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たかしちゃん  作者: 溝端翔
たかしちゃんと日向芽有
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大丈夫。バレてない

 大切な友達ノートがどんどん小さく、何度も何度も破かれる。


 目の前で、友達ノートがビリビリと破り捨てられた。私のもう一つの宝物まで、簡単に引き裂かれてしまった。私があの時怒らなかったら、こんなことにはなっていなかったのかな。後悔してももう遅い。もう目の前には何かに怒っている人がいて、その人の怒りは謝っても消えない。


「じゃあ今日から私たちは大親友ね、メアリちゃんって呼んで?」

「ううっ。ごめんなさい。ごめんなさい」


 涙が溢れて止まらない。謝っても謝っても、彼女たちは笑っていた。


「次はさ、全部剥いちゃう?」

「いいねー」


 その時、四人の背後にバスケットボールが飛んできて、そこにあった水溜りの中にハマった。


「やっべ、逃げるぞ」


 そのバスケットボールを見るなり四人は靴と鞄を抱えてバスケットボールが飛んできた方向とは反対側から逃げていった。まだ痛むお腹をかばいつつ、私はその場で小さくうずくまった。


 誰か来たらどうしよう。


 男の子だったらどうしよう。


 見つかったらなんて説明しよう、来ないで、お願い。


 目を瞑って私は祈っていた。


「やっべ、ボールびしょびしょだわ」


 何となく聞き覚えのあるような声が聞こえて、その後足音は遠ざかっていった。ゆっくりと目を開くとそこには誰も居なく、ただ水溜りがあった。


 バレなかった。よかった。


 急いで制服を着ようにも、びしょびしょに濡れてしまっている。今日の朝まで綺麗な白色だったセーラー服は、茶色く染まってしまっていた。泥水で張り付く服に無理やり袖を通し、汚れた制服を纏った。


「う、ううっ」


 二つに破れたリボンを手に取って、その場にしゃがみ込んで泣いた。


 私の大切なリボンが……。


 リボンは結び目の位置から大きく裂けてしまってもうリボンとは呼べなくなっていた。


 泣きながら友達ノートの破れた破片を水溜まりの中からかき集めた。


 日向さん達が戻ってくるんじゃないかと思ったけれど、ノートを放っておくことが出来なかった。集めたノートはびしょ濡れで、水性のペンが水に滲んでもう何が書かれていたのか読むことはできなかった。それでも私の宝物には変わらなかった。


 その後、もう片方の靴を探していたら、雨が降ってきた。結局靴は見つからずに、右足は靴下のまま傘を差して、誰にも見つからないようにひっそりと家に帰った。


 家に着くと『ただいま』も言わずに家に入った。ゆっくりと音を立てず左の靴だけを脱いで、そのまま静かに居間の横を通り過ぎて洗濯機のある脱衣所に行く。


 音をひとつも立てていないはずなのに居間からお母さんに呼ばれた。


「たかしちゃん? おかえり」


 お母さんは居間にいるから見えてない。大丈夫。バレてない。


「た、ただいま」


 緊張して声が震える。平静を保とうとすればするほど動揺が隠せなくなった。


「どうしたの? 何かあった?」


 ただいまも言わず帰ってきた事もあってか、私の震えた声にお母さんが疑問に思ったみたいだった。


 まずい、お母さんが来ちゃう。


 どれだけ考えてもぐしゃぐしゃの私の姿を隠し通す術が思いつかない。とりあえず脱衣所の引き戸を閉めて、あたりを見回した。今の現状を隠せるようなものが何かないか必死に探した。


「何。どうしたの」


 引き戸を開けたお母さんは泥だらけの私を見て目をまん丸にしている。だめだ、隠し通せなかった。そもそもこんなこと、隠し通せるわけがないんだ。どうしよう、なんて言おう。


 いじめられたって言う?


 ううん。だめ。


 だってお母さん、私に友達ができてあんなに嬉しそうな顔をしてた。友達と遊びに行って帰ってきた時、あんなに嬉しそうな顔をしてた。これ以上心配をかけたくない。自分の力で頑張るって、いじめだって乗り越えるって。きらなちゃんのためにも負けないって決めたのにここでお母さんに言ったら私がダメになっちゃう。


「えっと。あの。あのね」


 なんか、どうにか今を切り抜く嘘をつかないと。


「遊んでたら、学校の前の田んぼに落ちちゃったの。制服はどろどろになっちゃうし、靴は片方無くなっちゃうし、リボンは裂けちゃうし……」


 嘘を連ねるたびにどんどん涙が溢れて止まらない。悔しいし、悲しいし、辛かった。


「迷惑かけて、ごめんなさい。次からはちゃんと危なくない遊びをするから」

「わかったから早く脱ぎなさい。脱いでお風呂入っちゃいなさい。制服は洗濯したげるし、靴だって買ってあげる。リボンはお婆ちゃんに頼みなさい。大丈夫よ大丈夫」


 お母さんの顔は全然大丈夫の顔じゃなかったけれど、私はそれ以上聞いてこないお母さんに甘えた。

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