽しく学校生活が送りたいし、友達と遊びたいのに。


 どうして私は今こんな世界にいるのだろう。


 どれだけ理由を考えても答えは一つしか出てこない。それは、この名前のせいだ。私は『たかし』という自分の名前を強く嫌った。


 そっか、じゃあ、こんな名前をつけたお母さんとお婆ちゃんが悪いんだ。


 私はお母さんとお婆ちゃんのことを強く強く恨んだ。



 そしたら、うちに一本の電話がかかってきた。

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