今日の晩御飯はハンバーグがいいな
「なんで? どこ行くの? 私、また放課後ねって言ったのに。私悲しいなあ」
後ろで三人がケタケタと笑っている。何も楽しくない。私は早く帰りたい。日向さん達に関わりたくない。どうせ昨日みたいなことをされるだけなのに、どうして私が待っていると思ったんだろう。
私は帰るんだ。だけどに捕まってしまった。掴まれた腕を離そうとはしてくれない。
「ねえ、そんなに私たちのこと嫌いなの? 私たちは仲良くしたいだけなのになあ。私たち友達じゃないの?」
仲良くしたいだなんて嘘だ。私をいじめて楽しむだけなのに。そう思っても口には出来なかった。
「ついて来てくれるよね?」
日向さんの笑みに、心臓が掴まれたような気がした。逃げられない。蛇に睨まれた蛙を私は見たことがないけれどきっと今の私みたいに動くことも、声を出すこともできないんだろうと思った。
でも何か言わないと何も進まない。早く逃げるために、嘘でもいいから理由を作らないとまた痛いことをされる。泥水を飲まされる。
「昨日無くした靴、買いに行かないとだから……」
「えー靴買いに行くのー? また嘘つくの? もういいって。逃げられないのわかってるでしょ? ってかマジでなくしたんだ。ウケるんだけど」
「だって私塀の向こうに投げたもん」
「まじ? ウケる」
「嘘じゃないから、お願い……」
「へー、嘘じゃないんだー、じゃあ今日は早く済ませるからさ。いいよね」
腕を掴む力が強くなる。井岡さんが反対の右腕を掴んだ。梁さんが私の両肩に手を乗せた。ああ、この人たちに見つかったらもう駄目なんだ。同じクラスだから逃げるように帰るところを簡単に捕まえられてしまった。逃げられるわけないんだ。何を言っても逃げられないことを私は悟った。
日向さんに手を引かれてまた体育館の裏に連れてこられた。昨日の水溜まりは少し小さくなっていたけれど、それでも大きな水溜まりといえるほどの大きさだった。
またこの水溜まりに落とされるのだろうか。また脱がされて、靴を隠されるのだろうか。泥水を飲まされるのだろうか。もう逃げられないと悟った自分の心が死んでいくのがわかる。
辛すぎることを経験すると、私の心は目の前のことを考えないように思考を閉ざしていくみたいだ。
ついさっきまで感じていた怖さも、辛さも、今は不思議なくらいに全く感じていなかった。それどころか、帰ってから食べる晩御飯を予想したりしている。今日の晩御飯はハンバーグがいいな。そういえばハンバーグはもう大分食べていない気がする。あれ、どうだっけ、食べたような気もするなあ。お箸で押すと肉汁がジュワッと溢れるお母さんお特製ハンバーグ。お婆ちゃんの煮っ転がしも食べたい。あれは毎日食べても飽きないし美味しい。
そういえば私今何してるんだっけ。そっか、日向さん達に捕まってるんだった。早く終わってほしいな。いつになったら帰れるだろう。
ボールの弾む音がして、その後に水溜まりにはまる音がした。私たちの後ろにあった水たまりに、昨日と同じようにバスケットボールが飛び込んだ。
「ちっ。何なんだよ昨日から。おい、こっち行くぞ」
日向さんは私の手を引いてボールとは反対の方向に歩き出した。ボールの持ち主から逃げるように体育館の裏を抜け出して、校舎へと歩いていく。たくさんの生徒達とすれ違う。みんな楽しそうに部活動をしている。私が今から酷い目に遭うことも知らずに楽しそうにしているんだ。
いいなあ。私はこれからなにをされるのか想像もつかないんだ。
日向さんは私を校舎の四階にある静かな男子トイレに私を連れてくるや否や、小さな窓のついた壁に私を突き飛ばした。
私は体勢を崩して壁に激突して転んだ。痛い。
「はーあ、今日もあそこで昨日と同じことしてやる予定だったのになぁ」
「誰か気付いたのかな?」
「いいよ、どうせ気付いててもあの程度の事しか出来ないやつなんだろ。でもまあ一応だな。瑠子、一応外監視しといて。誰か来るかもしれないし」
「はーい」
井岡さんは手をあげて返事をしてから楽しそうに跳ねながらトイレの外に出ていった。
「優子、バケツとって。それ水入ってる?」
「入ってる入ってる。おもっ」
「重いのか、じゃあ掛けちゃって。バシャーっと」
「はいよー。いくよー。よいしょっと」




