口の中がジャリジャリした
「飲んで」
語尾にハートがついているような可愛い声で日向さんは言う。
泥水。
それも私の靴の中に溜められた泥水。
いつ終わるかもわらないこの遊びは『これを飲んだら終わるかもしれない』と日向さんのその言葉に思わされてしまう。もう水に顔をつけられるのは嫌だ。苦しくて死にそうだ。それを回避するには、この泥水を飲めばいいんだ。
飲んだら終わるんだ。早くお家に帰りたい。
早くこの場から逃げたい。
「あはは、ほんとに飲んでるよ」
「やっべー、きたねー」
「最高じゃんこいつ」
涙が溢れてくる。死んだ方がマシなんじゃないかって思えてくる。口の中がジャリジャリした。
「じゃ、剥いちゃう?」
「私右腕もつー」
「じゃ、きい左腕」
「じゃあ優子は私と一緒に脱がせ役ね」
「う、うん」
「やめて。待って。帰らせてくれるって言ったのに!」
自分でもビックリするくらい大きな声が出る。だけど、それだけじゃどうにもならない。
「そんなの嘘に決まってんじゃん。私らまだ満足してないからさ」
「嘘つき。いや、やめて」
「お前もさっき嘘ついただろうが」
腕を掴まれそうになって抵抗したらまた蹴られた。お腹に足に、いろんなところを何度も何度も蹴られて、スカートを脱がされた。
「ああ、もう! リボン邪魔!」
「いやっ! やめて! リボンは嫌!」
バリバリっとリボンの布が張り裂ける音がして一瞬場の空気が止まった。
「やっべ破れた……。まいっか」
無理やり取られたリボンは泥水の中にバシャっと音を立てて沈んだ。
リボンを破り取られ、セーラー服も脱がされた。下着姿のまま私は泥水の中に叩き込まれた。
私のリボンが、私の大切な宝物が……。
放心状態で私は水溜まりに倒れ込んだ。
「記念に一枚」
カメラのシャッター音が鳴った。
「いいなあ携帯電話。私も早く欲しいな」
「きいも欲しいー」
「そうだ、ちょっとたかしの股開かせてよ」
「それはちょっとやりすぎじゃ」
「何。優子、文句あんの?」
「いや、ごめん」
「そういやさ、お前なんか作ってたよな」
水溜まりに落ちた私のカバンの中を漁って、友達ノートを出した。
「あは、ちょっと濡れてるわ。んーなになに、たかしのプロフィール?」
日向さんは面白がって私のプロフィールを読み上げた。
「好きな食べ物はおばあちゃんの煮っ転がし、嫌いな食べ物は梅干し。好きなことは裁縫で、嫌いなことは走ること。血液型はB型で、誕生日は三月十二日。宝物は……リボンと友達ノートだって。あっははは。私さっきたかしちゃんの宝物一個潰しちゃったよ。見てこのノート、破れてるしびっしょびっしょじゃん」
リボンを何度も踏みしめながら日向さんは笑った。
酷い。私が何をしたっていうんだろう。何をしたらこんなに酷い目に遭うんだろう。思い返しても私は何も思い出せない。
「ごめんなさい。悪いことしたなら謝るから。許して」
慌ててリボンを手に取って抱きしめた。
「別にー。最初に話しかけた時に怒鳴られたのはイラッとしたけど、それ以上の理由はないわ。ただうざいんだよ、お前が」
「あっ」
「これももういらないでしょ。私たちが友達になってあげるからさっ」
日向さんは友達になってあげると言いながら私の友達ノートを縦に引き裂いた。




